ヒイラギ の山 7 月 3 週
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○自由な題名
○私の入っているクラブ
○暑い日の思い出
★私は改めて自分の部屋に(感)
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【1】私は改めて自分の部屋に行ってみた。昨晩母が苦労して片づけたおかげで、かなり快適そうな子供部屋になっていた。全然見ない百科事典が全巻あるのも今ならこの部屋にふさわしい。まるで賢い子供の部屋のようだ。【2】こんなキチンとした部屋を使用している子供なら、毎日規則正しく予習復習をやり、夕飯には野菜スープと肉の焼いたやつなどを食べ、家族と少し談笑をした後、風呂に入ってすみやかに眠るのであろう。【3】そして朝は早起きをし、遅刻などという愚かしい行為とは縁がなく、学力優秀で人望も厚いのである。もちろん、親から怒られる事などない。私とは、どこをとっても異質な子供の部屋である。
【4】明らかに急激に片づけたとバレる気がする。日常とは違う、とってつけたような空気が充満している。机の上がきれいなのもわざとらしい。だが机の引き出しを開けてみると、昨日捨てなかった小物類がゴチャゴチャと入っていた。【5】パンダの貯金箱やゴムボールや、紙せっけんや半分使った目薬もあった。こまかい物を母が適当にこの引き出しの中に入れたのだ。ちらかっていた昨日までの子供部屋のミニチュア版という感じである。
【6】一見きれいに見えるこの部屋も、引き出しを開ければこんなもんである。所詮、茶番(ちゃばん)にすぎないのだ。
先生が来る時間が近づくにつれ、私は憂鬱になっていった。【7】どうせ母は先生に、ももこはちっとも勉強せずに手伝いをするわけでもなく怠けてばっかりというような事を話すであろう。遅刻ギリギリに登校するのは朝のトイレが長いせいだという余計な事まで言うかもしれない。【8】先生は先生で、ももこさんは学校では特に目立つ活躍もない生徒だからもっと奮起を望むところだというような事を母に告げるであろう。そして私は先生が去った後に母から「アンタしっかりしなきゃだめだよ」などと言われるのが関の山である。
【9】そんなつまらない情報を交換するために畳まで替える必要があるだろうか。「あーあ……」という気分である。∵
やがて、先生はやって来た。母は先生をあの安宿のような和室に招き入れ、ヒロシの仕入れたイチゴを運んで私についての話を始めた。【0】ふすまの向こうから、先生と母の声がきこえてくる。時折両者の笑い声もきこえる。私についての話なのに、何をそんなに笑うのか、気になるところである。笑い声がきこえればきこえたで気になるし、静まれば静まったで気になる。自分の事というのは何かにつけ気になるものである。
十五分余りで話は終わったらしく、先生と母が子供部屋にやってきた。先生は、入ってくるなり「お、きれいに片づいているなァ。普段はもっとちらかっているだろう?」と一番痛いところを突き、私と母は赤面した。だから、バレるようなことはしない方がいいのだ。先生は私の机の上を見て、「お、机の上もきれいになっているね。だけど引き出しの中はどうかな」と言って引き出しを開けた。
万事休す。もうおしまいである。ゴチャゴチャな引き出しの中を見た先生はプッと吹き出し、私と母はますます赤面した。脳天にマグマが上昇してゆくような熱さを感じた。うつむいて黙って赤面している間も、新しい畳の匂いが漂ってきてやるせない。
先生がお土産を持って去った後、母は私に「アンタ、もっとしっかりしなきゃだめじゃないの」と、予想通りの小言を言った。私は母の小言を「はいはい」と軽く聞き流し、外へ遊びに行こうと思って店先に出た。
(さくらももこ「あのころ」より。東海大附属浦安中)