1「ああっ。」
私は、目を疑いました。石井君の指は、小さな赤べこをつまんでいました。赤べことは、福島県の郷土玩具で、「赤いべこ」つまり、赤い体をした、牛のことです。首が振り子のようにゆらゆらゆれる、とてもユーモラスな格好の牛です。2私の赤べこは、キーホルダーになっています。それをランドセルに下げていました。石井君はふざけて触って遊んでいたのですが、何かの拍子にはずれてしまったようです。いっしょにいたさやかちゃんが、あわててつけ直してくれようとしました。3しかし、赤べこの背中についていた輪っかが折れていて、もうチェーンとつなげることができなくなっていました。石井君は、いつものいたずらぼうずの顔から、びっくりした顔になって、
「ごめん。取れちゃった。」
と言いました。
4この赤べこは、私が一年生のとき、福島のおばあちゃんが送ってくれたものです。私の赤いランドセルにぴったりだったので、一年生のときからずっと、お守り代わりにつけています。私の大事な大事な宝物です。
5でも、私は、石井君がわざと壊したわけではないと知っていました。私は、なるべく明るい言い方で、
「あ、いいよ。これ、たぶんもう古くなっていたんだ。」
と言いました。石井君は、少しほっとした顔になりましたが、もう一度、
「でも、ぼくがひっぱったから……。」
と、小さく言いかけました。6私は、
「いいの、いいの。気にしない。そういう運命だったんだから。」
と、元気に言って、赤べこを手に取りました。
壊れた赤べこに目をやると、赤べこは、のんびりした顔で、手のひらに横たわっています。7じっと見ていると、不思議なことに赤べこが少し笑ったような気がしました。
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