a 長文 7.1週 nngi2
 食べる。寝るね 。愛する。排泄はいせつする。そのつど、ただこの身体から湧きわ だし、自らを駆り立てるか た  生命の営みを、わざわざ欲望と名付け、「私」という主語を与えあた ているのは人間だけである。しかも、所有や支配の欲望になると、とたんに話は複雑になる。
 持ち家がほしい。名声がほしい。力がほしい。そういう「私」は、はたしてどこまで「私」であるか。たとえば寸暇すんか惜しんお  で株に熱中する「私」を、「私」はどこまで「私」だと知っているか。人間の欲望について考えるとき、まずはそう問わなければならないような世界に私たちは生きている。
 たとえばある欲望をもったとき、私たちはそれをかなえようとする。その段階で、私たちはなにがしかの手段に訴えうった ねばならず、そのために対外的な意味や目的への、欲望の読み替えよ か が行われる。健康のため。家族のため。生活の必要のため、などなど。こうした読み替えよ か は、すなわち欲望の外部化であり、欲望は、この高度な消費社会では「私」から離れはな て、つくられるものになってゆく。
 そこでは名声や幸福といった抽象ちゅうしょう的な欲望さえ、目と耳に訴えるうった  情報に外部化され、置換ちかんされるのが普遍ふへん的な光景である。たとえば、家がほしい「私」は、ぴかぴかの空間や家族の笑顔の映像に置換ちかんされた新築マンションの広告に見入る。そこにいるのはうつくしい映像情報に見入る「私」であり、家族の笑顔を脳に定着させる「私」であって、たんに家がほしいばくとした「私」はずっと後ろに退いている。代わりに、家族の笑顔を見たい「私」が前面に現れ、それは映像のなかの新築マンションと結びついて、欲望は具体的なかたちになるわけである。
 けれども、こうしてかたちになった欲望は、ほんとうに「私」の欲望か。「私」はたしかに家がほしかったのだけれども、その欲望は正しくこういうかたちをしていたのか。仮に、たしかに家族の笑顔を見たいがために家がほしかったのだとしても、家という欲望と、家族の笑顔という欲望は本来別ものであり、これを一つにしたのは「私」ではない、広告である。
 このように、消費者と名付けられたときから「私」はだれかがつくりだした欲望のサイクルに取り込まと こ れている。そこでは「私」は
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覆いおお 隠さかく れ、ただ大量の情報に目と耳を奪わうば れて思考を停止した、「私」ではない何者かが闊歩かっぽしている。
 こうして、欲望から「私」が消え、おおよそ政治の権力闘争とうそうから一般いっぱんの消費生活まで、欲望のための欲望と化して、現代社会はある。欲望は「私」の外部で回転し、「私」を駆り立てるか た  。そこに明確な主体はおらず、従って欲望を止めるものはいない。個々の欲望の当否は、ほとんど損得に置き換えお か られ、損得もまた外部化されて新たな欲望になるだけである。
 ところで有限の世界では、欲望のサイクルも有限になるはずだが、実際にはあたかも無限であるかのように回転し続け、そこここで、さまざまな悲喜劇を引き起こす。欲望は必ずしもかなえられないばかりか、ときには実質的な損害になって返ってくる。そのとき、これがサイクルであるがために悪者はすっきり定まらず、定まらないがために悪者探しは逆に苛烈かれつになる。
 「私」の欲望であれば、失意も損失も「私」が引き受けることで収まりがつくが、「私」の消えた現代の欲望は、始まりも終わりもない。破綻はたんしたら破綻はたんしたで、ともかく悪者を探して社会的な辻褄つじつまを合わせるだけである。一方、消費者という名の「私」はどこまでも無垢むくに留まるのだが、「私」が無垢むくでないことは、「私」が知っている。

(高村かおる「新・欲望論」二による)
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a 長文 7.2週 nngi2
 現代の日本で、翻訳ほんやく者の社会的な地位が低い理由のひとつは「独創性」が重視されていることにある。独創性がある仕事は価値が高く、独創性がない仕事は価値が低いとされている。翻訳ほんやくは、実態はともかく、世間の認識では独創性がない仕事だとされている。物書きの世界で、一流の翻訳ほんやくよりも三流の執筆しっぴつの方が尊敬されるのも、このためだ。
 考えてみれば、これは不思議な話だ。翻訳ほんやくはたとえば、演奏に似ているともいえるし、演劇に似ているともいえる。音楽なら、作曲家が五線譜ごせんふに書いた「原作」を、演奏家や歌手が音に「翻訳ほんやく」して聴衆ちょうしゅうに届ける。演劇なら、脚本きゃくほん家が脚本きゃくほんとして書いた「原作」を、役者が演技の形で「翻訳ほんやく」して観客に届ける。原著者が外国語で書いた「原作」を、日本語に「翻訳ほんやく」して読者に届ける翻訳ほんやくと、どこが違うちが のかと思いたくなる。流行歌の世界なら、だれがうたったのかはだれも知っている曲でも、だれが作曲したのかは知られていないことが少なくない。脚本きゃくほん家はどちらかといえば裏方で、俳優の方が脚光きゃっこうを浴びる。これに対して翻訳ほんやくでは、原著者には独創性があるが、翻訳ほんやく者には独創性がないとされる。
 もちろん、翻訳ほんやくとは解釈かいしゃくであり、解釈かいしゃくである以上、おなじ原作を十人が訳せば十通りの訳ができる。だから、演奏家や歌手が独創的でありうるように、翻訳ほんやく者は独創的でありうる。この点には、翻訳ほんやく者の立場からは疑問の余地はない。しかし、独創性を崇めるあが  風潮は一種の病気のようなものだ。翻訳ほんやくを職業とする者がこの風潮にひれ伏す  ふ 理由はない。また、独創性を競ったところで、原著と比較ひかくされれば翻訳ほんやくにはどうみても勝ち目はない。翻訳ほんやくにも独創的な面がないわけではないことを認めさせても、意味があるとは思えない。
 独創性がもてはやされる世の中で軽視されがちな翻訳ほんやくを職業とする者は、独創性とは何なのか、じっくりと考えておかなければならない。一般いっぱんには、独創性とは、「他人の真似をするのではなく、
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自分ひとりの考えで何かを作りだす能力」だとされている。ほんとうにそうなのだろうか。
