ヘチマ の山 2 月 3 週
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○自由な題名
○バレンタインデー、もうすぐ春が
★ヨーロッパにおけるリンゴの(感)
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【1】ヨーロッパにおけるリンゴの栽培は『創世記』までさかのぼり、四千年を越える歴史をもっています。なえ木を導入して明治から始まった日本のそれは、ようやく百年を越えたばかりです。【2】ウィリアム・テルが息子の頭上のリンゴを矢で射ぬいたときも、ニュートンがリンゴの落ちるのを見たときも、グリム兄弟が、「白雪姫」に毒リンゴを食べさせたときも、日本人は誰もこの果物を知りませんでした。
【3】こうした歴史の違いは、東西のリンゴのありように大きな差をもたらしました。欧米のリンゴは大衆の中で育ち、生食用、加工用、料理用と多彩な用途に分かれ、小玉でも外観が悪くても、味がよければよしとするポリシーで今日に至っています。【4】それに対し、日本の場合は、病気見舞いのぜいたく品として出発し、生食用一本で、ひたすら外観重視の「高級化」の道を歩いてきました。こうした流れは、リンゴが十分大衆化した今日まで、変わることなく続いています。
【5】外国を旅すると一目瞭然ですが、今日、日本のリンゴほど見栄えのするリンゴは世界のどこにもありません。また、そうした外観への極度のこだわりは、リンゴだけではなく、日本の果樹生産の一般的風潮にすらなっています。【6】料理を目でも食べることが身についている日本人にとって、より美しい果物を食べたいというのは国民性といえるかもしれません。とくに、輸入自由化をひかえた今、国産果実の美観は日本の果樹産業を外国の果樹産業から防衛するための大きなセールスポイントになることでしょう。【7】また、すべての食べ物は、見た目に汚いよりはきれいな方が精神衛生にいいことも否定できません。
ただ、本末転倒なのは、しばしば味よりも「見てくれ」の方が、「高品質化」の上位に座っていることです。【8】外国から物や技術を導入してそれを独自に改変し、付加価値をつけて発展させるのは、いわば日本の「お家芸」で、貿易摩擦の要因にもなっています。果∵実もその例外ではありません。
【9】昭和五十六年(一九八一年)の夏、カナダから数人の昆虫学者が来日して、盛岡で「リンゴ害虫の総合防衛」についてのシンポジウムが開催されました。これは日本とカナダの二国間科学技術協定に基づいて行ったものです。【0】シンポジウムのあと、同伴の夫人たちともども、折から紅葉真っ盛りの十和田湖を経由して、青森のリンゴ栽培地を視察してもらいました。夫人たちがびっくりしたのは紅葉で、「これほど美しい紅葉は生まれて初めて見た」と歓声しきりでした。冬になるといきなり葉が枯れて色気もなく落葉してしまうカナダから来て、日本でも指折りの十和田の紅葉を、それも最高の時期に見たのですから、あながちお世辞ではないようです。しかし、夫人たち以上に学者たちがびっくりしたのは、日本のリンゴ栽培のやり方でした。リンゴ園の地面を銀色のビニールで覆い、反射光でリンゴの尻を着色させたり、リンゴをひとつずつ手で一八〇度回してまんべんなく日に当てて着色させる技術は、欧米にはまったくないものです。
日本では、いろいろな果物を紙袋で覆って育てます。この労力を要する技術は・多雨・多湿の風土の中で、病害虫の被害防止のために生み出されました。リンゴの場合も「袋かけ」は、幼虫が果実に深く穴を開けて致命的な害を与えるシンクイムシ類の被害防止が目的でした。しかし、化学農薬が発達し、別の防除技術が確立された現在でも、袋かけは根強く残っています。果実の葉緑素の形成を抑え、袋をはずした後の果実を鮮やかに着色させるためです。その代わり、糖度は下がり、味は確実に落ちます。このような特異な国産技術は、多かれ少なかれほとんどあらゆる果樹で見られますが、特にリンゴで目立ちます。
これらのキメ細かな技術は、リンゴをおいしくするためでなく、ひたすら美しく色づかせる目的で開発されてきました。人工着色などは、ふつうなら人気品種をうまく作れない土地でも美しく色づか∵せるために編み出された苦しまぎれの技術で、確かに購買意欲をそそるような見事に美しいリンゴが生まれます。もちろん味はがた落ちで、作っている生産者自身が食べないようなこんなリンゴを、消費者が何度もだまされて買うとはとても思えません。
さすがにこうした味を悪くする技術は県の指導もあってすたれる傾向にありますが、一体この日本特有の現象はだれが悪いのでしょうか。美しくなければ買わない消費者が悪い、外観重視で値段をたたく流通機構に問題がある、まずくなるのを承知でやっている生産者が悪い……意見はさまざまでしょうが、はっきりしているのは、この奇妙な日本人の美意識には、いささかの軌道修正の必要があることです。