ヒイラギ の山 8 月 4 週
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○私の趣味
○テレビゲーム
★清書(せいしょ)

○「そう。古田の婆さん
「そう。古田の婆さん、なんていったの?」
「……なんにも……」
「貸してくださいっていったんでしょう?」
「……うん……」
「でもだまってたの?」
「……うん……」
 そのあと母がなにもいわないので、ぼくは母を上目づかいにみた。母はやさしく笑ってぼくをみているだけだった。でも、母は泣いていた。ぼくに笑いかけながら、涙が頬をつたっていた。ぼくは母をなかせてしまったとせつなくなった。本当のことをいわなければ。ぼくは重い口を開いた。
「貸してって、心の中で、いったんだ……。口にだしていわなかった……」
「そう」
母はぼくの手をとった。細くて、あたたかくて、白くて、きれいな手だった。あのぬくもりはいまでもぼくの手に残っている。
「久志は自分がどういうことをしたか、わかっているわよね」
「……うん……」
「これからは絶対にそんなことをしちゃだめよ」
母はやさしくぼくを諭した。
「約束してくれる?」
「……うん……」
「父ちゃんに、ちゃんとお金を返してもらおうね」
「うん」
「約束だよ。久志がやったことは人間としてやってはいけないことなの。でも、本当のことをいってくれて、母ちゃん、久志のこと、安心したよ。本当のことをいうのは、勇気がいるよね。でも母ちゃんは、久志はほんとうのことをいってくれるとしんじていたよ」
 そういうと、母は突然ベッドの上で息を詰まらせたように泣き出した。ぼくの手をにぎり、ぼくをみつめたまま、ポロポロと涙をこぼした。
「ごめんなさいね。母ちゃん……本当にごめんなさいね」そういって母は震えだした。
 なぜ母がぼくに謝らなければならないのだろう? ぼくはとまどい、どうしていいのかわからず、だまって母をみつめることしかできなかった。
「ごめんなさいね。本当にごめんなさいね」∵
 母は声を震わせていつまでもぼくに謝るのだった。いつまでも……。

(川上健一「翼はいつまでも」)