黄エニシダ の山 2 月 3 週
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○自由な題名
○バレンタインデー、もうすぐ春が


★千葉ドーナツ事業の研修に(感)
 千葉 ドーナツ事業の研修にアメリカに渡った私たち一行五人が、ボストンの郊外にあるホテルの部屋に入ろうとしたときでした。年齢は私と同じくらいの日本人が、向かいの部屋のドアを開けようとするのが目につきました。
 ――それが、西武の方だった。
 千葉 ええ。ミスタードーナツはもともとダンキンドーナツから枝分かれした会社で、同じ町に本社を置いています。西武からも研修に行ったという情報を入手していました。だから、ピンときたのです。
 日本に帰れば西武という大きな会社と戦わねばならない。この機会にうまいこと話をつけておかなければいかんと思いましてね。私たちの部屋を使って日本食パーティーにご招待した。
 魚を焼き、ラーメン、ご飯を食べ、ビールやお酒を飲みながら「将来はお手柔らかに」などと肩をたたき合ったり、笑い話で場が盛り上がりました。やがて自己紹介をしようということになり、私たちが口火を切りました。
 今度は、向こうさんの番。その人は「高知ですわ」と言われました。私は隣の愛媛県の出身ですから、「高知でしたらよく知っています。学校は野球の強い高知商業ではないですか」と尋ねました。すると、その人はフッと上を向いて、ムッとしたような顔で、一瞬間を置いて、「東大ですわ」と言われたのです。
 その「東大ですわ」という返事を聞いた私たちは、少なくとも三十秒間は声が出なかった。いまのいままで肩をたたぃたり、笑ったりしていたのに、もうだれも声が出ません。
 ――わかるような気がします。
 千葉 「西武さんなら、そうやろうな」と思いました。あそこは日本一だから東大出ぐらいいくらでもいる。英語だってペラペラで、だから通訳なども付いてきていないんだろう。「こんな連中と戦わなければならないのか」と思ったら、頭の中が真っ白になりました。
 千葉 ところが、その人の一言がわれわれを救ってくれたのです。「クサッていますんや」。その人がそう言われたのです。
 西武に入った同期のなかで、自分だけがこんな所に回された。大勢の部下を送り込むと言いながら、まだだれも応援が来ない。毎日毎日パン屋のような格好をして、仕事をさせられている。そういうようなことを言われた。
 その言葉を聞いた瞬間、「勝った」と思いました。間違いなく勝てる、この人には勝てる、この会社には勝てる、と思った。生意気なようですが、絶対的な確信がもてました。
 ――と言いますと。
 千葉 われわれ五人は、本当に学歴もたいしたことはない、英語もしゃべれない、業界の経験もなければ知識もない。会社規模も西武とダスキンでは月とスッポンほどの違いがある。
 けれども、私たち五人は、ダスキンの社運をかける大事業に参加しているのだという使命感と、何としてでも鈴木社長の期待に応えなければという気持ちでいっぱいです。私らは消し炭のような質の悪い炭だけど、赤々と真っ赤に燃えている。彼とは心構えが違う。だから、私は「勝てる」と思ったのです。翌日、鈴木社長あてに「西武に勝てる」という意味の電報を打ちました。
 ――すばらしいお話です。
 千葉 われわれ五人といえば、それまで汚れたぞうきんを洗濯していたり、荷造りなどをやっていた者ばかり。しかし、そんな人間が社運をかける大事業でアメリカにやらしてもらった。その喜び、感謝の気持ちが溢れています。何としてでも会社に、鈴木社長に報いなければならないと力んでいました。
 対して、向こうさんは「クサッている」。ドーナツはどちらもゼロからの事業です。われわれ五人の力を合わせれば、いくらエリートとはいえ、クサッている一人の人間より何十倍、何百倍もの力になるに違いないと思った。

 (「致知」九七年八月号 千葉弘二氏の文章より)