テイカカズラ2 の山 1 月 4 週
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○自由な題名
○親切をしたこと
★清書(せいしょ)

○一九六〇年代はじめ
 【1】一九六〇年代はじめ、アフリカの山野に分け入って、チンパンジーの行動を研究していた一研究者のある報告は、当時大きな話題となった。その報告によると、チンパンジーが道具を使ったというのである。【2】道具の使用は、人間に特有のことで、人間と他の動物を区別する重要な特徴のひとつとされていただけに、この発見は、各方面に大きな影響を与えたのだった。【3】ある人は、これは人間と動物の間隙をうめる重要な発見だとして高く評価し、ある人は、チンパンジーのその道具は、あまりにも原初的で、それを道具と言うこと自体に問題がある、とした。
 【4】アフリカの野生チンパンジーが用いたという道具とは、一本の細い草の茎である。この茎をチンパンジーは、シロアリを「釣る」のに用いたのである。チンパンジーは、シロアリの塚のそばにしゃがむと、草の茎を塚の穴の中に深くさしこむ。【5】そして、ちょっと間をおいてそれを引き出す。すると、その茎には、何匹(なんびき)かのシロアリがくいついてくっついてくる。シロアリは、巣に侵入した敵に、攻撃のくらいつきを行なったのであろうが、それがあだになって、まんまと外に引き出されてしまうというわけだ。
 【6】チンパンジーは、この草の茎にくっついてきたシロアリを、口でしごくようにして食べるのである。食べ終わると、チンパンジーは、また草の茎を穴にさしこんで、シロアリを釣る。こうしてチンパンジーは、しばらくの間アリを釣っては食べる、ということをくり返す。
 【7】注目すべきことは、チンパンジーは、道具というものが何であるかを知っているかも知れない、ということである。自分が何をどうする目的で、草の茎を手足の延長、あるいは補助器官として使っているのかを見通しているらしい。
 【8】というのは、チンパンジーは、偶然そばにあった茎をひろって使うのでなく、すこしはなれたところから草を手に入れ、それをシロアリ塚までもちはこぶからである。その上、チンパンジーは、草の茎についている葉や枝分かれした茎など、余分と思われるものを∵取り去って草を「加工」しさえするのである。
 【9】シロアリ釣りは、見よう見まねで他のチンパンジーにも広がる。子どものチンパンジーは、母親のそばでそのシロアリ釣りを見て、自分でもあれこれためす。そして、そのこつを取得していくという。これをもってして、チンパンジーには、シロアリ釣りの文化がある、と言う人もいる。
 【0】チンパンジーは、水を飲むときにも、道具を使うことがある。チンパンジーは木のまたなどにたまった水などを飲むときに、木の葉をかんでやわらかくし、それを水にひたして水に含ませ、口に運んで水を吸って飲むという。かみくだいた木の葉を、いわばスポンジ代わりに使うのである。
 チンパンジーの道具で、最も道具らしい道具は、木の実を割るための石の道具であろう。これは、比較的最近になってわかってきたことであるが、チンパンジーはアブラヤシなどの実を食べるときに、それを石の上において、もうひとつの石でたたいて割る。このとき、台石となるのは、その目的にかなった、上面が比較的平たい石である。打ちつける石も、木の実がはじけ飛ばないよう、平たい面があるものが使われる傾向があるらしい。
 研究者は、すでにかなりの回数「愛用」されてきたと思われる台石も発見している。それらの石は、平たい面の一部がくぼんでいて、そこに何度も木の実がすえおかれただろうことをものがたっていた。チンパンジーは、この道具についても、その目的を見通しているかのようである。ここから人間の祖先が用いた石器までは、どれほどの道のりがあったのだろうか。
 チンパンジーの道具使用が、チンパンジーの食事事情に貢献していることは、疑問の余地がないと思われる。チンパンジーは、それなしで不可能なシロアリを手に入れ、木の実を餌資源として利用することができるからだ。これが可能なのは、チンパンジーが人間にもっとも近い動物で、したがって、人間を除く動物の中で、もっと∵もかしこいからにほかならない。道具の使用には、それだけの知能が要求されるからである。

(小原(おばら)嘉明(よしあき)『道具を使う動物たち』<PHP研究所>より)