テイカカズラ の山 1 月 3 週
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○自由な題名
○寒い朝、体がぽかぽか
★いまから三十七年あまり前(感)
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【1】いまから三十七年あまり前、ちょうど、第二次世界大戦が終わって、アメリカと日本のあいだで、物資やヒトの移動がさかんになりました。この時、アメリカから、小さな白いガが日本に侵入してきました。【2】おそらく、サナギが荷物の一部にくっついて日本に渡り、こちらで羽化したのでしょう。
このガは日本の環境にうまくあったのか、たちまちふえはじめました。これがアメリカシロヒトリです。そして幼虫は、街の中の樹の葉を丸坊主にしていきました。【3】その後、日本の各地で、この昆虫の大発生が見られるようになりましたが、やがてまた、あまり見られなくなりました。いまでは、時々、かぎられた地域で発生するのが、見られるていどになりました。
【4】このガの幼虫は、ふ化すると最初は網を張り何百匹もの小さなケムシが集団で網の中で生活しながら葉を丸坊主にしていきます。サクラ、クワ、イチョウ、プラタナス、クヌギなど、なんでも食べ、このままふえると、日本中の樹の葉を食べつくしてしまうのではないかと思えるほどの勢いでした。
【5】ところが、このケムシは、成長すると網の中から出て、単独で歩きまわり葉を食べるようになります。そしてじゅうぶん成長した幼虫が、樹の皮の下や、割れ目の中などに入ってサナギになります。【6】そしてつぎの成虫が羽化しますが、この成虫は、あれほどたくさんいた幼虫ほどの数がいません。そしてつぎの幼虫は、そんなに多くはならないのです。
バッタの大発生のようなことにはけっしてなりません。【7】また、このガは都会の中にはよく見られても、森林の害虫になって、山の樹々を食べつくしたことは一度もありません。
じつは、このガの幼虫が、網から出て散らばって活動をはじめると、スズメやそのほかのトリにほとんど食べられてしまうのです。【8】トリのほか、クモやカマキリ、アシナガバチなどにも食べられてしまいます。じっさいには、〇・五パーセントていどの生存率∵といわれますから、二百匹のうち一匹だけが生きのこることになります。
【9】成虫は、八百から千個ほどの卵を産みますから、一つの親からせいぜい四、五匹の子どもが生きのこることになるのでしょう。これでもよくのこるほうで、じっさいにはもっと少なくなります。ですから、とても大発生を続けることにはならないのです。【0】まして、森林や山にはトリやほかの昆虫がたくさんいますから、みんな食べられてしまうので、森林の中まで侵入する力がないのです。都会で目立つのは、この幼虫を食べる、トリやクモが少ないことを意味しているのです。
また、この幼虫は葉を食べるだけで、樹そのものは害しません。樹は勢いさえよければ、葉を食べられても、つぎの年の春には新しい芽からまた葉をつけていきます。樹の寿命が活発であるかぎり、葉が食べられても、それほど大きな被害にはならないのです。
ある先生は、このガの生態を観察しているうちに、それほど恐ろしい昆虫でないことがわかり、「アメリカシロヒトリなんて三流害虫さ」といいました。私たちの目にいかにも大きな害をあたえそうに見える昆虫でも、自然界の中ではたいした存在ではないのです。
このことから考えさせられることは、「トリやクモの住めないような世界こそ恐ろしい」ということです。アメリカシロヒトリは、そんなすき間をねらって葉を食べているのです。
(「いい虫わるい虫」奥井一満() 日本少年文庫より)