 少し考えてみればわかることだが、他人を模倣もほうするのではなく、自分ひとりで他人とは違うちが 考えを編み出せたと思ったとき、それがほんとうに独創的であるケースはめったにない。他人の真似をするつもりはなくても、他人がすでに考えてきたのと同じ考えにたどりついただけになるのが通常であり、この場合は、独創的だとはいえない。無知だっただけだ。これまでだれも考えていなかったことだとしても、あまりに幼稚ようちな考えだからかもしれないし、あまりに突拍子とっぴょうしもない誤りだからかもしれないし、あまりに現実を無視しているからかもしれない。他人とは違うちが 考えだとしても、それがほんとうの意味で独創的である場合はきわめて少ないはずだ。
 では、どういう条件があれば独創性があるといえるのだろうか。おそらくは、人類が蓄積ちくせきしてきたものを十分に吸収したうえで、新しい考え方を生み出すことが、ひとつの条件だろう。つまり、独創性とは学習と継承けいしょうを前提としたものであり、学習と継承けいしょうがなければ独創性はないといえるのではないだろうか。(中略)
 歴史上に残る発見や発明をみていくと、ほぼおなじ時期にそれぞれ独自に、おなじことを考えた人が他にもいたケースがきわめて多い。何人かがほぼ同時におなじことを発見・発明し、そのなかでとくに厚かましかった人の名前だけが歴史に残っているケースすら少なくないのだ。発見や発明が継承けいしょう基礎きそにしたものだと考えれば、なぜこのようなケースが多いのかも、すぐに理解できる。独創性だけをもてはやすのがいかに危ういかも、理解できるはずである。学習と継承けいしょうがなければ、独創性も生まれない。
 こう考えたとき、独創性に対する翻訳ほんやく者の立場ははっきりする。翻訳ほんやくという仕事にも独創性があると主張する必要はないし、独創性を誇るほこ 人たちに引け目を感じる必要もない。翻訳ほんやくとはあらゆる独創性の基礎きそになり、それどころか、社会や文化や技術や経済など、人間のあらゆる活動の基礎きそになる学習と継承けいしょうを担っているのである。

山岡やまおか洋一『翻訳ほんやくとは何か』)
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a 長文 7.3週 nngi2
 科学は自然の対象を観測し、そこに存在する構造や機能の法則性を明らかにする。ある対象領域に成り立つ法則を発見した、法則を確立したというのは、どのようにして保証するのだろうか。
 ボールを投げると放物線をえがき、ある一定の距離きょりに落ちる。ある物質と物質を混ぜてある一定の温度に保つと、反応してある物質ができる。こういった多くの実験から、そこにある種の規則性を認識し、そこから法則を確立していくわけであるが、その法則は実験によって確かめるというプロセスを絶対的に必要とする。しかも、だれがやっても同じ結果が得られるということでなければならない。
 このように、科学は、自然のなかに存在する対象を分析ぶんせきし、そこから法則を抽出ちゅうしゅつし、対象を分析ぶんせき的に理解するというところに中心があった。こうして法則が確立されると、つぎの段階として、これらの法則の新しい組み合わせを試みることによって、それまで世界に存在しなかった新しいものをつくりだせる可能性があることに人々は気づいたわけである。
 法則を組み合わせて、実験をしてみて、もとの対象が復元できることを確かめるところまでは、科学の領域であろうが、法則をいろいろと新しく組み合わせて何か新しいものをつくっていくというつぎのステップは、シンセシス、あるいは合成・創造の立場であり、それが現代における技術であるということができる。つまり、現代技術は科学の法則を意識的にあらゆる組み合わせで使ってみて、何か新しいものをつくりだしていこうとする明確な意図をもったものとなっていて、これが従来の技術とは明確に異なっているところである。
 このように分析ぶんせきと合成とは対概念がいねんとなり、したがって、科学と技術も対概念がいねんであり、コインの裏表の関係であると理解される。そこで、これら全体は科学技術という一つの概念がいねん、一つの言葉としてとらえることができるだろう。
 科学と技術とはまったく異なる概念がいねんで、科学技術という表現は適当でないという考え方をする人もいる。しかし、現代科学は高度の技術なしにはありえず、その技術も科学によって支えられている。今日では、科学者自身がシンセシスの領域に本格的にのりだしてくる一方で、技術者のほうも、技術を押しお すすめるために本格的な科学的基礎きそ研究をおこなっている。
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 こうして、科学と技術の境界は判然としなくなってきているうえに、何か新しい発見があると、これがただちに技術の世界に使われて新しい発明につながり、これがまた基礎きそ研究にフィードバックされるという、ひじょうに速いサイクルをえがく時代になっている。そういった状況じょうきょうからも、これら全体を科学技術と呼ぶのが適当であるというわけである。
 二〇世紀の技術は、それ以前の技術とはまったく異なるものである。昔の技術は、アート(art)という言葉がしめすように、その道の専門家の直感と努力によって磨きみが ぬかれた技芸であり、芸術にせまる何ものかであったわけで、科学とは何の関係もないものであった。ところが、二〇世紀における技術は、科学によって確立された対象についての法則を、意図的、体系的、網羅もうら的に組み合わせて用い、新しいものを手当たりしだいにつくりだすというものである。これが現代技術のもつきわだった特色である。
 そこで一つの大きな問題が浮かび上がっう  あ  てくる。これまでの科学は神が創造した地球と自然、そしてそこに存在する物を観察し、理解するということをおこなってきた。そのかぎりにおいて、科学は謙虚けんきょであり、科学は価値中立であるとされてきた。しかし、神のみがもっていたものごとを創造する秘密を、今日私たち人間が手に入れ、あらゆる法則を無原則的に組み合わせて、できることは何でもおこない、どんどんと新しい物を勝手につくりだしつつあるわけである。そして、それらはけっして地球と自然、生物や人間にとってよいものばかりではない。一見よいものと見えても、長期にわたってながめてみれば、深刻な問題をもたらすものもたくさんつくりだしているのである。
 したがって、今日の科学技術においては、価値中立ということはありえず、私たちがつくりだすものについては、はっきりした責任を負うべきであろう。二一世紀にはあらゆる科学技術の分野において、分析ぶんせきの時代が終わって、創造の時代に入っていくことは明らかであるから、科学技術に対する人類の責任は重大である。

