a 長文 10.1週 hu
 1僕(ぼく)の名前は、太一である。気取った感じがなく、適度に男らしい名前だとひそかに気に入っている。だが、どうしてこういう名前をつけられたのか、くわしいところは自分でも知らなかった。ただ、漢字が簡単(かんたん)なので書きやすくていいな、と思っていたくらいである。
 2ところで、人の名前を考えるというのは思った以上に頭を使う、大変な作業だ。実は僕(ぼく)も「名付け親」になった経験がある。弟が生まれた時、お兄ちゃんが名前を決めていいよ、と言われたのだ。この時の奇妙(きみょう)な緊張(きんちょう)感といったら今でも忘れる(わす  )ことができない。3両親に他意はなかったのだろうが、いきなり兄の重責(じゅうせき)を背負わ(せお )された思いがした。
 これが、犬や猫(ねこ)の名前ならばいい。欧米(おうべい)風の名前でも、愛称(あいしょう)のようなごく簡単(かんたん)な名前でも問題はないだろう。だが、生粋(きっすい)の日本人である弟に「アンソニー」だの「ロマーノ」だのと名付けるわけにはいかない。4「タマ」や「クロ」などは論外(ろんがい)である。「たまさぶろう」「くろすけ」としたらまだしも人間に近づくが、そんな時代劇(げき)のような名前では困る(こま )。
 すっかり行き詰まっ(い づ  )た僕(ぼく)は、父に相談することにした。母はまだ、生まれたての弟と一緒(いっしょ)に病院にいた。5父はそこまで悩む(なや )ことはないだろうと笑いながらも、ほかならぬ僕(ぼく)の名前をどうやってつけたかを話してくれた。そこで僕(ぼく)は初めて、自分の名前の由来について知ることになったのである。
 父は、「お前の誕生(たんじょう)日は、何月何日だ」と聞いた。6僕(ぼく)の誕生(たんじょう)日は一月一日、元日である。おめでたいことがいっぺんに来るように、産む時期を決めていたのだという話は前に聞いたことがあった。
「今ではあまり見ないけど、長男に太郎(たろう)とか一郎(ろう)という名前をつけるだろう。7お前はうちの長男で、しかも一年の最初の日に生まれたから、太郎(たろう)の太と一郎(いちろう)の一を合わせて『太一』にしたんだよ。」
 そう言って、父はどうだ、おめでたい名前だろう、と胸(むね)を張った。安直といえば安直だが、よく考えたものだと僕(ぼく)は感心した。
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8その話を聞き、僕(ぼく)もこの方式でいこう、と考えた。弟の誕生(たんじょう)日は十月一日だ。それならば……「十」と「一」を合体させた「士」という字を使おう。僕(ぼく)はさっそくそのアイデアを、電話で母に伝えた。
 弟の名前は「英士」に決まった。「えいじ」という読みも僕(ぼく)の考えだ。9響き(ひび )が格好いいし、「太一」と並べ(なら )た時の語呂(ごろ)も良い。漢字は、両親が字画を見て決めてくれた。
 今では英士も小学校一年生になっている。生意気を言うようになり、怒り(おこ )たくなることもあるが、兄としてきちんと面倒(めんどう)を見てやりたい。0長男を表す「太一」という自分の名前を心に思い浮かべる(おも う   )と、その思いがいっそう強くなる。人間の名前とは、生き方にも影響(えいきょう)を与える(あた  )のだなと思った。

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会 ι)
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a 長文 10.2週 hu
 1色づいたカキは日本の秋を彩る(いろど )風物詩です。カキこそは千年にもわたって日本人と共にあり、幾多(いくた)の詩歌に詠ま(よ )れてきた郷愁(きょうしゅう)の果物といえます。ガキ大将(たいしょう)に率いられたカキ泥棒(どろぼう)の思い出を持つ読者も多いことでしょう。
 2カキは中国で生まれ日本で大きく発展(はってん)した果物で、また、日本名のままで世界に通用する数少ない果物でもあります。かつて農家の庭先には必ずカキの巨木(きょぼく)がありました。とくに干し柿(ほ がき)は歴史的に重要な甘味(かんみ)資源(しげん)でした。3「菓子(かし)」という字も元はといえば「柿子(かし)」に由来しています。また、柿(かき)はビタミンCを格別にたくさん含む(ふく )果物です。それはリンゴの二十三倍、温州ミカンの二倍にも達し、長年にわたって日本人の貴重(きちょう)なビタミンCの供給(きょうきゅう)源(げん)となってきました。
 4日本でカキの栽培(さいばい)史は、八世紀ごろまでさかのぼることができます。江戸(えど)時代になると渋(しぶ)抜き(ぬ )法の発達もあって、カキは全国の「庭先」に普及(ふきゅう)し、さまざまな地方品種が生み出され、そうした時代が長く続きました。
 (中略)
 5大正期までカキは日本の果物の王座(おうざ)に君臨(くんりん)していました。が、やがてその座(ざ)は、新興のミカンとリンゴに奪わ(うば )れ、最近では食の多様化の中で、生産量はナシにも後れを取っています。6しかし、実態のつかみにくい「庭先果樹(かじゅ)」としては、今もカキの右に出るものはありません。カキは千年の時を越え(こ )て、今なおただで食べられる日本最大の果物なのです。
 7日本での伸び悩み(の なや )とは逆に、カキは外国から注目され、新たな世界果実への道を歩き始めています。特に日本とは季節が逆になるニュージーランドでは、時期はずれの日本への逆輸出まで行いつつあります。
 8幸か不幸か、カキは早生品種の開発が難しく(むずか  )、また「桃栗三年柿八年(ももくりさんねんかきはちねん)」といわれるように、育種に時間がかかり、その作期は今も昔もあまり変わっていません。9寒い夜に鐘(かね)の音でも聞き
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ながら食べるのが似つかわしい、昔ながらの季節を感じさせてくれる果物です。この日本古来の秋の味覚が、南半球育ちの参入によって、初夏の味覚に変貌(へんぼう)しないとも限らない昨今です。
