ニシキギ の山 9 月 4 週
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○自由な題名
○工作をしたこと
★清書(せいしょ)
いま田上山(たなかみやま)には
いま田上山(たなかみやま)には、柱ほどの太さのまつが、斜面にしっかりと根づきはじめています。うっそうとした森林にそだつには、このさき何百年かかるかしれませんが、ともかくも百年かかって、木が大地に根をはりはじめたのです。木のしげみの間からは、ちょろちょろとわき水が、わきでています。人間が自然といっしょになって、水をつくっているのです。
ふもとのゆるやかなところには、木も草もたくさんしげるようになりました。それだけ土がゆたかだからです。野鳥もいます。そこは、子どもたちが、ハイキングにやってくる公園になっています。
もっとおもしろいことがあります。ふもとの大津(おおつ)市からは、下水の水が車ではこばれてくるのです。その水を山にまいているのです。大津市では、下水処理場(げすいしょりじょう)の水を、ふだんは琵琶湖(びわこ)にすてています。そのため琵琶湖がよごされていくことが、心配されています。そこで、すこしでも湖の水をきれいにするため、下水を山にまきはじめたのです。山にまかれ、土をくぐってでてくる水は、たいへんきれいです。そしてそれだけ、山の土はこえて、木は元気にそだっていきます。
田上山(たなかみやま)をよみがえらせるこのしごとは、淀川(よどがわ)をこうずいから守るためのものでした。けれどもそれは水をつくることになり、ハイキングの公園をつくることになり、野鳥をそだてることになり、そして、下水をきれいにすることにもなりました。森林というものはこのように、ひとりでいくつものはたらきをするものです。
自然というものは、ひとたびこわしてしまうと、なかなかもとのすがたにはもどりません。田上山も百年がかりで、やっと細い木が根づいたばかりです。でも人間が、しんけんにとりくめば、自然もまたちゃんと、それにこたえてくれるのです。田上山のしごとは、そのことを教えてくれています。
いまある日本の森林は、そんなふうにして、先祖たちが手をかけてそだて、わたしたちにおくってくれたおくりものなのです。そしていまも、山に住む人たちが、ごみをひろい、山くずれをなおし、年とった木は切って材木を生産し、そこに、あたらしいなえ木を植えてそだてつづけている森林です。
「川は生きている」(富山和子)より抜粋編集
○「ただいま」
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「ただいま」
「ゆたか、ちょっときなさい」
お帰りの返事もなく、呼びつけたお父さんの声は、いつもより強かった。
「お前か、猫をひろってきたのは」
居間にはいるなり、耳につきつけられた言葉に足がすくんだ。
「カラスが狙っていたから……。食べられちゃうから……」
「今から、もどしてきなさい。元のところへ……」
「……」
いやだと思った。それでも口にはだせなかった。
「お父さんは、猫の毛アレルギーなの。子供のころ、ぜんそくをわずらったことがあるの、それ、猫の毛が原因かもしれないんだって」
「友だちで、飼ってくれる人さがすから……」
「いなかったらどうするの」
そう言った、お母さんの脇で、お父さんがこっちを見ていた。にらまれているようで、目をあげられなかった。
「それまで、納屋で飼うから、自分で生きていかれるようになったら、のら猫にするから」
「聞き分けのないやつだなあ、のら猫を増やしてどうするんだ。のら猫のせいで迷惑こうむっている人間のことは、どうなるんだ」
「……」
「とにかく、うちじゃ飼えないから、元のところにもどしてきなさい。お前が悪いんじゃない、最初にすてた人間が悪いんだ。うちで育てて、のら猫を増やしたら、うちが悪者にされる。分かるな……」
「……」
もう口ごたえはできなかった。
「今からいってきなさい」
「だれか、猫の好きな人がひろってくれるかもしれないでしょ」
そう付け加えたお母さんの言葉は、声だけやさしかった。ゆたかは、言葉をうしなったままに立ち上がった。∵
「待ちなさい。これミルクとお皿。ひろってくれる人があらわれるまでに、死んじゃうと困るから……」
お母さんが差しだした、牛乳パックとプラスチックの皿を受け取り、ゆたかは納屋に歩いた。歩きながら、こうなることは、初めから分かっていたような気がした。
納屋に入ると、その気配を感じたのか、子猫たちが鳴きだした。納屋の電灯をつけると、けんめいに伸び上がって、愛を求める子猫たちの姿があった。たった二つの、こんな小さな命でさえ、まもってやることのできない自分のことが、みじめでならなかった。大きくなって、自分で働きだしたら、ぜったい、お父さんの言うことも、お母さんの言うことも聞かない。そう思いながら、子猫の入った箱にふたをした。子猫たちが、キーキー鳴きながら、助けてよと、うったえかけるように箱の中を動きまわった。
公園から見える入り江に街灯の光がゆれている。古本屋のおじいさんの家に、明かりの気配はなく、廃屋が、自分のしでかした罪のきずあとのようにたたずんでいた。
ゆたかは、指にミルクをつけて子猫たちの口にもっていき、立ち去れない思いのままに時間を過ごしていた。子猫は、ミルクのついた指にしゃぶりついて、けんめいに吸い込もうとする。そのざらついた舌の感触が、指先に心地よい。
(中略)
生きようとしている子猫たちを見つめているうちに、ゆたかは、どうしても助けてやりたくなった。ここに放っておけば、明日の朝にはカラスがくるだろうと思った。頭の中では、子猫たちをかくしておける安全な場所をさがしまわっていた。自分の家で、見つからない場所は、もうなかった。あそこ、ここと思いをどんなにめぐらせても、人の目のないところは思い当たらなかった。
(笹山久三「ゆたかは鳥になりたかった」)