1地球は、水の惑星と言われるように、表面の七十パーセントが水でおおわれている。「湯水のように」というたとえが使えるのは水の豊富な日本だけのようだが、誰でも日常的に接しているこの水が、実はきわめて不思議な性質を持っている。
2〇度で固体になり、百度で気体になる水は、地球の大きな循環を支えている。この支える力の秘密は、水が自在に形を変えるというその性質にある。環境に合わせて形を変えることが、世界を潤す力になっているのである。
3人間もたぶん、この水のように周囲に合わせて自在に形を変えることで、周囲を潤す力を持つことができる。
例えば、ディベートということを考えてみよう。欧米では、意見を闘わせることによって相互の意見が進歩すると考えられている。4弁証法では、ある意見Aとある意見Bが対立することによって新しい意見Cが生まれると考える。
日本人は、これとは反対に対立を避ける。あたかも水のように、相手がAと言えば、「Aもわかる」と答え、相手がBと言えば、「Bも理解できる」と答える。5AもBも、仏教もキリスト教も、欧米では本来両立しないと考えられたであろうあらゆるものをのみこんで、深い湖のように豊かになっていったのが日本文化である。
6日本語のもともとの出発点にも、日本文化の水のような性質が発揮されている。日本は巨大な中国文化圏の辺境に位置していたために、中国からの影響を絶えず受けていた。7しかし、同じ立場にある他の多くの民族が、自らも漢字を採用するか、あるいは漢字という言語を拒否して独自の言語に留まるかどちらかの選択しか持たなかった中で、日本だけは長い年月をかけて、平仮名、片仮名、音訓読み、漢字かな交じり文という独自の創造的な受け入れ方を生み出した。
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