 0さて、周知のようにカキには甘(あま)ガキと渋(しぶ)ガキとがあります。昔の悪童たちは、どこの家のカキが甘い(あま )か渋い(しぶ )かを経験的に知っていました。カキの渋み(しぶ )の本体は特殊(とくしゅ)なタンニン細胞(さいぼう)に含ま(ふく )れるタンニンです。カキが未熟(みじゅく)のころは水(果汁(かじゅう))に溶ける(と  )性質があって渋く(しぶ )、成熟(せいじゅく)にしたがって自然に水に溶け(と )ない性質に変わって黒い「ゴマ」になり、渋み(しぶ )がなくなります。甘(あま)ガキでは成熟(せいじゅく)するまでにそうした変化が完了(かんりょう)しますので、収穫(しゅうかく)したカキをすぐに食べることができます。しかし、渋(しぶ)ガキでは成熟(せいじゅく)しても可溶性(かようせい)タンニンが残り、収穫(しゅうかく)後に人為(じんい)的な渋(しぶ)抜き(ぬ )が必要になります。
 甘(あま)ガキの品種も多いのに、そんな手間をかけてまで渋(しぶ)ガキにこだわるのは、とろけるような肉質が甘(あま)ガキでは遠く及ば(およ )ない上に、寒冷地では甘(あま)ガキも温度不足で渋(しぶ)が抜け(ぬ )ず、甘(あま)ガキの産地が暖地(だんち)に限られているためです。(中略)
 カキはなぜ渋い(しぶ )のか? あたり前のことのように思えますが、その生物学的な意味についてはこれまで追求されたことがほとんどなかったようです。
 渋(しぶ)ガキの渋(しぶ)もいわゆる「熟し(じゅく )ガキ」になるまで木の上に置いておけば抜け(ぬ )ます。しかし渋い(しぶ )うちは鳥もタヌキも手を出しません。渋(しぶ)は無用な時期に果実が動物に食われるのを防ぐ、「適応」的な意味を持っていると思います。果実が赤く完熟(かんじゅく)してタネが充実(じゅうじつ)し、渋み(しぶ )のなくなる「熟し(じゅく )ガキ」の時期こそが、動物たちの食べたい気持ちと、タネを運んでほしいカキの思いとが一致(いっち)する時なのでしょう。こうした、渋(しぶ)を抜い(ぬ )てまで若い(わか )カキを食べてしまうヒトの出現は、カキの進化にとって勘定(かんじょう)外のことだったに違い(ちが )ありません。

 (『果物はどうして創ら(つく )れたか』梅谷献()二・梶浦一郎())
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a 長文 10.3週 hu
 1「笑う門には福が来る」のであって、福が来るから笑うのではない。自分から運を寄せつけないでおいて、「私(わたし)は運が悪い」となげいている人は多い。いつも暗い顔をしていれば運もにげていく。悪口ばかり言っていても、運はにげていく。2ビジネスで成功したければ、「悲観論者(ろんしゃ)とは付き合うな」と運について書いた人が言っている。
 運と見えるものは日常の生き方の結果である。3ある格言集に「本をおくる時は表紙の見返しに短いメッセージを書くこと」というのがあった。これはだれでもが思う、どうというようなことばではない。しかし心がないと短いメッセージでもなかなか書けない。4そして実はそのような日常の積み重ねが幸運を呼ん(よ )でくるのである。日常生活のこまごましたことをいい加減にしておいて大きな幸運を望んでも無理である。毎日のささいな生活上の連続が大きな幸運や不運を運んでくる。
 5もし、幸運がほしいなら、日常のおくり物一つにも心があることが大切である。手紙一つそえるにも、びんせんからふうとう、切手にまで細かな心づかいの行き届い(い とど )た人もいる。それが相手への最高のおくり物である。6物事を安易に考えないで、苦労をいとわない人は、幸運のほうが追いかけてくる。「あの人なら」とおくられた方が信頼(しんらい)するからである。こうして幸運を運んでくれる人脈はできてくる。
 7研究室から大切な本を借りて返さない学生が最近多い。こうした社会性を欠いた人はいずれその代償(だいしょう)を社会からはらわされる。人びとはあいつと付き合うのはいやだと思うからである。
 つまり、彼(かれ)はまともな人からは相手にされなくなる。
 8その時に社会性を欠いた人は、「私(わたし)は運が悪い」と言う。何が原因で自分に世の中がつらく当たるのかが理解できないのである。しかし、社会性を欠いた毎日の生活の積み重ねでそうなっていくのである。
 9そして、「私(わたし)の人生はどうしてこんなに苦しいことばかりあるのだ」と自分自身が招いた不運をただなげいている。その困難(こんなん)や不幸を招いたのは自分の過去の行いの集積であることにはさいごまで気がつかない。0人は成功や失敗の原因というのはよく分かる。しかし「日々の積み重ねの結果そうなった」という、かくされた部分はなかなか理解できない。
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 こうして、幸運や不運の環境(かんきょう)はできてくる。人はそこの場所と時だけでそうしたことをしているのではない。他の場所や時でもそうしている。そうした行動をする心をその人は持っているのだから、他でもそうした行動をする。その結果、そのような人の周りには質のいい人が集まらない。だから幸運もドアをたたかない。
 アメリカに今から七十年も前に、運についてカソンという人が書いた興味ある本がある。幸運を呼び寄せる(よ よ  )ための十三の知恵(ちえ)とでも言うべき本である。その十三の知恵(ちえ)のうちの第二の知恵(ちえ)が「見つけ出す」である。「なぜうまくいかないのか?」の理由を見つけ出すことである。かれはすべてのことには理由があるという。ニュートンはリンゴが木から落ちた時に、「これには理由がなければならない」と知っていた。これがトップにたつ人たちの質であるという。
 著者(ちょしゃ)は運命を信じる人はなまけ者でおろか者であるという。運命を信じる人は自らのベストをつくすことをしないための言いわけとして運命を信じるのだと言う。すわって不運をなげいている人は、幸運が自分を見つけるべきだと考えて、自分が幸運を見つけるべきだとは考えていない。
 川にきた時にすわって川の水がなくなることを待っていてはならない。橋をかけるしかない。すわって川の水がなくなることを待っていた人が、橋をかけて向こう側にいき幸運を見つけた人を見て、幸運の人と言うのである。努力と忍耐(にんたい)なくして幸運はありえない。
 人知れず苦労をしていない人はすぐに物事を幸運とか不運とかでかたづけてしまう。しかし幸運と見えても、うまくことを運ぶにはかげでそれなりの長い長い努力や苦労がいる。「人生の消耗(しょうもう)にたえられる人は、幸運な人である」とカソンは言う。困難(こんなん)のない人生などない、これが人生の運を考える時の大前提である。

 (桐蔭学園(とういんがくえん)中)
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a 長文 10.4週 hu
