シオン2 の山 9 月 3 週
◆▲をクリックすると長文だけを表示します。◆ルビ付き表示▲
○自由な題名
○お手伝いをしたこと
○くたびれたこと
★わたくしのおにんぎょう(感)
◆
▲
【1】それは、「わたくしのおにんぎょう」というだいで、いまもおぼえていますが、こんないみのことを書いたのです。
「わたくしのおにんぎょうは、いつか、るすをしたごほうびに、おかあさんから、かっていただいたのです。【2】きれいなフランスにんぎょうで、赤いぴかぴかしたようふくをきています。きせかえあそびもできるのです。あんまりかわいいので、ときどき、だいてねることもあります。
わたくしは、このおにんぎょうがだいすきです。【3】これからも、いつまでもだいじに、かわいがってやろうとおもっています。」
じぶんでも、はじめにしては、わりとじょうずにかけたとおもいました。じっさい、あとでかえしてもらったのを見ると、大きな三じゅうまるがついていたのです。【4】そのときからずっと、つづりかたは、わたしのいちばんとくいな科目になったのでした。
さて、はじめてつづりかたを書いた日から、なん年かたったある日のこと。【5】うちへ友だちがあそびにきたので、トランプかなにかをさがして、つくえのおくをかきまわしていたら、だいじにしまっておいた、このふるいつづりかたが、でてきたのです。友だちは、おもしろがって、それをよみました。
【6】「へーえ、いいにんぎょうがあったんだね。このにんぎょう、いまもあるの?」
「うーん、あるような、ないような……。」
「なによ、あるような、ないようなって……。あるの、ないの、どっち?」
【7】やれやれ、どうも、このへんで、はくじょうしなくてはならないようです。
「えヘヘ。じつは、それ、うそなの。」
「うそ? あらやだ。あんたったら、はじめてのつづりかただっていうのに、うそを書いたの?」
【8】「うーん、まるっきり、うそでもないよ。あのねえ……。」
わたしは、おもちゃばこのすみっこにおしこんであった、おんぼろの、小さなにんぎょうをとりだしました。
「ほら、これ。」
「これ? こんなちっぽけなの? これがフランスにんぎょう?」
【9】「しらない。だけど、まあ、スカートがぱっとひろがってるから、フランスにんぎょうにしとくの。」
「ふうん。ええと、赤いようふく……は、たしかに、きてるわね。だいぶ、いろがさめてるけど。」
「ほらね、まるっきり、うそでもないでしょ。」
【0】「まあね。だけど、きせかえもできるって書いてあるわ。きせかえなんて、できそうもないじゃない。」∵
わたしは、だまって、にんぎょうのかぶっている大きなぼうしをスポッとぬがせました。ぼうしといっしょに、金いろの、カールしたかみの毛も、みんなスポッととれて、つるつるのぼうず頭があらわれました。
「あーら、やだあ。これで、きせかえのつもり?」
「そう。ほかのぼうしをかぶせれば、きせかえって、いえないこともないでしょ。」
「あきれた、あきれた。こんなの、だいてねてたの?」
「まさか。こんなの、ごつごつしてつめたいばっかしじゃないの。だいてねたのは、こっち。」
わたしは、おもちゃばこから、もう一つ、手のもげた、ぬいぐるみのだきにんぎょうをだして見せました。
「なあんだ。二つのにんぎょうを一つのことにしちゃったんだね。じゃあ、るすばんのごほうびにもらったのは、どっちなの?」
「あれ、うそ。だいいち、そんな小さいときに、ごほうびをもらうほど、長いるすばんなんて、したことないもん。」
わたしがけろっとしていったので、友だちは、あきれかえった顔になり、それから、ふたりいっしょに、わっとわらいだしてしまいました。
と、いうわけで、わたしのはじめてのつづりかたは、ほんとは、大うそだったんです。どうして、あんなうそを書いたのか、じぶんでもわかりません。
でも、ふしぎでした。うそをつくのはわるいことだとしっていたのに、つづりかたにうそを書いたことは、ちっともわるいとおもわなかったのです。もしかしたら、わたしは、つづりかたと、おはなしをつくることとを、ごっちゃにしていたのかもしれません。それからあとも、はなしをおもしろくするためなら、人にめいわくをかけないていどで、ちょいちょい、つづりかたにうそをまぜていたのですから。
そんなら、このはなしも、うそじゃないのかって?
いえいえ、そんなことありません。これは、ほんとにほんとのはなし。わすれられない、はじめてのつづりかたのおもいでです。
「ほらふきうそつきものがたり」(椋鳩十(むくはとじゅう)編 フォア文庫より)