長尾ながお真『「わかる」とは何か』による)
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a 長文 7.4週 nngi2
 「新しさ」がマイナス価値であった時代があった。新しさは衒うてら もの、良き古き伝統を破壊はかいするものだとして忌避きひされたのである。思想の面で新しいアイディアを提出するものは非難と告発を免れまぬか がたかった。新しい思想家はどこでもいつでも、弾圧だんあつされたし、排除はいじょされたりしたものである。政治の場面でも、現存秩序ちつじょを批判し、のりこえようとする運動は、いつでも新しい運動であったが、これも破壊はかい的なものとして可能なかぎり抑圧よくあつされる。
 いつの時代でも、どんな社会においても、古さの方が価値的にプラスであって、新しさはつねにマイナス価値であった。新しいものは、古いものとの対決の中ではじめてエネルギッシュになり、前進のための生産力を獲得かくとくする。したがって、物質的な力とも言うべき飛躍ひやく力と魅惑みわく的力をもつ新しさの基本型は、現存秩序ちつじょの体系または古い価値体系から脱出だっしゅつする批判的運動であるというべきであろう。
(中略)
 圧倒的あっとうてきな力をもつモード的・記号的新しさによって隠さかく れているが、決して消滅しょうめつしそうもない批判的新しさもある。それはいろいろの形をとって現れるが、何よりも感情的・情緒じょうちょ的なものが基本であろう。エルンスト・ブロッホが書きとめてくれた「小さな白昼夢」などはその典型である。小さな子どもの小さな夢は、憧憬どうけいとよぶべきもので、それはおとぎ話の形をとって未来へとはばたく。はかなさとこわれやすさを特徴とくちょうとする白昼夢は、現在の世界からの前方への脱出だっしゅつ願望である。そこには、世界についての感情が世界を批判している。このままではいけない、別の良き世界があるのだと、理性的でなく情緒じょうちょ的に判断している。情緒じょうちょ・感情は批判力をもちうる。
 感情や情緒じょうちょ行為こういである。それは世界の中にあって世界を作り変える。まだないものを先取りし、この先取りによってすでに世界の外に出る。外に出ることで今の生活世界を批判する。いっさいのユートピアは、基本的にはこの感情の行為こうい的批判を出発点とし
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ている。
 前に、過去に埋もれうず  た新しさがあると述べた。多くの可能性をもちながら、開花と現実化の条件を与えあた られないままに、歴史のほこりの堆積たいせきの下に埋もれうず  た新しきものがある。私たちは、願望夢のように前に眼を向けるばかりでなく、しばしばそれ以上に過去に眼を向ける。なぜ過去に眼を向けるのか。あるいはプロスペクティヴとレトロスペクティブとは互いにたが  無縁むえんなのであろうか。過去へふり向けられるレトロの眼は、単なる懐古かいこ趣味しゅみであってはならない。現在を永遠化し、その立場から過去をふりかえる眼は、保守的なレトロスペクティヴである。現在に安住し、過去を高見から眺めるなが  のは、過去をダシにして現在を栄光化する態度だ。こういうレトロの眼はモードの眼である。記号は新しさの発掘はっくつ源としてのみ過去を見る眼である。
 そうではなくて、過去の中に開花を待ちつつひそむ問題を探求することこそ、新しさの探求である。かつてワルター・ベンヤミンは、目ざめを待つ新しきものについて語った。可能的新しさを目ざめさせる眼こそ、真のレトロスペクティヴであり、それが同時にプロスペクティヴになる。レトロスペクティヴプロスペクティヴとの有機的な連関を自覚的に行うことは、歴史学や歴史哲学てつがくの仕事である。これは、もはや現在の固定化でも栄光化でもなくて、現在を前へと超えこ ていく作業である。過去の中で目ざめを待つ新しさは、未来において甦るよみがえ 新しさである。どれほど過去を調べてもこの新しさがなくなることはない。過去には無尽蔵むじんぞうの新しさがある。
 時間的最先端さいせんたんが新しいというのは、近代歴史意識の虚妄きょもうであろう。時間と歴史に病的なまでに固執こしつする現代の歴史感覚をひっくり返さなくてはならない。最も古い層のなかに目ざめを待つ根源的新しさがあるという逆説的立場――これがベンヤミンの独創性である――は、近代という大いなる時代の本質を突くつ 。新しさの考察は、こうして、近代性への根本的反省へと通じていくであろう。

(今村仁司『精神の政治学』による)
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a 長文 8.1週 nngi2
 だれでも情報には「量」というものがあると漠然とばくぜん 信じている。コンピュータが安価になり、身近な存在になるにつれて、「ビット」という工学的な情報量の単位も日常用語として使われるようになってきた。四八ビット・パソコンは三二ビット・パソコンよりたくさんの情報を一度に扱えるあつか  はずだろう。
 こういう「情報量」は、技術的話題に登場するだけではない。われわれはよく「この本はぶ厚いわりには情報量が少ない」と文句を言ったりする。言うまでもなくこれは、ぺージ数(文字数)という「見かけの「情報量」」が一般いっぱんに読み手にとっての「情報量」とは異なるという事実を語っている。
 さて、右のありふれた言葉は、「情報量」という概念がいねんの危うさの証左でもある。この言葉は、ひとまず二通りに解釈かいしゃくできる。「内容が知っていることばかりだ」と「興味が湧かわ ない」の二つである。「知らないことを教えてくれるのが情報だ」という立場に立てば、第一の解釈かいしゃく妥当だとうだろう。これは情報を「客観的」にとらえようと努める立場である。
 だが、内容に知らないことが多く理解し難いとき、読み手にとって果たしてその本の「情報量」は多いのだろうか?──内容が理解できなくて「(主観的な)興味」が湧かわ なければ、「情報量」はやはり少ないのではないだろうか。
 そもそも、「内容を知っている」とはどういうことか? ──「フランス革命は一七八九年に起こった」といった命題なら「知っている」と言えるだろうが、「二一世紀に日本社会のモラルは堕落だらくする」などのあいまいな命題なら、興味の有無を答える方がましだろう。むしろ、知っていることばかりなら興味も湧かわ ないはずだという立場に立てば、「情報量が少ない」とは、すなわち「興味がない」「魅力みりょくがない」ことだと断じる方が直観に一致いっちしている。