 求めよ、さらば開かれん

 ネコやイヌがドアの前でしきりに鳴くとき、ぼくらは彼ら(かれ )が「開けてくれ」といっているのだと理解する。ところがものをむずかしく考える人がたくさんいて、そのような理解は正しくないと教えてくれるのである。
 たとえば、言語学者のレーヴェス()という人は、「イヌは開けてくれといって吠える(ほ  )のではなく、閉じこめ(と   )られているから吠える(ほ  )のである」といった。どうやら彼(かれ)は、ある表現によって未来のことを支配しようとするのは、人間においてこそ可能なのであって、イヌやネコのような動物にはそんなことはできない、彼ら(かれ )にできるのは現状の報告だけである、と考えていたらしい。
 これは、一時かなりの説得力をもったいいかたであって、ぼくもそうかなと思ったことがある。
 けれど、動物行動学者のローレンツはこういうことをいっている――のどのかわいたイヌが水道の蛇口(じゃぐち)に前足をかけて、ワンワン鳴いているとき、それは人間の言語にかなり近いことをやっているのだ、と。つまりこのイヌは、疑い(うたが )もなく、「早く蛇口(じゃぐち)をひねって、水を飲ませてくれ」といっているのだ。
 ドアの前でネコが鳴くのも、それとまったく同じである。とくに、彼ら(かれ )がトイレにいきたいとか、子どもが先に外へ出てしまってすごく心配であるとかいう切羽つまった情況(じょうきょう)で、ぼくらの顔をじっと見ながら、ニャア……と鳴くとき、それはレーヴェス()よりローレンツのいったことにはるかに近いだろう。

 パンダの発明

 ただ鳴いて「開けてくれ」とたのむだけでない。オスネコのパンダはもっとおもしろいことを発明した。
 つまり彼(かれ)は、人間のやっていることをつぶさに観察して、ドアを開けるとき人間たちは必ずノブにさわっている、ということを発見したのである。ここから彼(かれ)はこういう解釈(かいしゃく)をした――したがって、ドアを開けたいときは、ドアのノブにさわればよい。
 そこで彼(かれ)は、部屋から外へ出たいとき、後足で立ちあがり、体と
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前足を思いきり伸ばし(の  )て、前足の先でノブにさわることを始めた。
 おもしろいことに、そのときはほとんどの場合、無言である。ひょこひょこっとドアの前へ走っていって、ひょいと立ちあがり、ノブに前足をふれるのだ。
 それを見てぼくらはすぐドアを開けてやるから、パンダは自分の発明にすっかり自信をもってしまった。一日何回でも、開けてほしいときは必ずこれをやる。(中略)
 ところが、これがほんとうにノブというものの働きを理解した上での行動であるかどうか、いささかわからなくなるような場合もある。
 パンダが外へ出かけていって、庭から帰ってきたことがあった。食堂にぼくらがいるのを見て、パンダは入れてくれという表情をした。そして、ガラス戸に手をかけて立ちあがったのである。
 三枚(まい)引きのガラス戸には、もちろんノブはない。かぎはあるが、外側からは何も見えない。その何もないところへパンダは前足をかけたのである。もちろん、ガラスの部分でなく、かぎのあるべき木枠(わく)のところにである。ただ、その高さはドアのノブと同じだった。けれどこれも、ちょうど全身を伸ばし(の  )てとどく高さだから、たまたま一致(いっち)しただけである。そのときパンダは地面から体を伸ばし(の  )たのだから、内側にかぎや引き手のあるところよりは、ずっと低い位置に足をかけたことになる。
 だとすると、パンダにとっては、ノブがあってもなくても、体を思いきり伸ばし(の  )て前足でさわれば、それが開けてもらえるという認識(にんしき)しかなかったのかもしれない。ノブが云々(うんぬん)という理解はなかったのではないか?
 人間以外の動物を人間的に理解すること、つまり擬人(ぎじん)主義をきらう人は、このような解釈(かいしゃく)をよしとする。
 けれど、人間だって、たとえば横断歩道を渡る(わた )ときには手を上げて、などと教わると、鉄道の踏切(ふみきり)を渡る(わた )ときも手を上げてゆく人がいるのだから、似たようなものではないだろうか。

(日高敏隆(としたか)「ネコたちをめぐる世界」)
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a 長文 11.1週 hu
 1我が家(わ や)のリビングには、僕(ぼく)の赤ん坊(あか ぼう)の頃(ころ)の写真が飾ら(かざ )れている。よく「小さいころの写真を見るのは恥ずかしい(は    )」という人がいるが、この写真に限って言うなら、僕(ぼく)はそうは感じない。物心ついたときからそこにあり、毎日見ているため、もはや慣れてしまって、今さら照れくさい気持ちにはならないのである。
 2むしろ、写真の中の赤ちゃんは、我(われ)ながらとてもかわいらしいと思うほどだ。何がそんなに嬉しい(うれ  )のか、というほど目を細め、口を上げて微笑ん(ほほえ )でいる。それがピントもばっちりのアップで写された、良い写真である。3僕(ぼく)はときどき「こんなに可愛い赤ちゃんが、今ではすっかりかわいくない少年になってしまったね」と冗談(じょうだん)を言う。母はそれを聞くたびに、そうねえと大笑いをするのだ。
 ある日、僕(ぼく)はひとりで留守番をしていて暇(ひま)だったので、その写真をしげしげと眺め(なが )てみた。4本当に自分なのか疑っ(うたが )た、というわけではないが、成長した現在の顔と、どれくらい変わったか見比べてみようと思ったのだ。
 色々と見回してみて、一つ、昔と今でまったく変わっていない部分を発見した。それは、鼻の頭にある小さな傷(きず)だ。5今では痛く(いた )もかゆくもない傷あと(きず  )であるが、写真ではついたばかりのようで、よく見ると結構痛々しい(いたいた  )感じだった。こんな傷(きず)があるのににこにこしているとは、やはり赤ん坊(あか ぼう)は無邪気(むじゃき)なのだなと、僕(ぼく)は他人事のように思った。
 6やがて母が帰ってきて、僕(ぼく)は気付いたことを報告した。すると母は、やけに重々しい口調で、「実は今まで隠し(かく )ていたことがある」と切り出した。それは、僕(ぼく)にとって衝撃(しょうげき)の事実であった。
