長文集  7月4週  ○美術担当の先生洋は  hi-07-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:48:07
 美術担当の先生洋は、学校の近くで開かれ
ている写生大会を見まわりながら指導してい
たが、その途中で、描くのに苦労している女
の子の下絵をよかれと思って手伝った。一方
、学校で何かと話題の中心になる根元少年の
姿が見えず、気になっていたが……。

 ふりむくと――根元少年が立っていた。
―先生は描(か)かんのきゃあ?
と、きいた。
―ん? 今日は見まわるだけで手一杯やから
な。
正直に答えてから、ふと気になってきき返し
た。
―根元はもう描(か)いたンか。
根元少年は黙って画板をさしだした。白紙だ
った。ピンを外して裏返して見ても何も描い
てなかった。
―今までなにしてたンや。
ちょっときつい声になってとがめるように言
ってしまった。根元少年は平気で、チョウチ
ョを追いかけとった――と答えた。
―白紙なんか受けとらヘンよ。
と言ってやっても、やっぱり平然としている
。そしてさっきとおなじ質問をした。
―先生は描(か)かんの?
―描(か)く用意してへんさかいなあ。
根元少年は黙って自分の画板と絵具箱と、カ
ンヅメを利用した水入れをさしだした。
―根元のを描(か)いてやるわけにはいかん
がな。
やんわり断ると、根元少年はついと横をむい
て鼻を鳴らした。
―女の子のは手伝ってやったのによ……。
どこからか見ていたらしい。
―あんまりおそいから、ほんのちょと手伝う
たンや。
弁解がましくなると知りながらも正直に説明
した。すると根元少年は自分の画用紙を指し
て、おれの方がもっとおそい……と、つぶや
いた。
―それはちがうで。あの子は一生懸命やって
もおくれたンや。根元はチョウチョを追うと
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
っておくれてただけやろ。
∵さすがに洋もちょっととんがった声で言っ
てやると、根元少年は首をすくめ、
―言えてる。
さすがに自分のさぼったことをみとめた。
―今からでも描(か)くか。手伝わンけど、
見てたるさかい……。
洋が誘うと、根元少年は素直にうなずいた。
―どこで描(か)くンや?
―さっきの女の子のとこ。
根元少年はただちに答えた。
―あそこ、先生の気にいったとこだろが。
―なんでわかるンや?
―チョウチョ追いかけながらでも気がついと
ったけど、先生、あそこに五ヘンも立ってた
もんだでよ。
(ちゃんと見ておったンやな。いや、おれを
つけとったな。そやさかい、こっちが探して
も見つからんわけや……。)
洋は苦笑して、さっきの場所へいそいだ。と
ころがそこで思いもかけない光景を見てしま
ったのだ。

(今江(いまえ)祥智 「牧歌」)