テイカカズラ の山 2 月 4 週
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○自由な題名
○緊張(きんちょう)したこと
★清書(せいしょ)
○ゆたかみーつけっ
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「ゆたかみーつけっ。真理子みーつけっ」
ひろしがさけび、みんないっせいに走りだした。駐車場をとびだすと空気がうす青く、もう夕方がはじまっている。わーっという歓声があがり、ひろしがカンをけって、今度はゆたかが鬼になる。
カポーン。あちこちへこんだあきカンが、まのぬけた音をたててもう一度けられ、鬼をのこしてみんなかけだした。時夫(ときお)は、T字路まで走って思い出したように立ちどまり、くるっとうしろをふりむいた。
「やっぱり」
やっぱり、だった。青屋根のたてものの窓から、きょうもおばあさんが見ている。青屋根のたてものは、そこからへい一つへだてたキャベツ畑のむこうにあった。
「オレ、ぬける」
ぽつんと言って、時夫(ときお)はへいによじのぼると、ひょいととびおりた。ほこっと土のにおいがする。
「おい。どこ行くんだ。養老院だぞ」
背中ごしにゆたかの声がした。その青屋根には、ボケてしまった老人がたくさんいるので、子供たちはこわがってちかよらないのだ。若い女の人の血をすって生きているおばあさんがいるとか、子供の肉でつくったハンバーグが大好物のおじいさんがいるとか、いろんなうわさがあった。
この養老院では週に一度、老人たちに看護婦さんが何人かつきそって、散歩に行くことになっていた。時夫(ときお)とおばあさんが出会ったのも、そんな散歩の時だった。もう一ヵ月ほど前になるだろうか。川ぞいの道でお父さんとキャッチボールをしている時夫(ときお)を、おばあさんは土手からながめていた。
「行くぞ、時夫(ときお)」
お父さんがそう言ったとき、やおら立ち上がったおばあさんはとつぜん、大きな声でこう言ったのだ。
「あんた、トキオ、いうんか。わたしはトキ、いうんじゃよ」
びっくりするほどしっかりした足どりで、つかつかとちかづいてきたおばあさんは背がひくく、日にやけて、やせていた。 ∵
「友達に、なってくれるかの」
おばあさんは破顔一笑、そう言った。
それから毎日、おばあさんは窓から時夫(ときお)を見つめていたのだ。あそびに来てほしいのかもしれない、時夫(ときお)は何度もそう思ったが、その勇気はなかった。キャベツ畑のむこうの青屋根といえば、子供たちにとって、おばけ屋敷もおんなじだったのだ。
けれども、もう決心した。時夫(ときお)はぐっと胸をはり、キャベツ畑のまん中の細い小道を、どんどん歩いていく。
「もどってこいよ。鬼ばばあがいるぞ。」
「ハンバーグにされちゃうから」
みんなの声が、うしろからきこえていた。
小さな玄関を入り、病院のような待ち合い室をぬけると階段があり、窓を目印にいくと、おばあさんの部屋はすぐにわかった。色あせた畳の上に冷蔵庫とテレビがおいてある。時夫(ときお)は帽子をとっておじぎをした。
「待っとったよ。これはルームメイトのゆりこさんに、げんさんに、ひさしさん。これは私の友達のトキオ」
おばあさんはじゅんぐりに紹介し、冷蔵庫からジュースをだしてくれた。おばあさんが「ルームメイト」という言葉を使ったのが、なんとなくおかしくて、時夫(ときお)は心の中でくすっと笑い、緊張が、するっとほどけた。
「毎日毎日、カンけりしとったなあ」
おばあさんが言って、
「トキさんはまた、それを毎日毎日、見とったなあ」
ひさしさんが言った。ひさしさんは白髪(しらが)頭を短く刈った、色白のおじいさんだ。
「見ていると、私もいっしょに遊んでいるような気がしおってね」
おばあさんははずかしそうに笑うのだった。 ∵
ゆりこさんと呼ばれたおばあさんは長い髪を左がわでおさげに編んで、白い浴衣を着ていた。部屋のすみの赤い座布団の上にすわって、一心にお手玉している。時夫(ときお)の視線に気がつくと、しずかに、ふわっと笑った。小さな、白い、あどけない顔だった。
「アイスクリームがあるからおあがり。あんたのために買うといたに」
おばあさんが言った。紙のカップに入ったバニラアイスはかちかちにかたまって、冷蔵庫のにおいがついていた。ずいぶん前から買ってあったんだな。時夫(ときお)はそう思いながら、さっきから窓のそばでたばこをすっている、げんさんというおじいさんの横顔をちらりと見た。むっつりして、少しこわい横顔だった。
「テレビ、みようか。そろそろ大乃国がでるころだな」
ひさしさんが言った。
「大乃国? だめだめすもうは桝田山だよ」
「おっ、しぶ好みだな」
おすもう好きのひさしさんと、やっぱりおすもう好きの時夫(ときお)とはすっかり意気投合し、ハンバーグなんてうそばっかり、と、時夫(ときお)は心の中でつぶやいた。
(江國(えくに)香織「つめたいよるに」)