 なんと、僕(ぼく)の鼻の傷(きず)は、まさにこの写真を撮っ(と )た時についたものなのだという。7カメラを構えた父に向かって、赤ん坊(あか ぼう)の僕(ぼく)はすごい勢いで這っ(は )ていったらしい。母が止める暇(ひま)もなかったという。そして僕(ぼく)はそのままカメラのレンズに激突(げきとつ)し、火がついたように泣きわめいたのだそうだ。
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 8そう、微笑ましい(ほほえ   )一枚(まい)だとばかり思っていたこの写真は、笑っているのではなく、痛み(いた )と驚き(おどろ )で泣き出す寸前(すんぜん)の歪(ゆが)んだ表情をとらえたものだったのである。
 人間の先入観とは恐ろしい(おそ   )ものだ。ただ、それが分かった上で見てみても、写真の中の赤ちゃんはやはり幸せそうに見える。9痛み(いた )や失敗も含め(ふく )て、愉快(ゆかい)な家族の思い出になっているからだろうか。
 今まで注目してこなかった写真にも、さまざまな隠さ(かく )れた物語があるのかもしれない。僕(ぼく)は今度の留守番のとき、改めて古いアルバムを開いてみようかと考えた。0

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会 ι)
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a 長文 11.2週 hu
 1私(わたし)たちは長い間、木綿と木の中で暮らし(く  )てきた。だが明治以降(いこう)それを捨て(す )て、新しいものへ、新しいものへと人工材料を追いかけてきた。
 (中略)
 2今、千三百年たった法隆寺(ほうりゅうじ)のヒノキの柱と新しいヒノキの柱とではどちらが強いかときかれたら、それは新しいほうさ、と答えるにちがいない。3だが、その答えは正しくない。なぜならヒノキは、切られてから二、三百年の間は、強さや剛性(ごうせい)がじわじわと増して二、三割(わり)も上昇(じょうしょう)し、その時期を過ぎて後、ゆるやかに下降(かこう)する。4その下がりカーブのところに法隆寺(ほうりゅうじ)の柱が位置していて、新しい柱とほぼ同じくらいの強さになっているからである。つまり、木は切られた時に第一の生を断つが、建築の用材として使われると再び第二の生が始まって、その後、何百年もの長い歳月(さいげつ)を生き続ける力をもっているのである。
 5バイオリンは、古くなるほど音がさえるというが、それもこの材質の変化で説明できる。用材の剛性(ごうせい)が増すとともに、音色がよくなるのである。6したがって、音色がよくなるのはある時期までで、その後はしだいに元にもどっていくだろうことも想像に難く(かた )ない。
 ところで、その名人によると、ヒノキでつくったバイオリンは、どうしても和風の響き(ひび )がするというのである。7もともとバイオリンは、トウヒとカエデを組み合わせてできたものである。使用する樹種(じゅしゅ)も形も、十六世紀後半に定まり、それ以後、近代科学の改良案もほとんど寄せつけないほどに完成した、手工芸の結晶(けっしょう)である。8ほかの樹種(じゅしゅ)に置き換える(お か  )のが難しい(むずか  )ことはよくわかる。だが、ヒノキのバイオリンは和風の響き(ひび )がするというのはおもしろい。
 木は同じ種類のものでも、産地により立地によって、材質が少しずつ違う(ちが )。9それは、物理的、化学的な試験によっても証明できないほどの微妙(びみょう)な差であるが、市場では長い経験によってそれぞれを区別し、値段(ねだん)も取り扱い(と あつか )も違っ(ちが )ている。例えば、ヒノキの中では木曾(きそ)産のものが最高級だ、といったような評価である。
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 0また、木はそれが生育した土地で使われたとき、いちばんしっくりとして長持ちするということも、木に詳しい(くわ  )人たちのよく知るところである。これは木のもつ風土性とでもいうべきもので、どこか食べ物の話に似ている。その土地でとれた素材を使い、伝統の調理法でつくった料理がいちばんうまい、というのと同じような意味あいである。
 ヒノキの属には世界に六つの種があるが、なかでも日本のヒノキは材としての風格が一段と(いちだん )高い。だからこそ白木造りの建築が生まれたのであるが、それは日本という風土の中に置かれたときが最もふさわしく、また性能も発揮(はっき)する。つきつめていえば、木曾(きそ)のヒノキは木曾(きそ)で使われたとき、奈良(なら)のヒノキは奈良(なら)で使われたときが、いちばんしっくりするということになるだろう。
 私(わたし)たちは、機械文明の恩恵(おんけい)の中で、工学的な考え方に信頼(しんらい)を置くあまり、数量的に証明できるものにのみ真理があり、それだけが正しいと信じすぎてきたきらいがあった。だが、自然がつくったものは、木のように原始的で素朴(そぼく)な材料であっても、コンピューターでは解明できない側面をもっているのである。

 (小原二郎(じろう)『日本人と木の文化』による)
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a 長文 11.3週 hu
 1誰(だれ)もがよく知っているお伽噺( とぎばなし)「桃太郎(ももたろう)」は、「ある日おじいさんは山へ柴刈り(しばか )に、おばあさんは川へ洗濯(せんたく)に行きました」という語り出しから始まっている。2このお伽噺( とぎばなし)が昔から変わることなく子供(こども)たちをひきつけてきたのは、波乱(はらん)に富んだ冒険(ぼうけん)談の幕(まく)あけを、かつての日本人にとってもっともありふれた日常生活の一場面に置いた、その巧み(たく )な語り出しにあるのではなかろうか。
 3年寄りが行けるような身近な所に、薪(たきぎ)採りのできる林があり、また、家のすぐそばには洗濯(せんたく)のできるきれいな小川が流れているといった、この素朴(そぼく)な集落の光景は、日本人にとっての一つの原風景といってもよいだろう。4東アジアの季節風地帯に属し、気候が湿潤(しつじゅん)であるために豊かな森林と川に恵まれ(めぐ  )たこの国では、住民の生活は、この森と川の恩恵(おんけい)のもとに営まれてきたのであった。
 (中略)
 5そこで思いあたるのは、この国のもともとの集落形成が、多くの場合、扇状地(せんじょうち)から始められてきたことだ。扇状地(せんじょうち)は、山地の渓流(けいりゅう)が平野に注(そそ)ぎ込む(こ )地点で砂礫(されき)が堆積(たいせき)して作られた、なだらかな地形である。