 だからこそ、情報とは「いざなうもの」でなくてはならない。生物であるわれわれの興味を惹くひ 魅力みりょく的な対象が、はじめて情報として「意味」をもつのだ。
 このように、情報を「意味=価値」があり、「いざなうもの」とみなすことは、心の側から情報をとらえることである。言い換えるい か  と、情報の「伝達」よりむしろ「生成」の側面に目を向
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けるわけである。環境かんきょう世界のなかで、心がいったい何を「情報」として選びとるか、が問題となるからだ。環境かんきょう世界からは、光、音など無限に多様な外部信号が降り注ぐ。はっきりさせなくてはならないのは、その中から心が何を選びとり、いかにして「情報」として構成していくか、という点なのである。
 もちろんこれは、哲学てつがく的な認識論や存在論にかかわる難問であって、とうていここで論じ尽くせるつ   テーマではない。だが、一九七〇年代にあらわれた生物物理学者清水博の情報理論は、この難問に一筋の光を投げかけるように思える。そのポイントは、生物をみずから秩序ちつじょをつくっていく「自己組織系」とみなし、系の秩序ちつじょ生成のダイナミズムのなかに「情報」の発現を位置づけたことにある。清水によれば、生命システムとは、「システム(自分)の存在にとって意味のある情報を、内部知識と内部法則にもとづいて自分自身でつくりだしていく」ものなのだ。
 右のような「意味」の自律的生成を、文章による説明に終わらず数学的なモデルで詳しくくわ  記述したところに、清水とそのグループによる科学者としての先駆せんく的業績がある。「情報」をその意味内容に立ち入ってとらえる科学研究はすでに始まっているのだ。
 生物がいかなる「情報」をつくるかはいわば生物の「価値観」にひとしい。ゆえに情報を「いざなうもの」「興味のあるもの」「価値のあるもの」とみなすことは、決して単なる文学的な比喩ひゆ表現ではないのである。二一世紀の知性は、情報生成のダイナミズムをさぐる新しい情報科学のうちに最大の課題のひとつを見いだしていくだろう。

西垣にしがき通『聖なるヴァーチャル・リアリティ』による)
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a 長文 8.2週 nngi2
 自己表現の意欲は、言葉あるいは文字として表してみて、初めて具体性を帯びる。自発的にものを考えるようになって、人は初めて自分の言葉を発する。言葉に対して自覚的になると言ってもよいでしょう。言葉なくして、考え、迷い、一念を生じ、邂逅かいこうすることはあり得ないのです。
 ところが、このとき間髪かんぱつを入れず、言葉の不自由、その障害に突き当たるつ あ  という事実を見逃すみのが わけにはゆきませぬ。例えば我々が平生使っている思想や文学上の用語、精神とか知性とか主体性とか実存とか、なんでもいい、その一つ一つを取り上げて、これを厳密に検討してごらんなさい。一つとして曖昧あいまいならざるものはない。各人によってさまざまの解釈かいしゃくや定義やニュアンスを生じ、それをまた一つ一つ解釈かいしゃくし定義して行かねばならぬといったような、途方とほうもない迷路に入り込んはい こ でしまいます。
 言葉というものは、おそろしく不完全なものだと悟りさと ます。実に曖昧あいまいです。そういう言葉をさまざまに組み合わせつつ、かろうじて自分が言いたいと思っている思想的イメージに近づいてゆく。それは依然としていぜん   不完全ではあるが、この不完全の自覚が、我々の考える力を更にさら 押し進めるお すす  原動力ともなるのです。精神の問題は、幾何きか学の公理のように割り切れない。しかし、幾何きか学の公理のように、その一つ一つの正確さを目ざすことは大切で、この無限の正確さへの意志が、言葉を開拓かいたくして行くともいえましょう。言葉を使用するとは、開拓かいたくして行くことと同義なのです。そこに精神としての「自己」が存在するわけです。言葉の不自由な性質そのものが、言葉の生命だといっていいかもしれませぬ。
 言葉のかような性質が、逆に我々をして、考えさせ、迷わせ、一念を生ぜしめ、邂逅かいこう促すうなが といってもいい。言葉に翻弄ほんろうされる自己を見いだすでありましょう。翻弄ほんろう翻弄ほんろうを重ねて、さて、その極限に見いだすものは何か。我々は、初めて「沈黙ちんもく」の意義を知るのです。例えば非常にうれしいとき、悲しいとき、感動したり、さまざまに思い惑うまど とき、どんな現象が起こるか。言葉を失っている自
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己を見いだすでありましょう。心の中であれこれと思い巡らしめぐ  てみるが、さて表現となると、どう言っていいかわからぬ。たちまち言葉につまって、沈黙ちんもくせざるを得なくなる。恋愛れんあいがその端的たんてきな例です。恋するこい  男女は、恋するこい  ことによって言葉を失うものです。
 かかる時機を、重視しなければなりませぬ。なぜなら、言葉を失うことは、心の充実じゅうじつを意味するからであります。言うに言われぬ思い、そこに人間の真実がある。しかし、あえて表現しなければならぬ。その苦しさにおいて、我々は言葉の障害と格闘かくとうし、開拓かいたくし、換言かんげんすれば精神は自己を形成しようとしてもがくわけで、言葉の困難の自覚が、そのまま人間生成の陣痛じんつうともなるわけです。
 こう考えるなら、自分の言葉を持つということが、いかに至難か明白でありましょう。我々はつい有り合わせの言葉を用います。世間一般いっぱんが用いたり、その時々の流行語となっている言葉を、無批判に使用します。どんな結果が生ずるか、申すまでもありますまい。精神はここに感化されることによって死に瀕するひん  のであります。
 自分の言葉を持つということは自分が生まれるということです。「はじめに言葉ありき。」という一句が聖書にありますが、私はここでいちおう聖書から離れはな て、人間生成の一条件として考えてみます。初めて発した自己コユウの言葉は、その人の生命のあけぼのであるということを。「生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。新しき言葉はすなわち新しき生涯しょうがいなり。」──これは若き島崎藤村しまざきとうそんが、その最初の詩集に記した序文の一節です。自分の言葉を持つこと、すなわち自分の生涯しょうがいの始まりなのであります。
