テイカカズラ2 の山 2 月 3 週
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○自由な題名
○バレンタインデー、もうすぐ春が


★(感)黒いマントのおもいで
 【1】元日からふりつづいた雪がやんで、けさは上天気です。のきのつららが朝日をうけて、キラキラ光っています。きょうから三がっき、雪にうずもれたかきねのむこうを、学校へいそぐ男の子や女の子の声が、にぎやかにとおりすぎていきます。
【2】「ねえ、いつまでそこにたっているの。はやくいかないと、学校おくれるよ。」
 朝ごはんのあとかたづけをしながら、かあさんが大声でしかります。それなのに、一年生のわたしは、くらい土間のところで、さっきからもじもじしていました。【3】学校がいやなのではないけれど、きょうきていく、黒いマントのことで、ちょっぴりすねていたのです。
 このあいだから、かあさんが夜なべで、したてなおしてくれた、矢がすりのわたいればおり、モンペの上にはいた、エビちゃ色のはかま、赤い毛糸の手ぶくろもショールも、ねえさんのおさがりだけど、がまんできます。【4】でも、その上にきせられた、だぶだぶの、黒いマントがこまるんです。
 それは、むかし、とうさんが北海道で、おまわりさんをしていたときにきていたものでした。【5】明治もおわりのころのことですから、黒いせいふくに金すじのはいったけんしょうをつけ、長いサーベルをさげていました。わかいくせに、八の字ひげなんかはやし、「オイ、コラ」なんていばっていたのかもしれません。【6】そのマントは、かたまでの、みじかいものでしたから、たけは、一年生のわたしのひざぐらいですが、はばが、すごくだぶだぶなんです。
 こんなマックロケの、だぶだぶマントなんかきていったら、また男の子たちにいじめられるでしょう。【7】そのまえに、大山さんの秋田犬のシロがほえてとびかかってくるかもしれません。それなのに、かあさんは、いうのです。
「たけもちょうどいいし、ゆったりしてあったかいし、こんなじょうとうのラシャなんて、いまどき、どこをさがしたってないんだよ。」
 【8】かあさんの声には、きていかなかったら、ぜったいゆるさないという、ひびきが、こもっています。
 そのころ、日本はすごいふけいきで、米のねだんが高く、年よりと子ども六人もかかえた、とうさんとかあさんは、ともばたらきしても、おいつかなかったのでしょう。【9】でも、小さいわたしは、うちがこまっているなんて、しらなかったのです。
 ものをだいじにし、むだづかいしないのは、うちのどうとくだとおしえられ、一年生の頭でそれをしんじていました。【0】このマントも、にいさんたちのうまれるまえからですから、もう十五年いじょ∵うも、だいじにしまってあったのでしょう。
「とうさんはね、むかし、このマントをきて、はん人をごそうしていったこともあるんだよ。」
 きのう、かあさんは、わたしをそばにすわらせ、いつになくしみじみ、はなしてくれたのでした。
「いまとちがって、まだ汽車もバスもなかったむかしのこと、冬は馬車もとおれない雪の山道を、くしろからあばしりのけいむしょまで、とうさん、手じょうをかけたはん人とたったふたりきりで、なん日もかかって山ごえしていったんだと。冬山はなれた人でもこわいというのに、はん人を道づれの山おくで、もうふぶきにあったもんだから、とうとう、ほうがくを見うしなってしまったんだとさ。
 いけどもいけども道はなし。はげしいうえとさむさのため、このままではふたりとも死ぬよりほかない。そのときとうさんは、はん人だけでもなんとかたすけたいとおもったんだね。そこで、はん人にいったんだと。『この手じょうはずすから、すきなようにしてくれ』って。とうさん、手じょうをはずしたんだって。ところがはん人はにげるどころか、かんげきして、『だんな、あんたはほかのおまわりとちがう。人間を人間としてあつかうことをしってる人だ。わしはにげないよ』って、町へたどりつくまで、とうさんをまもりとおして、じぶんは、ちゃんと、ろうやへはいったんだとさ。むかしの人は、ものがたかったんだね。」
 こんなわけで、わたしはどうしても、そのマントを学校へきていかなくてはならなかったのでした。でも、そんなにだいじなマントなら、なおのこと、みんなのさらしものになって、わらわれるのがいやでした。小さい頭でかんがえて、
(そうだ、学校へいったら、まっさきに、なかよしのカツさんにわけをはなし、みかたになってもらおう。)
と、おもいつくと、やっとあんしんして家をでました。

『はずかしかったものがたり』「黒いマントのおもいで」(増村王子)より