 6背後(はいご)に山を背負い(せお )前には平野をのぞむこの扇状地(せんじょうち)は、水はけのよい土に恵まれ(めぐ  )、またその末端(まったん)のあちこちからは、一度伏流(ふくりゅう)した谷川の水の一部が再び穏やか(おだ  )な小川となって流れ出している。7それは、日本の自然のなかでもっとも人間にやさしい部分といってよいだろう。人びとはここに拠る(よ )ことによって「荒々しい(あらあら  )湿潤(しつじゅん)」がその反面に持つ豊穣(ほうじょう)を享受(きょうじゅ)してきたのであった。
 8おじいさんは山に、おばあさんは川に、という描写(びょうしゃ)は、まさにこのような集落の情景を表している。9ここでは、集落をとりまく山麓(さんろく)の森林は薪炭(しんたん)材、日用材や農用材のほか、緑肥、木の実、山菜から家畜(かちく)飼料などに至る(いた )まで、さまざまな生活資源(しげん)を引き出せる宝(たから)の山であり、また、そこから流れ出す川は、良質な生活用水を供給(きょうきゅう)する母なる川だったのだ。
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 0こうした人間の身近にあって生活のさまざまな面で利用されるような森林を、日本人は里山と呼ん(よ )できた。この里山の特色は、人間によってきわめて集約的に利用されながら、しかし、けっして消滅(しょうめつ)することなく、長く維持(いじ)されてきたことにある。(中略)
 しかし里山が長く維持(いじ)されてきたもう一つの理由は、里山が、さきにも述べたような木材以外の、さまざまな資源(しげん)採取の場としても利用され続けてきたからである。しかも、そうしたものの採取は、つねに取りつくす「刈り取り(か と )」でなしに、必要な時に必要な分だけを求める「摘(つ)み採り」によってきた。
 刈り取り(か と )は、弥生(やよい)時代以来の農耕文化のもっとも基本的な収穫(しゅうかく)の方式である。しかし日本人の里山の利用には、いわば縄文(じょうもん)時代以来の伝統ともいうべき多様な摘(つ)み採り行為(こうい)が含ま(ふく )れていたのだった。この国では長い間、農耕地からの刈り取り(か と )と里山からの摘(つ)み採りによって人びとの生活が成り立ってきたのである。
 また、こうした里山への働きかけの底流には、自然への畏敬(いけい)があった。西洋の宗教(しゅうきょう)と日本の宗教(しゅうきょう)の大きな違い(ちが )は、前者が排他(はいた)的な一神教であるのに対し、後者は多神教であることにある。そこで、天上に唯一(ゆいいつ)の神が在って世界を支配するのではなく、地上のあらゆるものに神々が宿るとみる心から、山や川までが素朴(そぼく)な信仰(しんこう)の対象になっていたのであった。このことが、西洋における自然の合理的制御(せいぎょ)とは異なる(こと  )、自然への順応を支えてきたとみてよいだろう。
 その象徴(しょうちょう)が、集落を囲む里山の一角に必ずあった、鎮守(ちんじゅ)の森である。鎮守(ちんじゅ)の森は、村人の信仰(しんこう)の場であると同時に、里山のなかに巧み(たく )に織り込ま(お こ )れた、今でいえば保存(ほぞん)林にあたる聖域(せいいき)でもあった。集落一帯の環境(かんきょう)保全の急所ともいえる場所に鎮守(ちんじゅ)の森が配置されていたことが今では知られている。

(石城謙吉()「森はよみがえる」による)
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a 長文 11.4週 hu
 僕(ぼく)は一度だけ塾(じゅく)に通ったことがある。
 小学校の六年生から中学の一年生の春までの間で、場所は北海道の帯広だった。塾(じゅく)の名前は正式の名称(めいしょう)があったはずだが、今や覚えているのは狸(たぬき)塾(じゅく)という通称(つうしょう)のほうだけだ。(別名ぽんぽこ塾(じゅく)と呼ば(よ )れていた)何故その塾(じゅく)に通いだしたのかは忘れ(わす )てしまった。多分同級生がそこへ通っていたからだろう。あの頃(ころ)、僕(ぼく)には三人の仲間がいた。
 ありもり、おのだ、まなべ、の三人である。僕(ぼく)を含め(ふく )て四人は学校が終わると毎日自転車をとばして塾(じゅく)へ通うのだった。雨の日も風の日も僕ら(ぼく )は自転車でそこへ通っていた。競争するように競って、びゅんびゅん風を切って走っていたのである。
 そうだ、今思い出した。僕(ぼく)がそこへ彼ら(かれ )と通うようになったのには、ちょっとした理由があったのだ。同じクラスのあやべさんという女の子がやはり通っていたからだ。僕(ぼく)は彼女(かのじょ)のことがきっと好きだったのである。どうもまだ愛とか恋(こい)とかその手の感情に鈍感(どんかん)な時期だったので、あれがそういう感情のものだったかどうかちょっと自信がないのだが、授業中彼女(かのじょ)のきりりとした横顔を見るのがすきだったことは確かだった。その横顔をもっと見たくて勉強の嫌い(きら )な僕(ぼく)は塾(じゅく)通いを決心したのである。あやべさんは帯広の大きな病院の令嬢(れいじょう)で、ゴトウクミコにまさるともおとらない美形(いや、これは信じて頂く(いただ )しかないのだが)な才女だったのだ。学校では当然人気者で、僕(ぼく)などそうやすやすと近づくことさえできなかったのである。だから、僕(ぼく)は彼女(かのじょ)と同じ塾(じゅく)へ通うことにしたのだ。(中略)
 僕ら(ぼく )は塾(じゅく)帰りに、途中(とちゅう)の国道沿い(ぞ )の雑貨屋で肉饅(にくまん)を買って食べる習慣があった。季節が変わり寒くなりはじめると湯気の昇る(のぼ )肉饅()を食べることが凄(すご)く楽しみになるのだ。北海道の夜空は星が高く、きらきらと散りばめるように灯っていて吸い込ま(す こ )れそうだった。僕ら(ぼく )は肉饅()を口いっぱいにほおばりながら、その神秘(しんぴ)的な輝き(かがや )を見
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つけていた。大きな星空を見ていると、自分たちの存在(そんざい)の小ささに気を失いそうになった。
 僕ら(ぼく )は微妙(びみょう)な年頃(としごろ)であった。恋(こい)を知り、物事をわきまえ始める年齢(ねんれい)であったのだ。
「なあ、ニック。君は誰(だれ)か好きな女の子はいるのかい」
 ジョンは缶(かん)コーヒーを啜(すす)りながらそういった。