 そうあるためには、私がさきに述べた「沈黙ちんもく」を重視し、これに耐えた ねばなりませぬ。この沈黙ちんもくとは、正確さへの意志と言ってもよい。沈黙ちんもくは意志の強さの尺度であります。多くの沈黙ちんもく耐えた た人の言葉ほど美しい。言葉の芸術である文学は、根本においてこれを目ざすものなのであります。多くの言葉を重ねながら、結局言うに言われぬ思いという沈黙ちんもくを創造し、ここに恨みうら を宿すものなのであります。
──亀井かめい勝一郎かついちろう「人間生成」──
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a 長文 8.3週 nngi2
 インフォームド・コンセント            なる言葉がある。商品販売はんばい者が、無知なる顧客こきゃくに対して、自己決定するのに必要な情報知識を噛み砕いか くだ て説明した上で、同意を取り付ける義務を負うということである。そして、医療いりょうにおいて提供されるべき情報知識は、診断しんだんの内容、複数の治療ちりょう方針の利点と危険性、治療ちりょうしない場合の症状しょうじょうの予想などであると語られている。正当な考え方だ。しかし専門家が、本当に情報知識を持っているのかと疑ってみる必要がある。
 知人が医者に余命三ヵ月かげつかもしれないと告げられたことがある。正確には、簡単な所見から推すと、最悪の場合、末期症状しょうじょうの可能性があり、詳細しょうさいな検査の結果として、予期される末期症状しょうじょうであると判明すれば、余命は三ヵ月かげつ程度である可能性があると告げられたことがある。誤診ごしんであった。正確には、当初の所見は可能性の指摘してきとしては論理的には正しかったが、当初の予期は確率以上の悲観性を滲まにじ せた点において道徳的に誤りだった。
 ここで指摘してきしたいのは、これは情報知識の提供などという、代物ではないということである。たんなる占いうらな である。この場合、最低限提供すべき情報はこうなるだろう。所見の根拠こんきょ、推測の根拠こんきょ、確率計算の根拠こんきょ、予後の推定の根拠こんきょである。これを示すために提供すべき情報はこうなるだろう。過去に実際に治療ちりょうした症例しょうれい解析かいせき、過去の症例しょうれいと現在の症例しょうれい相違そういと類似性の評価の根拠こんきょ、当の症例しょうれいについて報告する諸文献ぶんけんの内容の分析ぶんせき症例しょうれい分析ぶんせき症例しょうれい分類の根拠こんきょと生存期間計算の根拠こんきょなどである。ところが医者にこんな知識はない。なぜなら、だれも持っていないからである。すると、どうなるのか。
 余命告知やリスク予知について、道徳的に論じたいのではない。占いうらな は、人生の指針として役立つことはあるからだ。人間がなってないとは思うものの、医者を非難したいわけでもない。長くは持たないと経験的に分かることはあるからだ。占いうらな をめぐる問題は、
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各人の世間知を活用すれば済むことである。病気の悲しみを癒しいや て死の恐怖きょうふ耐えるた  には、経験知で充分じゅうぶん足りる。ところが、悲しみを利用する連中は、無駄むだな論議を交わし、無用の研究を積み重ねる。しかも余命を生きる力の不可思議に何の関心も払わはら ないのだ。
 安楽死や尊厳死をめぐって人びとはこう信じているかのようだ。安楽に生きるより安楽に死ぬほうが大切だ。尊厳をもって生きるより、尊厳をもって死ぬほうが大切だ。最期だけは美しく死にたい。だれにも迷惑めいわくをかけずに、後顧こうこ憂いうれ なく死にたい。別の人びとはこう考えている。死の教育が大切だ。死ぬまで勉強だ。最期を看取るのも勉強だ。さらに別の人びとはこう考えている。制度設計が必要だ。素敵な死に場所を建築しよう。予算と人員が必要だ。子供も死に触れふ て死を学ぶべきだ。子供にもメメント・モリ(死を想え)というわけだ。人びとは、「末期状態の患者かんじゃ」や「植物状態の患者かんじゃ」について第三者的にあれこれ想像しては、死を正面から見詰めよみつ  うと喋りしゃべ 合っている。
 死ぬのは悲しい。苦しまずに死にたいと願うのは当然だ。最期だけは高貴でありたいと願うのもたぶん当然だ。だれでも対処してきたことだし、時が来ればだれでも対処することだ。議論や教育や勉強や制度の問題ではない。ところが死の悲しみを利用して稼ぐかせ 連中は、死ぬまで生きる力、生きて死なせる力に安楽と尊厳を感じることはない。「だれも生きてはいない。だれもが見せかけの生を送っている。死ぬことを避けるさ  ことしか考えていない。しかも人生全体が死の礼拝堂である」。そしてスピノザは書いていた。「自由な人間は何よりも死について考えることが少ない。自由な人間の知恵ちえとは、死の省察ではなく、生命の省察である」(『エチカ』)。

(小泉義之よしゆき『ドゥルーズの哲学てつがく』)
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a 長文 8.4週 nngi2
 「新しさ」がマイナス価値であった時代があった。新しさは衒うてら もの、良き古き伝統を破壊はかいするものだとして忌避きひされたのである。思想の面で新しいアイディアを提出するものは非難と告発を免れまぬか がたかった。新しい思想家はどこでもいつでも、弾圧だんあつされたし、排除はいじょされたりしたものである。政治の場面でも、現存秩序ちつじょを批判し、のりこえようとする運動は、いつでも新しい運動であったが、これも破壊はかい的なものとして可能なかぎり抑圧よくあつされる。
 いつの時代でも、どんな社会においても、古さの方が価値的にプラスであって、新しさはつねにマイナス価値であった。新しいものは、古いものとの対決の中ではじめてエネルギッシュになり、前進のための生産力を獲得かくとくする。したがって、物質的な力とも言うべき飛躍ひやく力と魅惑みわく的力をもつ新しさの基本型は、現存秩序ちつじょの体系または古い価値体系から脱出だっしゅつする批判的運動であるというべきであろう。
(中略)
