チカラシバ の山 8 月 3 週
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★自由な題名
○小さいころから大切にしているもの
○おかしかったこと
★次の朝早く(感)
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【1】次の朝早く、海蔵(かいぞう)さんは、また地主の家へ出かけていきました。門をはいると、昨日より力のない、ひきつるようなしゃっくりの声が聞こえてきました。だいぶ地主の体がよわったことがわかりました。
【2】「あんたは、また来ましたね。親父はまだ生きていますよ。」
と、出てきた息子さんがいいました。
「いえ、わしは、親父さんが生きておいでのうちに、ぜひおあいしたいので。」
と、海蔵(かいぞう)さんはいいました。
【3】老人はやつれて寝ていました。海蔵(かいぞう)さんは、枕もとに両手をついて、
「わしは、あやまりにまいりました。昨日、わしはここから帰るとき、息子さんから、あなたが死ねば息子さんが井戸を許してくれるときいて、悪い心になりました。【4】もうじき、あなたが死ぬからいいなどと、恐ろしいことを平気で思っていました。つまり、わしはじぶんの井戸のことばかり考えて、あなたの死ぬことを待ちねがうというような、鬼にもひとしい心になりました。【5】そこで、わしはあやまりにまいりました。井戸のことは、もうお願いしません。またどこか、ほかの場所をさがすとします。ですから、あなたはどうぞ、死なないでください。」
といいました。
【6】老人は黙ってきいていました。それから長いあいだ黙って海蔵(かいぞう)さんの顔を見上げていました。
「お前さんは、感心なおひとじゃ。」
と、老人はやっと口を切っていいました。
【7】「お前さんは、心のええおひとじゃ、わしは長い生涯じぶんの欲ばかりで、ひとのことなどちっとも思わずに生きてきたが、今はじめてお前さんのりっぱな心にうごかされた。お前さんのような人は、いまどき珍しい。【8】それじゃ、あそこへ井戸を掘(ほ)らしてあげよう。どんな井戸でも掘(ほ)りなさい。もし掘(ほ)って水が出なかったら、どこにでもお前さんの好きなところに掘(ほ)らしてあげよう。あのへん∵は、みなわしの土地だから。【9】うん、そうして、井戸を掘(ほ)る費用がたりなかったら、いくらでもわしが出してあげよう。わしは明日にも死ぬかもしれんから、このことを遺言しておいてあげよう。」
海蔵(かいぞう)さんは、思いがけない言葉をきいて、返事のしようもありませんでした。【0】だが、死ぬまえに、この一人の欲ばりの老人が、よい心になったのは、海蔵(かいぞう)さんにもうれしいことでありました。
(新美南吉著 「牛をつないだ椿の木」より)