1僕の名前は、太一である。気取った感じがなく、適度に男らしい名前だとひそかに気に入っている。だが、どうしてこういう名前をつけられたのか、くわしいところは自分でも知らなかった。ただ、漢字が簡単なので書きやすくていいな、と思っていたくらいである。
2ところで、人の名前を考えるというのは思った以上に頭を使う、大変な作業だ。実は僕も「名付け親」になった経験がある。弟が生まれた時、お兄ちゃんが名前を決めていいよ、と言われたのだ。この時の奇妙な緊張感といったら今でも忘れることができない。3両親に他意はなかったのだろうが、いきなり兄の重責を背負わされた思いがした。
これが、犬や猫の名前ならばいい。欧米風の名前でも、愛称のようなごく簡単な名前でも問題はないだろう。だが、生粋の日本人である弟に「アンソニー」だの「ロマーノ」だのと名付けるわけにはいかない。4「タマ」や「クロ」などは論外である。「たまさぶろう」「くろすけ」としたらまだしも人間に近づくが、そんな時代劇のような名前では困る。
すっかり行き詰まった僕は、父に相談することにした。母はまだ、生まれたての弟と一緒に病院にいた。5父はそこまで悩むことはないだろうと笑いながらも、ほかならぬ僕の名前をどうやってつけたかを話してくれた。そこで僕は初めて、自分の名前の由来について知ることになったのである。
父は、「お前の誕生日は、何月何日だ」と聞いた。6僕の誕生日は一月一日、元日である。おめでたいことがいっぺんに来るように、産む時期を決めていたのだという話は前に聞いたことがあった。
「今ではあまり見ないけど、長男に太郎とか一郎という名前をつけるだろう。7お前はうちの長男で、しかも一年の最初の日に生まれたから、太郎の太と一郎の一を合わせて『太一』にしたんだよ。」
そう言って、父はどうだ、おめでたい名前だろう、と胸を張った。安直といえば安直だが、よく考えたものだと僕は感心した。
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