 圧倒的あっとうてきな力をもつモード的・記号的新しさによって隠さかく れているが、決して消滅しょうめつしそうもない批判的新しさもある。それはいろいろの形をとって現れるが、何よりも感情的・情緒じょうちょ的なものが基本であろう。エルンスト・ブロッホが書きとめてくれた「小さな白昼夢」などはその典型である。小さな子どもの小さな夢は、憧憬どうけいとよぶべきもので、それはおとぎ話の形をとって未来へとはばたく。はかなさとこわれやすさを特徴とくちょうとする白昼夢は、現在の世界からの前方への脱出だっしゅつ願望である。そこには、世界についての感情が世界を批判している。このままではいけない、別の良き世界があるのだと、理性的でなく情緒じょうちょ的に判断している。情緒じょうちょ・感情は批判力をもちうる。
 感情や情緒じょうちょ行為こういである。それは世界の中にあって世界を作り変える。まだないものを先取りし、この先取りによってすでに世界の外に出る。外に出ることで今の生活世界を批判する。いっさいのユートピアは、基本的にはこの感情の行為こうい的批判を出発点とし
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ている。
 前に、過去に埋もれうず  た新しさがあると述べた。多くの可能性をもちながら、開花と現実化の条件を与えあた られないままに、歴史のほこりの堆積たいせきの下に埋もれうず  た新しきものがある。私たちは、願望夢のように前に眼を向けるばかりでなく、しばしばそれ以上に過去に眼を向ける。なぜ過去に眼を向けるのか。あるいはプロスペクティヴとレトロスペクティブとは互いにたが  無縁むえんなのであろうか。過去へふり向けられるレトロの眼は、単なる懐古かいこ趣味しゅみであってはならない。現在を永遠化し、その立場から過去をふりかえる眼は、保守的なレトロスペクティヴである。現在に安住し、過去を高見から眺めるなが  のは、過去をダシにして現在を栄光化する態度だ。こういうレトロの眼はモードの眼である。記号は新しさの発掘はっくつ源としてのみ過去を見る眼である。
 そうではなくて、過去の中に開花を待ちつつひそむ問題を探求することこそ、新しさの探求である。かつてワルター・ベンヤミンは、目ざめを待つ新しきものについて語った。可能的新しさを目ざめさせる眼こそ、真のレトロスペクティヴであり、それが同時にプロスペクティヴになる。レトロスペクティヴプロスペクティヴとの有機的な連関を自覚的に行うことは、歴史学や歴史哲学てつがくの仕事である。これは、もはや現在の固定化でも栄光化でもなくて、現在を前へと超えこ ていく作業である。過去の中で目ざめを待つ新しさは、未来において甦るよみがえ 新しさである。どれほど過去を調べてもこの新しさがなくなることはない。過去には無尽蔵むじんぞうの新しさがある。
 時間的最先端さいせんたんが新しいというのは、近代歴史意識の虚妄きょもうであろう。時間と歴史に病的なまでに固執こしつする現代の歴史感覚をひっくり返さなくてはならない。最も古い層のなかに目ざめを待つ根源的新しさがあるという逆説的立場――これがベンヤミンの独創性である――は、近代という大いなる時代の本質を突くつ 。新しさの考察は、こうして、近代性への根本的反省へと通じていくであろう。

(今村仁司『精神の政治学』による)
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a 長文 9.1週 nngi2
 時間はしばしば流れとして語りだされる。未来から現在へ、現在から過去へと流れる水のように。しかしこれは正しくない。そのように時間を流れとして語りだしている者は、そういう時間の外で時間について語っているからだ。不在の未来(まだない)もそのようなものとして語られるかぎりで現在のなかにあるし、おなじように不在の過去(もうない)もそのようなものとして語られるかぎりでたしかに現在のなかにある。つまりは現在と現在と現在。だから、そこに時間は流れない。むしろ流れは隠さかく れてしまう。
 それは時間を時間の外から眺めなが ているからだ。もし時間が流れると言うのなら、そのように語る者自身が流れのなかにあることが数え入れられているのでなければならない。流れている者が流れのなかで流れるままにそれを流れとしてとらえ、ひるがえっておのれをも流れるものとしてとらえる。そのような時間の意識のしくみが問いただされねばならない。そのような意識にたいしてはじめて流れは流れとして見え、旋律せんりつ旋律せんりつとして聴こえき  てくる。言葉について語るということにも、おなじようなことが言える。考えるということについて考えるということとおなじく。
 わたしたちは何ものかについて言葉で考え、語りだす。そして次に、その言葉が、事態を正しくとらえているかどうかを問う。あるいは、語られた事態がほんとうに存在する事態とおなじかどうかを問う。その問いをシステマティックに緻密ちみつにするのが「哲学てつがく」である。
 「哲学てつがく」においては、この問いは、観念(や命題)と実在との一致いっち不一致ふいっちというかたちで語りだされる。いわゆる真理の対応説である。
至極まっとうな問いのようにみえる。しかしそこで、何と何とが引き較べくら られているのか。観念と実在との一致いっちというが、それはどのようにして確証できるのか。
 観念と実在との一致いっちとは、つまり語りと語られた事態との一致いっちということである。では、語りが対応づけられるその語られた事態は当の語りの外で、どのようにして問題とされうるのか。言及げんきゅうされることによって、つまり別のかたちで意識され、語りだされることによってである。けっきょく、対応ということで問われているのは、ある語りと別の語りとの対応ということだということになる。ある語りと別の語りとの整合性がそこでは問題となっているという
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ことになる。こうして観念と実在の関係は、命題と命題の関係に移される。対応説は整合説に移行させられるのだ。
 が、問題は、そこで終わらない。観念と実在との関係を問う「哲学てつがく」の場所はどこにあるのか、という問題がさらに別にある。語りと語りの関係を語る語りとは何か、という問題である。胃がよくはたらいているときは胃の存在は意識されず、むしろその機能が不全になってはじめてその存在が意識されるように、哲学てつがくもまたそれが機能不全に陥っおちい たときにみずからの媒体ばいたいについて思考をはじめる。
 それが端的たんてきに問題になるのは、わたしがわたし自身の存在に問いを向けるときである。わたしがわたしを語る。そのときに、わたしがわたしについてのそのわたしの語りについて語るというのはいったいどういうことなのか(これは「哲学てつがく」では「自己意識」の問題である)。