 僕(ぼく)は思わず食べていた肉饅()が喉(のど)に詰まり(つ  )そうになって、一度咳払い(せきばら )をするのだった。
「なんだよジョン、いきなりそんなことききやがって」
(帯広はあまり方言らしい方言がなく、殆(ほとん)ど標準語であった。それから僕ら(ぼく )の年齢(ねんれい)の子供(こども)たちはテレビの影響(えいきょう)もあって、東京風の言葉を使うのがかっこいいとされていたのである。僕(ぼく)は直ぐに土地の言葉や習慣になれる才能を持っていたのだ。それがないと転校生は余所(よそ)の土地では生き残ってはいけないからだ)
「お、顔が赤いぞ。さては図星君だな」
 ジョンがそういって僕(ぼく)の肩(かた)を叩く(たた )ので、僕(ぼく)は思わず目を伏せ(ふ )てしまった。
「だれだよ、ニックは誰(だれ)が好きなんだ」
 ロバーツが煽(あお)る。
「ひゅー、ひゅー」
 サムはポケットに手を突っ込ん(つ こ )だままマフラーに首を竦(すく)めて僕(ぼく)を冷やかした。(中略)
 僕(ぼく)は夜空を見上げた。星の瞬き(まばた )がキャサリンのウインクのようで胸(むね)がときめいていた。沢山(たくさん)の初恋(はつこい)を経験していたが、多分あのときの感情が僕(ぼく)の本当の恋(こい)の第一歩ではなかったかと思うのだ。胸(むね)がときめくということを知ったのはまず間違い(まちが )なく(断言はできないが)キャサリンが最初の女性であった。

(辻(つじ)仁成(ひとなり)「キャサリンの横顔」)
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a 長文 12.1週 hu
 1私(わたし)は朝寝坊(あさねぼう)などしたことがない。いつも早寝(はやね)早起きを心がけ、時間的余裕(よゆう)を持って行動している。それはなぜかというと、以前、父から「会社に遅刻(ちこく)して上司を激怒(げきど)させた」という話を聞いたことがあるからだ。
 2父はそのことをまるで笑い話のように語るが、私(わたし)は、とてもそんなのん気にはなれない。私(わたし)の学校の先生は、みんな厳しい(きび  )のだ。そんな先生たちに叱ら(しか )れて、震え上がる(ふる あ  )ような思いをするのは絶対に嫌(いや)である。
 3理由はもう一つある。そうした生活パターンのおかげで、私(わたし)は六年生になるまで、ずっと皆勤(かいきん)賞を続けていた。卒業まであと数ヶ月(かげつ)。六年間の皆勤(かいきん)は、私(わたし)の大きな目標でもあった。
 しかし、私(わたし)のそんな頑張り(がんば )があっさりと無駄(むだ)になる出来事が、つい最近起こってしまった。4その日も私(わたし)は寝坊(ねぼう)をしなかった。定刻(ていこく)に起きて、家を出発したのである。それなのに、乗り込ん(の こ )だ電車が止まってしまったのだ。
 車内アナウンスが、電線に異常(いじょう)があり走行できなくなった、と伝えていた。私(わたし)は呆然と(ぼうぜん )した。5このままでは遅刻(ちこく)はまぬがれない。それも、ひどい大遅刻(ちこく)だ。せっかくこれまで気をつけてきたというのに、しかも自分の責任ではないのに!
 携帯(けいたい)で母に電話をかけると、速報が出ているから学校も分かっているはずだ。6あなたは怪我(けが)をしないように気をつけなさい、と優しく(やさ  )言ってくれた。そうやって落ち着かせてもらうまで、私(わたし)の頭は焦り(あせ )と苛立ち(いらだ )で混乱(こんらん)していた。
 しばらく待っても電車は動く気配がない。ついに、私(わたし)たちはその場で電車を降ろさ(お  )れ、次の駅まで歩く羽目になった。
7「今からドアを開きます。お体をお離し(はな )ください。お降(お)りになる際は、押し(お )合わずゆっくりとお願いいたします。」
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 そんなアナウンスを聞いて、私(わたし)は「いつもは乗るときに同じことを言っているのにな」と少し面白くなった。8このころには、普段(ふだん)のペースから外れた特別な状況(じょうきょう)を、どこか楽しめるようになっていたのである。
 長々と続く線路。普段(ふだん)なら決して見ることができない光景だ。その上を歩いていると、昔見た古い映画(えいが)のワンシーンが思い出されて、思わずうきうきしてしまった。
 9学校に到着(とうちゃく)したのは、一時間目の授業が終わるころだった。教室に入った私(わたし)を、担任(たんにん)の先生は気の毒そうに見た。母の言ったとおり、遅刻(ちこく)の理由も、そして私(わたし)が皆勤(かいきん)を目指していたことも知ってくれていたのだろう。今日、遅刻(ちこく)したのは自分のせいではない。0しかし私(わたし)は不思議と、素直に「すみません」と謝ることができた。
 人間にとって、たまには時間に縛ら(しば )れず、解放的な気分を味わうのもいいのかもしれない。皆勤(かいきん)賞の夢は途絶え(とだ )たが、代わりに貴重(きちょう)な体験をすることができた。「急がば回れ」ということわざもある。私(わたし)は一度くらい、のんびり朝寝坊(あさねぼう)をしてみるのもいいかな、とふと思った。

(言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会 ι)
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a 長文 12.2週 hu
 1人は生まれながらにもっている性格があるね。
 しかし、その人の経験と努力で、ある程度変えることができる。
 また、人は生まれながらにもっている資質というものがある。2こちらのほうはうっかりしていると気づかないもので、自分の資質がどういうものなのかなかなかわからない。
 この資質は、ちょうどその人だけの泉(いずみ)のようなもので、だれでもがすぐれた資質をもっているのに、一生かかっても掘り(ほ )当てられない人がいる。(中略)
 3若い(わか )君たちは、自分のすばらしい泉(いずみ)がどこにあるのか、さがしている時期だ。大いにいろいろのことをやって、さがしたらいい。
 4そして、ちょうど釣り(つ )をしているときのように、コツンと当たりがあったら、そこに君がかくれているのだからじっくりやってみたらいい。すぐにあきてしまわないで、持続することも大切なんだ。しんぼう、しんぼうってわけ。
