ナツメ の山 5 月 3 週
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○自由な題名
○算数の勉強


 5.3週
 あれは……そう、五月十五日の金よう日だった。日にちまで、いまでもはっきり覚えている。
 ぼくたちは、林の奥のやわらかい草むらにねころんで、空をながめていた。
 いつもはそうやって、いろんなこと――昆虫のことや、テレビのマンガのことなんかをはなすんだけど、その日はふたりとも、あまり口をきかなかった。あおむけになったレオナの鼻には、まだ鼻血がこびりついていたし、ぼくのおでこにはでっかいコブができていた。
 その日の昼休み、矢田たちがまたレオナにちょっかいをだして、ぼくが止めにはいり、けっきょくふたりともやられちゃったのさ。
「きみたちが弱いものいじめをするのは、きっと、あまりにもめぐまれているからだと思うな。もっときびしい環境の中では、だれもそんなことしないよ。」
「フン。どこがめぐまれてるのさ。空はスモッグだらけ、思いっきり野球のできる場所もないんだぜ。」
 ぼくはいいかえした。矢田たちにやられて、まだ、ムシャクシャしてたんだ。
 すると、レオナはひじをついて起きあがり、何かいいたそうに、じっとぼくの顔を見た。
 それから、また、ゆっくり体をたおすと、ぎゅっとぼくの手をにぎりしめた。ぼくはあせって、手をひっこめようとした。おかしいよ。男同士で、手をにぎるなんて。異常だよ。
 けれどもレオナは、はなさなかった。目は空へむけ、こいつのどこに、こんな力があるのかと思うほど、きつくにぎりしめるんだ。
「よせよ。気持ちわる……。」
 ぼくはさいごまで、いえなかった。
 レオナの手から、ぼくの手へ、なんともいえないあたたかいものが流れこんできて――ぼくは目をパチパチさせた。
 空って、こんなに青かったっけ?
 雲って、こんなにまっ白で、ふわふわしてたっけ?
 その空に、林の木ぎが、レースみたいな葉をひろげている。
 チュンチュンいう小鳥の声は、まるで音楽のよう。
 なんていったらいいのかな、あの感じ……。そう、何もかもが、初めて見たり聞いたりするような感じだった。
 いつのまにか、ぼくらの手は、軽くふれあっているだけだった。
 どのくらい、そうしてうっとりと、空をながめていただろう。ほんの数分のような気もするし、もっとずっと長いような気もする。
 やがてレオナが手をはなし、にっこりとぼくにほほえみかけた。
 ぼくはもう一度、目をパチパチさせ、空をながめた。
 手をはなしたせいか、それとも、夕方になったせいか、空の色はあせ、小鳥の声もきゅうに遠のいた。
 しかし、ぼくの心にはまだ、さっきのうっとりした気分がのこっていた。
(レオナ。いまのはいったい、なんだったんだい。魔法かい。それとも、宇宙人としてのきみの力なのかい。やっぱり、きみは宇宙人なのかい。)
 ききたかったけれど、ぼくはだまっていた。なにかいえば、いまのこの気持ちがこわれてしまいそうだったんだ。
 それに、きいたって、どうせレオナは答えてくれないだろう。
 ただ、にっこりわらっているだけで……。
 わらいながら、空をながめているだけで……。

「宇宙人のいる教室」(さとうまきこ)より

★モグラは食虫類に属し(感)
 【1】モグラは食虫類に属し、からだのしくみは原始的です。歯も特に発達したものではありません。
 昔の人は、畑の作物の根をかじる悪獣と思って殺しましたが、それはぬれぎぬ。真犯人は、かじるのがしょうばいのノネズミであって、モグラの貧弱な歯では、堅い植物の根などかじれるものではありません。【2】しかし、柔らかい虫を捕えて食べることはできるのです。
 モグラは、ミミズ食いしょうばいです。だから、食事をするには土を掘り、トンネルを掘らねばなりません。でも、トンネル掘りは重労働で、とてもお腹がすきます。【3】だから、ミミズを食べなければなりません。それには、トンネルを掘らねばならず、とてもお腹がすいて……。だからモグラは一日に五〇匹もミミズを食べ、一日なにも食べないと死んでしまいます。【4】そんなことを知らないで昔の人は、モグラを捕らえてかごに入れておくと一日で死んでしまうものですから、「日光に当たると死ぬ」のだ、と誤解したのです。
 そんな苦労があっても、土の中にはモグラ以外のミミズ食いの競争相手も、モグラ食いの動物も、まあいないので、モグラは「気らく」に生きていくことができます。【5】これが、地上で虫を食う生活だと、すばしこい鳥たちみたいな競争相手や、イタチみたいな小動物食いしょうばいのけものなどがいっぱいいて、原始的なからだのモグラはとてもやっていけないでしょう。
 【6】このようなモグラの、きわめてモグラ的な生活を支え、まるでモグラのシンボルみたいにみえるのが、モグラの前あしです。それはシャベルそっくりで、じつに巧みに、すばやくトンネルを掘ることができます。【7】掘って掘って掘りまくり、ミミズを食べて食べて食べまくるモグラの生活を可能にしているのが、モグラの「シャベル」なのです。
 モグラのからだは、ほかの食虫類と同じように、原始的なのですが、前あしだけ特別に発達しているのです。
 【8】哺乳類のそれぞれの種のからだには、その種の生活の実体を象徴的に現しているしくみがそなわっています。ライオンの牙はけもの食いしょうばいのシンボルです。キリンの長い首はいかなる∵猛獣をも先にみつけてしまいます。【9】ゾウの長い鼻は、巨大なからだを移動させるために支出するエネルギーを最小に抑えて、大量の木の葉を一網打尽に食べることを可能にしています。
 では、人間のからだにそなわった、人間の生活を象徴するものはなにでしょうか。それは、手です。【0】
 はるか昔、人間の祖先は直立二足歩行をかちとることによって、前あしを手に転化することができました。手は、木片や動物の骨や石や、つまり自然のものに働きかけてそれを意図的につくりかえ、さまざまな道具をつくり出すことができました。
 モグラの前あしは、ちょっと見たところでは、人の手に似ているようにみえるかもしれません。しかし、それは、トンネル掘り一本槍で、ほかのことはしません。もし、モグラの前あしがほかのことをすれば、それはモグラであることをやめることを意味し、滅びてしまいます。
 人間の手は、そうではありません。手は、それがつくられたはじめから、いろいろな目的に対応した、多様な道具をつくりだしたのです。
(中略)
 ライオンの牙はどんなに鋭くても、それはライオンの遺伝子によって伝えられたものであって、ライオンの意志で作ったものではありません。モグラのすばらしい「シャベル」も、当のモグラにとっては「知っちゃいない」のです。
 それにたいして、人間の祖先が作った道具は、それがかりにきわめて単純なものであっても、やはり、人間が意図的に、人間の意志によって作ったものです。

 (中原正木「人は足から人間になった」)