テイカカズラ2 の山 2 月 4 週
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○自由な題名
○緊張(きんちょう)したこと
★清書(せいしょ)
○モンシロチョウの幼虫である青虫は
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【1】モンシロチョウの幼虫である青虫はアブラナ科の植物しか食べることができない。そこでモンシロチョウは、幼虫が路頭に迷うことのないように、足の先端でアブラナ科から出る物質を確認し、幼虫が食べることができる植物かどうかを判断するのである。【2】この行動は「ドラミング」と呼ばれている。だから産卵するモンシロチョウは、葉っぱを足でさわって確かめながら、アブラナ科の植物を求めて、葉から葉へとひらひらと飛びまわるのである。
しかし、こうして目的の菜の葉にたどりついても終わりではない。【3】一ヵ所にすべての卵を産んでしまうと、幼虫の数が多すぎて餌の葉っぱが足りなくなってしまう。そのためモンシロチョウは、葉の裏に小さな卵を一粒だけ産みつける。そして、つぎの卵を産むために新たな葉を求めて、葉から葉へと飛びまわるのである。【4】まさに「ちょうちょう」の原型となったわらべ唄のとおりだ。
それにしても、どうしてモンシロチョウの幼虫は、親にこんな苦労をかけてまでアブラナ科の植物しか食べないのだろう。【5】何という極端な偏食。えり好みせずに、いろいろな植物を食べたほうが、もっと生存の場所も広がるし、何より親のチョウだって卵を産むのがずっと楽ではないか。
もちろん、青虫だってほかの葉っぱを食べられるものなら、そうしたいだろう。【6】しかし、そうもいかない理由がある。
植物にとって、旺盛な食欲で葉をむさぼり食う昆虫は大敵である。そのため、多くの植物は昆虫からの食害を防ぐためにさまざまな忌避物質や有毒物質を体内に用意して、昆虫に対する防御策をとっているのである。
【7】一方の昆虫にしてみれば、葉っぱを食べなければ餓死してしまう。そこで、毒性物質を分解して無毒化するなどの対策を講じて、植物の防御策を打ち破る方法を発達させているのだ。【8】ところ∵が、植物の毒性物質は種類によって違うから、どんな植物の毒性物質をも打ち破る万能な策というのは難しい。そこで、ターゲットを定めて、対象となる植物の防御策を破る方法を身につけるのである。【9】一方、植物も負けられないから、防御策を破った敵となる昆虫から身を守るために新たな防御物質を作り出す。すると昆虫もさらにその防御物質を打ち破る方法を身につける。
こうなると一対一の、意地の張り合いのようなものだ。【0】さりとて、植物も昆虫も自分の生存がかかっているから、どちらも負けるわけにはいかない。この両者の軍拡競争によって特殊な防御物質を作り出す植物と、その防御策を打ち破ることができる昆虫という組み合わせが作られるのである。特定の種類の植物しか食べない狭食性(きょうしょくせい)の昆虫が多いのはそういうわけなのだ。こうして、モンシロチョウとアブラナ科植物とは好敵手として、共に進化を遂げてきたのである。もはやモンシロチョウの幼虫は、好むと好(この)まざるにかかわらず、アブラナ科の植物を食い続けるしかない。こうなると、もう切っても切れない密接な間柄である。
アブラナ科植物の防御物質はカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)である。たとえば、ワサビやカラシナの辛味のもとになるのもシニグリンと呼ばれるカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)である。私たちが嗜好するアブラナ科の野菜独特の辛味も、本来は昆虫に対する防御物質なのだ。
しかし、モンシロチョウの幼虫である青虫は、すでにアブラナ科植物の防御物質を打ち破る術を身につけている。だから青虫はカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を含んでいる葉っぱしか食べないのだ。カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を持たないアブラナ科以外の植物を食べてもよさそうな気がするが、ほかの植物は、カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)以外の毒性物質を持っている可能性が高いので、むしろ危険である。
さらに、モンシロチョウは、カラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を利用している。葉∵から葉へと飛びまわるモンシロチョウは、じつは足の先でアブラナ科植物のカラシ油配糖体(あぶらはいとうたい)を探しながら、産卵する植物を決めているのだ。昆虫を追い払うはずの物質が、あろうことかモンシロチョウを呼ぶ目印になってしまっているのである。昆虫の食害を防ぐためにと、せっかく防御物質を作り出したのに、モンシロチョウにはいいように利用されている。菜の花にとっては、ずいぶんとやりきれない話だ。
(稲垣(いながき)栄洋(ひでひろ)『蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか−日本人の暮らしと身近な植物』草思社より)