 5高校とか大学とかに入るというのももちろん一つの標的だろう。自分で決めた標的なら、みごと的の中心をねらいどおり射抜く(いぬ )べきだ。
 しかし、高校や大学の入試という標的だけでは、だれもがねらう的だし、青春のすべてをかけるには、ちょっとさびしい気もする。6ケンカの相手としても、月並み(つきな )でもあるね。
 君だけにしかない、君自身の青春の標的。標的は夢のあるビッグのほうがいい。若い(わか )君には無限の可能性があるのだから。
 7しかし、それは君の資質にあったものでなければならないだろうね。といっても、まだ資質の泉(いずみ)を模索(もさく)中なのだから、君の好きなことでいい。なにかが好きということは、そこに資質の鉱脈があるのだから。
 8たとえば、勉強がどうしても嫌い(きら )でスポーツが好きな人は、スポーツに君自身の標的をかかげて、二度とこない青春のあいだにやりぬく目標を決め、ライフルの標準をピタリと合わせたらいい。9君自身で決めた目標がなかったら、自分にどのようにツッパッたらいいかわからないってもんだ。
 自分のかかげた標的にむかって、一流のツッパリ方をしてみようじゃないか。
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 0青春のうちにこれだけはやった! その自信が君を大きく変えてゆく。
 さてそこで、標的をかかげるにあたって、君は生活を選ぶか人生を選ぶかだ。
 生活と人生は同じようで、実は大いにちがうんだね。多くのオトナは生活のほうを選んでしまう。大学を出て就職(しゅうしょく)してマイホームをつくり、子どもを育てる。もちろんこうした生活は大切なことだ。しかし、その生活のために、せっかく掘り(ほ )当てた自分の泉(いずみ)を涸らし(か  )てしまう人が多いんだね。
 人生を選ぶというのは、自分の資質に合ったことをして、たとえ貧しくても生活ができ、おのずと社会に役立つ生き方になっていることなんだね。生きている意義が実感でき、他人のではない自分自身のこれが生き方だと、自信をもっていえる生活。
 そういう人生を選ぶと、この地球上の一角に、君自身の爪(つめ)あとをつけたことになる。
 それには、これまでふれたように、社会を高みから見おろすのではなく、ひとの苦しみやいたみのわかる低い視線(しせん)が必要だろう。感動を大切にすることも重要だ。また「知」のたのしみを知ることや広い視野(しや)で地球社会を見ることも。(中略)
 いまアメリカでは高校生の間に、「ジェントルマンズC」という合言葉があるそうだ。本当のジェントルマンは、オールAの成績をとろうとしてガリ勉するものではなく、テニスをしたり、マイコンに夢中になったり、ヨットで遊んだり、女の子とドライブを楽しんだり……勉強もそのうちの一つという考え方なんだね。学校の成績はCでも、広い視野(しや)でさわやかに行動できる人のほうが、物事を大きく把握(はあく)し、国際人として実力を発揮(はっき)できるってわけ。
 君もひとむかし前のガリ勉の野暮ったい(やぼ   )ジェントルマンではなく「ジェントルマンズC」の精神で青春をすごそうじゃないか。
 君らしいさわやかな青春の標的。
 輝かしい(かがや   )標的をもたないオトナなんてメじゃないってわけだ。
 そして、君の資質にあった好きな職業を選ぼう。生活のためにいやいや働いたのでは、君自身の人生を生きることができず、君の人生という大きなケンカに負けてしまうからね。
 (佐江(さえ)衆一(しゅういち)「けんかの仕方教えます」)
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a 長文 12.3週 hu
 1がんばることが大好きな日本人は、さまざまな場面で「努力」「勉強」などという言葉を好んで使います。「勉強しなさい」とは、学校でも家でもよくいわれることで、みなさんの中にはいいかげん耳にたこができている人もいるのではないでしょうか。2みなさんは小学校時代を通じていろいろなことを学び、そして、さらにこれから中学校に進学して勉強をつづけようとしています。それでは「勉強」とはどのようなもので、何のためにするものなのでしょうか。
 3日本の漢字には音読みと訓読みがあります。「べんきょう」というのは音読みですが、これを訓読みにしてみると「つとめしいる」と読むことができます。4「つとめる」とは一所懸命(いっしょけんめい)にはげむこと、「しいる」とは無理やりやらせることといった意味です。5つまり、「勉強」には、「学問につとめはげむ」という意味の中に、何かを無理じいするニュアンスがふくまれるため、はじめからいやな印象がつきまとっているのです。「勉強しなさい」といわれて、いやな気分になるのは、もっともなことかもしれません。
 6また、日本語の「勉強」には、次のような使い方もあります。
 例えば、八百屋さんで野菜を買おうとするときのことです。できるだけ安く買いたいと思い、ねぎったときに、八百屋さんが、「勉強しましょう」といいます。
 7これは、本当は安くしたくはないのだけれども、しかたない、お客さんのためにおまけしますという意味です。
 8この八百屋さんは安く売ることを「つとめ、しい」られていますが、みなさんがやっている「勉強」の場合にも、何かいやなことを「つとめ、しい」られるという感じがあるのではないでしょうか。9次にこの「勉強」について、中国語のもとの意味から考えてみましょう。
 中国語の「勉強」にも「つとめ、しいる」、「むりじいする」という意味はあります。しかし、現在、中国では、みなさんがやっている「勉強」には、「学習」という漢字を使います。0「わたしは日本語を勉強しています。」を中国語に直すと、「我(われ)学習日本語。」となります。しかも、中国語でいう「勉強」は、学問だけにつとめはげむという限定された意味では用いません。
 (中略)
 島国の日本は歴史的にみて、つねに新しい外来の文化をより早くより多く輸入しなくてはならない状況(じょうきょう)にありました。最初は中国から、明治時代以後はヨーロッパから、多くの知識を夢中になってとりいれてきました。その結果、日本人は外来文化の表面的な部分ばかりを身につけ、内面的な部分について学ぶことをなおざりにし