 わたしについてわたしが語るとき、その語りによってはじめのわたしは規定される(スピノザも書いていたように、規定するとは否定すること、限定することにほかならないから)。その限定されたわたしと限定しているわたしの関係についてさらに言葉をくわえることは、わたしとわたしとのその関係をさらに別なかたちで限定することである。時間を流れとしてとらえる意識が時間そのもののなかにあったように、わたしの自己意識の構造を問題とするわたし自身もそういう自己意識のなかにあるわけである。
 ここではけっきょく、わたしがわたし自身を三重に限定していることになる。そういうメタにメタをくわえる事態についていまここで語っているわたしは、その三重の限定にさらにメタ次元から介入かいにゅうしていって、限定を重ねているわけだ。
 あるものを限定するというのは、それを変形することである。デフォルマシオン、歪めるゆが  こと。それはしかし、なにかある原型のデフォルマシオンではない。すでに確認したように、原型はなんらかのデフォルマシオンのなかでしか現れえないのであるから、時間においても「わたし」においてもそうだったが、みずからについて語るというのは、変形に変形をくわえることなのである。そして、その変形のやり方自体を、ときに論理的に、ときに倫理りんり的に問うのが「哲学てつがく」というものである。
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a 長文 9.2週 nngi2
 「私は何ものなのか?」という問いへの答えは、二人称ににんしょうでの語りかけと、三人称さんにんしょうでの描写びょうしゃと、一人称いちにんしょうでの思いが、少しずつ重なり合ってくることによってしか、与えあた られない。したがって、「まだ呼びかけうるかも、なお応じうるかも……」という呼応の可能性なしには、答えの探しようもない。この呼応の可能性に支えられて、諸種の描写びょうしゃが重なってくるにつれ、「どうやら私は……らしい」という果実もみのる。もちろん、そうした果実の多くは、しばし甘美かんびだったとしても、「自己正当化ゆえのあまさにすぎなかったか……」という苦みをも残す。しかし、そうした苦みは、さらなる呼応への敏感びんかんさを養ってくれる。
 呼応、つまり呼びかければ応答があるということは、人の間かつ時の間の、一回的な出来事であり、したがって、一見ささいな出来事である。しかし、私もあなたも、そうした呼びかけ・応答をつうじて、はじめて、曲がりなりにも自分のかけがえのなさを確認しえている。あなたも私も乳児と親の間柄あいだがらからはじまって、呼応の可能性をたよりにして、はじめて相手に向かって振舞うふるま ことができ、そうした相手との間で、自分のかけがえのなさを、曲がりなりにも確認してきた。にもかかわらず、このナケなしの呼応の可能性も、あまりにも当たり前であるがゆえに、あたかも空気のように、見過ごされうる。
たとえば、こうである。いわく「呼びかけられうること、呼びかければ応じられうることは、なるほど幼児が自分を意識するようになる過程では必要かもしれない。しかし、ひとたび自分を自覚するようになれば、他人との呼応の可能性などは、登ってしまえば無用になるハシゴのようなもので、べつになくなってもかまわない……」云々うんぬんとりわけ、どこへ行っても注目され、あるいは気をつかってくれる人に囲まれて、向こうから声をかけてもらえるような立場にある人は、えてして、こう考えやすい。
 しかし、呼応の可能性の大切さを見切ってしまうのには、あまりにもありふれているという以外にも、べつの原因もある。私たちはそれぞれ自分の生活に忙しいいそが  。だから、自分にとって必要でもないことにかんして、あるいは直接に関係ないと思える人から、呼びかけられても、いちいち応じてはいられない。私たちはそう考えて、自分が応じる呼びかけの範囲はんいと種類を、自分のほうから限って
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しまう。じじつ、そう限定しなければ一日何時間あっても足りない。そこまで私たちに向かって多種多様な呼びかけが発せられている。のみならず、私たちが呼びかけとして聞き分けていない声は、さらに多種多様である。したがって、自分が応じるいわれのある呼びかけの種類と範囲はんいを限定することは、自分の生活がある以上、やむをえない。
 こうした自己保身ゆえに呼応の可能性を切り詰めるき つ  と、「このくるめきには応えなくてもいいだろう」と見切った他人の呼びかけを聞き流し、その切実な訴えうった を見殺しにする。しかし、それだけではすまない。「もともと私は応える立場にはいないのだから……」と自分に言い聞かせて、聞き流したことを自己正当化することになる。そして、こうした自己正当化は、もっとも身近な他者の聞き取りにくいくるめきさえも、たんなる雑音として切り捨てることの正当化に連なる。
 そのツケは、声の小さい者たちに回され、かれ彼女らかのじょ において、「何ひとつ応答などなかったではないか……」という苦い思いを生み、「他人との呼応の可能性など、当てに出来ない……」というシニシズムを生む。そして、このシニシズムとともに、もっとか細い声への鈍感どんかんさが蔓延まんえんし、その結果、人は自分に向けられている切実な呼びかけを自分が無視しているという事実すら気づかないようになる。そうなると、それだけいっそう、自分が何であるかについても、不安になる。こうして「私探し」がいたずらに加速される。
 もちろん、ひとくちに「私探し」といっても、その実態も背景も多種多様であって、すべてが、呼応の可能性の切り詰めき つ 還元かんげんできはしない。しかし、もしあなたが、「呼応の可能性など当てにできない……」という印象をよすがとして、「他者にたいして特定の人物であることなど、自分が自分であるためには二次的・三次的なことだ……」と思いはじめているのなら、もう一度、考え直していただきたい。

(大庭健の文章による)
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a 長文 9.3週 nngi2
 世間では、いま、表現教育ということが盛んに叫ばさけ れている。子供たちに、どうにかして「豊かな表現力」「だれとでも話せるコミュニケーション能力」を身につけさせようと、親も教師も躍起やっきになっている。子供の方から見れば、表現を強要されているとさえ言える状況じょうきょうだ。
 だがどうも、教える側も、子供たちの方も、「表現」ということを無前提に考えすぎていないか?
 いや、いったい、何をそんなに伝えたいというのか?
