ザクロ2 の山 6 月 4 週
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○自由な題名
○マスコミ
★清書(せいしょ)

○今の世の中、孤独という言葉は
 【1】今の世の中、孤独という言葉は、なぜか悪いイメージで塗り固められている。いつからそうなったのか、私は知らない。いつの頃からか、引きこもりという言葉が、現代の若者や子どもたちの、社会や学校に出られないで家にこもり切りになる特殊な状態を指すようになってから、孤独のイメージはすっかり悪くなった。【2】言い換えるなら、引きこもりの若者や子どもたちが何万、何十万という数になってから、いよいよ孤独のイメージは、社会的に手を差しのべてあげなければならないもの、克服しなければならないもの、といった否定的なものになってしまったのだ。
 【3】もちろん、集中的ないじめを受けたり、心の病になったりして、まともに対人関係を保てなくなった場合には、周囲からの何らかのサポートが必要であることは言うまでもない。そういう場合の孤独と、人間ひとりが生きていくうえで本来的にまつわりつく孤独とでは、本質において違うもののはずだ。両者の間に明確な線引きはできないにしても。
 【4】ところが、両者をいっしょくたにして、すべて孤独はあってはならないものであるかのような風潮になっているところに問題がある。子どもには子どもなりに、心の成長や考える力をつけるためには、孤独な時間はとても大事なのに、今の社会はそのゆとりを持たせようとしない。【5】ミヒャエル・エンデの『モモ』に描かれた「時間貯蓄銀行」の銀行員のように、何もしないでいると、たとえば、「あなたはきょうは、二時間三十一分四十七秒無駄にした。一生は六十六万六千四百三十二時間二十五分四十八秒しかないのだから、時間をそんなに無駄にしてはいけない。【6】一分一秒でも何もしない時間は私どもに預けなさい」といったぐあいに迫るのだ。
 やれ塾に、やれお稽古に、やれ宿題に、と迫られることに耐えられない子どもたちは、ゲームやケータイやパソコンに没入する。【7】大人たちは奇妙なことに、ちゃーんとゲームやケータイやパソコンを大量生産して、子どもたちがどんどんその世界に入るのを誘っている。そういうものをどんどん子どもに与えるのは、「麻薬∵を与えるに等しい」と言ったのは、医療少年院に勤務する精神科医・岡田尊司氏だ。
 【8】ダブルバインド(二重拘束)という精神医学用語を紹介したことがある。社会学や人類学などマルチな才能を持つベイトソンという学者が作った、人間の心の領域にかかわる用語だ。ベイトソンが紹介している象徴的な症例はわかりやすい。母親が精神病院に入院中の息子に面会に行く。【9】息子と並んで座った母親は、口では「あなたを愛してるのよ」と言うが、内心では息子を恐れている。息子は言葉をそのまま受けとめ、嬉しくなって母親にキスをしようとする。ところが、母親は一瞬だがピクッと顔をこわばらせ、キスされるのを避けるように身をそらす。【0】内心が身体に表れたのだ。息子は鋭く母親の二面性を読み取り、病室に駆け戻る。母親が帰った後、息子は暴れまくり、保護室に入れられてしまう。
 親が二律背反のことを同時に子どもに言うと、子どもはどちらを選んでいいかわからなくなり、精神的に混乱したり、身動きができなくなったりする。そういう親に育てられた子は、心の発達にゆがみが生じるおそれがある。これがダブルバインドとその結末だ。

(柳田邦男の文章による。一部省略がある。)