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てきてしまったきらいがあります。何のために「勉強」するのかという目的を問う前に、知識をえるために、がむしゃらに「つとめ、しいる」くせがついてしまったのです。こうした背景(はいけい)から日本では、学問がただ単に「つとめ、しいる」作業として考えられ、めんどうくさく、たいくつで、つまらないものといったイメージが強くなってしまったのだと思います。しかし、学生時代は、人間がこれまで築いてきた文化の基本をひろく学び、自分自身の生き方を考える時でもあります。まさに学校の授業を通じてなされる「勉強」の大切な点はここにあります。
 みなさんの進む方向がそれぞれちがうように、「勉強」の目的も人によってさまざまでしょう。そして、目的は最初からあるものでなく、また人から強制されるものでもありません。自分の行くべき道を自分でさがしていくには、多くの困難(こんなん)もともなうでしょう。そうした困難(こんなん)にうち勝ち、自分の勉強する目的をはっきりさせ、勉強する中で自分の生きがいを見出すことができたら、「勉強」も苦痛(くつう)ではなく、充実(じゅうじつ)したものになるでしょう。
 「勉強」とは、それ自体が目的ではなく、あくまでもそこへ行きつくための手段(しゅだん)にすぎません。手段(しゅだん)を目的とかんちがいするときに「勉強」は単なる苦痛(くつう)の種になってしまうのだと思います。
 大切なのは、何のために学ぶかです。したがって、学生時代とはこの課題を「勉強」を通じて考えていく、いわば自分探し(さが )の旅の始まりにもたとえることができるでしょう。

 (和洋九段(くだん)女子中より)
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a 長文 12.4週 hu
 いもがあたえられると、サルたちは、目の色をかえてとびつき、いもをつかむと、いそいで海にもっていきます。いもについた砂(すな)をあらって食べるためです。いもを両手にもち、あとあしで立って走るサルもいます。そのために、ほかの場所にすむサルは、めったに二本あしでは歩かないのに、この島のサルたちは、立って歩くことが、とてもうまくなりました。
 年よりたちは、海水にいもをつけ、手でごしごしこすって、砂(すな)をとります。ところが、母ザルたちは、海水のなかで、かるくゆするだけです。それで、じゅうぶん砂(すな)がとれます。しかも、母ザルは、ひとくちかじるたびに、いもを海水につけています。「どうしてだろう。」キョンは、ふしぎでした。でも、海水になかに落ちているかけらを食べてみて、わけがわかりました。おかあさんは、いもに塩味をつけていたのです。
 「ペペッ」キョンは、口のなかのものを、あわててはきだしました。砂浜(すなはま)にまかれたむぎを食べると、砂(すな)がいっしょにはいってきて、すごくまずいのです。
「ばかね、こうするんだよ。」とでもいうように、おかあさんは、むぎを砂(すな)といっしょにかきあつめ、それを手でつかんで海へもっていき、水のなかになげいれました。むぎについていた砂(すな)がすっかりとれ、むぎは、水中で、金のつぶのように光っています。おかあさんは、それをひろって食べました。
「ふうん、いいやりかただな。」と思って、キョンはまわりを見ました。と、みんな、そうしているのです。「へええ、頭がいいんだな、みんな。」キョンは、すっかり感心してしまいました。
「あれ、どうしたんだろう。」キョンは、サンゴを見て、ふしぎに思いました。サンゴは、この群れでいちばん強いメスです。それが、むぎあらいをせず、すわったまま、きょろきょろとまわりを見まわしているのです。
 ノギクが砂(すな)を手でかき、むぎを集めはじめました。サンゴは、それをじいっと見ています。ノギクがむぎを集めて手にもち、海になげいれると、サンゴは、すかさず走っていって、ノギクのせなかをつきとばしました。ノギクは「キャッ」と悲鳴をあげてとびのきます。そのすきに、サンゴは、水中になげられたむぎを、よこどりしてしまったのです。ノギクは、しばらくくやしそうに見ていましたが、強いサンゴにさからう勇気はありません。すごすごと、また、むぎを集めました。
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 サンゴは、よこどりが専門(せんもん)です。「悪いやつだなあ。」と、キョンは、あきれはててしまいました。(中略)
 幸島(こうじま)は、海にかこまれているのに、むかしは、だれも海にはいるものはいませんでした。ある日、海に落ちたピーナツをひろうのに、子ザルが海にはいってから、みんなが海にはいるようになったのです。でも、カミナリをはじめ、年をとったサルたちは、けっして水のなかへはいろうとしません。考えかたが古いので、新しくはじまった行動をとりいれることができないのです。新しい発見や発明をするのは、ほとんど、古い習慣にとらわれない子どもたちです。子どもは、文化のつくり手です。
 潮(しお)がひくと、群れは、いっせいに海岸へ行き、貝を食べます。ウノアシやヨメガカサのように、岩にぴったりはりついているものは、歯ではがしとります。まき貝のクボガイもだいすきです。キョンも、クボガイをひろって食べました。おいしくて、ほっぺが落ちそうです。
 むかしは、貝を食べるものは、だれもいませんでした。それが、十数年まえに、はじめて、食べるものがあらわれたのです。だれがさいしょだったかは、わかっていません。でも、これも、きっと好奇(こうき)心の強い、子どものサルだったのでしょう。貝を食べる行動は、しだいに群れのサルにつたわっていき、いまでは、ほとんどみんなが食べるようになりました。新しい食習慣が、群れにできたのです。
 つまり、貝食いという食物文化が、新しく生まれたのです。
 その後、キョンがおとなになってから、島の漁師がすてた魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚を食べるものが出てきました。なかには、つり人がつった魚をねだるものもあらわれはじめ、つり人をこまらせています。いずれ、魚食いも、この群れの食物文化になることでしょう。世界じゅうのサルのなかで、生魚を食べる習慣をもった群れは、ほかにありませんから、この行動は、とてもめずらしがられることでしょう。
 それにしても、幸島のサルたちは、いもあらい、むぎあらい、貝食い、魚食いと、つぎつぎと新しい文化を生みだしてきました。新しい行動を身につけたり、問題を解決していくちえをもっているのには、びっくりします。そして、「文化をもっているのは、人間だけではないんだなあ。」と、考えさせられます。
(河合雅雄(まさお)「ニホンザル」)
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