セリ2 の山 2 月 3 週
◆▲をクリックすると長文だけを表示します。◆ルビ付き表示▲
○自由な題名
○バレンタインデー、もうすぐ春が
★(感)父のいれば
◆
▲
【1】「ゆるりばたではしるでねえ!。」
ねどこの中で、おこっている母の声です。そのひょうしに、兄がちょっとひるみました。そこでわたしは、いっきにおいつめようとしたとき、おもわず、お茶ぼんを、けっとばしたのです。
「あっ!」
【2】わたしは、からだじゅうから、ちのけがひいていくほど、びっくりしました。やっと、つやのでてきた、ばんこやきのきゅうすを、父が、どんなにだいじにしているか、よくしっていたからです。
はいの中にころげおちたきゅうすを、そっとひろいあげました。【3】こわごわと、さし口や、ふたにさわってみました。兄も、しんぱいそうにのぞきこみました。
こわれては、いませんでした。ひびもはいっていないようです。あわてて、ながしへもっていって、はいをあらいおとし、もとのところへおいて、ふきんをかぶせました。
【4】兄も、だまって、もちをやきはじめました。
そこへ、父のほうが、さきにおきてきたのです。だまって、たばこを一ぷくすうと、いつものように、いればをもって、顔をあらいにいこうとしました。
お茶ぼんのふきんを、めくりました。はがありません。
【5】わたしは、どきっとしました。きゅうすのことばかりがしんぱいで、それまで、いればのことは、わすれていたのです。それでも、だまって下をむいていました。
「おーい。ゆうべは、はをどっかへしまったか?」
【6】父は、まだおきてこない、母のほうへいいました。はのない父のことばは、声がもぐって、よくききとれません。
「ちっとゆっくりしてえのに、みんなでうるせえだから。」
母はぶつぶついいながら、おきてきました。
【7】「おぼんの上には、ねえだかい。」
そういいながらも、母は、戸だなの戸を、しめたり、あけたりして、さがしはじめました。
(あってくれますように――。)わたしは、からだをかたくして、いのるおもいでした。兄もだまっています。
【8】「おまえたちは、さっき、おぼんをけとばしたんじゃあ、あるまいなあ。」
くるりとこちらをむいた、母は、おそろしいまでに、こわい顔になっていました。
いろりばたにひざをつくと、長い火ばしで、はいの中を、かきまわしはじめたのです。【9】父もさがしましたが、ありません。
しまいに、もえているマキをくずし、火の中までもさがしまし∵た。すると、小さくしぼんで、もとのかたちなどなくなっている、いればらしいものが二つ、まっかなおきの中からでてきたのです。
【0】わたしも兄も、もういろりばたからは、とおくさがった、いたのまに、ひざをそろえて、すわっていました。
「ゆるりばたでさわいじゃあ、なんねえって、あれほどゆってることが、わからねえだか。いればをつくるには、たんと、金がかかるだよ、金をだしたって、いまいって、すぐ買えるものじゃあなかんべあ。はがなかったら、けさっから、なにもかめねえだよ。おまえたちも、なにもくわずにいるといい。」
母は、こまったのはとおりこして、もうやけっぱちのように、おこりちらしました。
そのころ、わたしの村には、まだ、はいしゃさんはありませんでした。町までは、とまりがけでなければ、いかれなかったじだいです。
はのない父は、おこりたいことばさえ、うまくはしゃべれなかったのでしょう。こわい顔で、たばこだけをすっていました。
じぶんでも、もういればのせわになる年になりました。あの朝の父のかなしさや、母のはらだたしさがとてもよくわかって、すまなく、それでも、なつかしくおもうのです。
『いたずらわんぱくものがたり』「父のいれば」(宮川ひろ)より
おき(すみがほのおを上げないでもえているじょうたい)