 私はここ数年、演劇のワークショップ(体験型の演劇教室)を、年間で百コマ以上、全国で繰り返しく かえ 開催かいさいしてきた。教育の門外漢に、このような依頼いらい殺到さっとうするのも、表現教育隆盛りゅうせいの一つの現れであろうか。
 ただ、私が、そういった場で子供たちに感じ取ってもらいたいことは、表現の技術よりも、「他者と出会うことの難しさ」だった。どうすればコミュニケーション能力が高まるかではなく、自分の言葉は他者に通じないという痛切な経験を、まず第一にしてもらいたいと考えてきた。
 高校演劇の指導などで全国を回っているといつも感じるのは、生徒創作の作品のそのいずれもが、自分の主張が他者に「伝わる」ということを前提として書かれている点だ。
 私は、創作を志す若い世代に、演劇を創るということは、ラブレターを書くようなものだと説明する。「おれは、おまえのことがこんなに好きなのに、おまえはどうしておれのことが分かってくれないんだ」という地点から、私たちの表現は出発する。分かり合えるのなら、ラブレターなんて書く必要はないではないか。
 日本はもともと、流動性の低い社会のなかで「分かり合う文化」を形成してきた。だれもが知り合いで、同じような価値観を持っているのならば、お互い たが お互い たが の気持を察知して、小さな共同体がうまくやっていくための言葉が発達するのは当然のことだ。それは日本文化の特徴とくちょうであり、それ自体は、卑下ひげすべきことではない。
 明治以降の近代化の過程も、価値観を多様化するというよりは、大きな国家目標に従って価値観を一つにまとめる方向が重視され、教育も社会制度も、そのようにプログラミングされてきた。均質化した社会は、短期間での近代化には好条件だ。日本は明治の
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近代化と、戦後復興という二つの奇跡きせき成し遂げな と た。
 しかし、私たちはすでに大きな国家目標を失い、個人はそれぞれの価値観で生き方を決定しなければならない時代に突入とつにゅうしている。このような社会では、価値観を一つに統一することよりも、異なる価値観を、異なったままにしながら、その価値観を摺りす 合わせ、いかにうまく共同体を運営していくかが重要な課題となってくる。
 いま、あらゆる局面で、コミュニケーション能力が重視されるのは、ここに原因がある。「分かり合う文化」から、「説明し合う文化」への転換てんかんを図ろうということだろう。
 だが、ここに一つの落とし穴がある。
 表現とは、単なる技術のことではない。闇雲やみくもにスピーチの練習を繰り返しく かえ ても、自己表現がうまくなるわけではない。
 自己と他者とが決定的に異なっている。人は一人ひとり、異なる価値観を持ち、異なる生活習慣を持ち、異なる言葉を話しているということを、痛みを伴うともな 形で記憶きおくしている者だけが、本当の表現の領域に踏み込めるふ こ  のだ。多くの優れた芸術家は、自分の中にその断念、その絶望を持っている。ひとは幼少期、自分のことを決して受け入れてくれない他者の存在を発見する。その哀しみかな  を忘れない者だけが、芸術家という名に値する。(中略)
 私たちがこれから作っていく成熟社会の緩やかゆる  きずなは、お互い たが が分かり合えないという絶望から出発する。この絶望の中にのみ希望はある。だとすれば、分かり合えないことを、その存在の根拠こんきょとする芸術の役割は小さくないだろう。学校や家庭や社会の中で、子供たちに、その発達過程に合わせて、「伝わらない」という切実な体験をさせる、そんな芸術教育のプログラムが、いま必要とされているのではないか。

(「新世紀の思考」(平田オリザ)より)
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a 長文 9.4週 nngi2
 ところが、ある日、ハッと気がつく。からだの中は、まったくなにもレッテルがはってない。まだ、まっ白ではないか。そこで、からだの中身に名前をつけていく。解剖かいぼうしなくても、ある程度はわかる。大ケガをした人や、死んだ人を見ていれば、からだの中について、いくらかの知識が得られる。そこで、からだの中にある「構造」に、名前をつけることをはじめる。
 名前をつけるとは、どういうことか。ものを「切ること」である。エッ。名前と、「切ること」とは、なんの関係もないじゃないか。
 名前をつけることは、ものを「切ること」なのである。なぜなら、「頭」という名をつければ、「頭でないところ」ができてしまう。「頭」と「頭でないところ」の境は、どこか。
 だから、「頭」という名をつけると、そこで「境」ができてしまうのである。「境ができる」ということは、いままで「切れていなかった」ものが「切れる」ということである。国境が変わったとしよう。昨日まで、自分の国だったから自由に行けたはずの町が、今日からは簡単に行けなくなる。それは、日本では起こったことがないが、大陸の国では、しばしばあったことである。
 地面はずっと続いているのに、「中国」と「インド」という国ができると、「境」つまり国境ができる。つながっているはずの地面が、「切れてしまう」ではないか。
 でも、国は人間が勝手に決めた。からだは自然にできたのではないか。だから、言ったでしょう。自然に起こることは、たとえ生死であっても、その境は、簡単には決められませんよ、と。
 それを簡単に「切ってしまう」のは、だれか。「ことば」である。名前である。ことばができると、つながっているものが切れてしまう。ことばには、そういう性質がある。
 人のからだに、名前をつける。名前がついた部分は、ほかの部分とは、頭のなかでは「切れて」しまう。頭、首、胴体どうたい、手、足。その「境」を、きちんと言えるだろうか。そんなことは、だれも言えないのである。なぜかって、「一人の」、そのなかに、境はない。ただ、人の「部分」に、手だの足だのという「名をつける」と、人が「切れて」、バラバラになってしまうのである。もちろん、実際にバラバラになるわけではない。「ことばの中では」である。でも、人はほとんど「ことばの世界」に暮らしている。だから、やっぱり、「切れた」と言っていいのである。
 これが解剖かいぼうのはじまり。なぜなら、ことばの中、すなわち頭の中で、からだがまず切れてしまうから、実際に「切る」ことになるの
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である。
 そんなバカな。頭のなかで「切れる」のと、実際に「切る」のとは、違うちが でしょうが。それは、違うちが 。でも、頭の中で「切る」から、やがては実際に「切る」ことになる。頭の中で、車というものが考えられたから、やがて実際に車が作られるようになったのである。車というものができたおかげで、車を考えついたわけではない。新しい車を作るなら、まず設計図を引かなくてはならない。車ばかりではない。頭のなかで、家の設計図がまずできるから、家がたつ。人のからだを「ことばにしよう」とするから、解剖かいぼうがはじまるのである。なぜなら、ことばには「モノを切る」性質があるからである。
 ああ、難しかった。そうでもないでしょう。ことばには、ものを切る性質がある。人間は、頭で考えたことを、外に実現するくせがある。この二つのことを知っていれば、解剖かいぼうのはじまりがわかるのである。

(養老孟司たけし解剖かいぼう学教室へようこそ』による)
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