自宅で作文を勉強するコツ(その1)
通信の生徒は自宅で作文を書きますが、そのときのお母様の接し方のコツを説明します。
中学生以上の生徒の場合は、自分の勉強のコツと考えて読んでください。
電話を聞いたら、すぐに始めましょう。
先生からの電話の説明を聞いたあと、
「さあ、夕飯ができたわよ」
これでは、作文は書けません。勉強の時間と夕飯の時間が重ならないようにくふうしましょう。
あるいは、こういう生徒もいると思います。先生からの電話の説明を聞いたあと、
「さあ、テレビでも見てから始めるか」(おい、おい)
テレビはビデオに録画しておいて、あとで見るか、またはテレビ番組に重ならない時間を作文の勉強の時間にあてましょう。
または、こういうケースもあると思います。先生からの電話の説明を聞いたあと、
「あ、今日は、学校から宿題が山ほど出ているんだ」または、「今日は頭が痛いなあ」
その日は、作文は休みにしましょう。ちゃんと計画を立てて、「そのかわり、○月○日の○時から一時間作文の勉強をしよう」と予定を立てられる人はぜひそうしてください。しかし、漠然と「いつか、そのうち、時間のあるときに、気が向いたらやろう」というかたちにするのは、いちばんよくありません。休みにするか、予定を立ててやるかのどちらかです。
自宅での勉強がちゃんとできる生徒は、例外なく、電話のあとすぐに始めています。一度でも例外を作ると、必ず、楽な例外が常態化してきます。
書いたあとの注意はしないこと
作文教育に「熱心」な先生に教わった生徒の多くが作文嫌いになります。熱心に教えている先生には申し訳ないのですが、最初から上手な一握りの生徒だけが作文を好きになり、大多数の生徒は、作文が嫌いになっていきます。
作文指導に「熱心」な先生の教え方の特徴は、(1)上手な生徒の作文をほめること、(2)書いた作文にたくさんの注意をすることです。
(1)の「上手な生徒の作文をほめること」について、子どもの立場に立って想像してみてください。
「Aさんの作文は、こんなに上手でしょ。あなたも、こういう作文を書いてごらんなさい」
これほど、善意で子どもの心を傷つける言葉はありません。
ほかの生徒との比較が励みになるのは、自分の努力次第ですぐにできることについてだけです。作文のように、上達に時間がかかる勉強については、他人との比較はなんの意欲づけにもなりません。
「ほかの生徒の上手な作文を、その子の前でほめない」これが鉄則です。ほめるのは、自分の子どもの作文のよいところだけにしてください。
注意は、「書く前に」たっぷりするもので、「書いたあとに」するものではありません。
犬のしつけで、こういう例があります。
綱を放すとすぐに遠くに行ってしまい、呼んでもなかなかもどってこない犬がいます。
「○○ちゃん(犬の名前)、もどってきなさい。○○ちゃん、こら、○○!」
そして、やっと、その○○ちゃんがもどってきたときに、下手な飼い主はこう言います。
「なんで、すぐにもどってこなかったの。もう、だめでしょ。今度から散歩に連れていかないからね。云々」
上手な飼い主は、こう言います(内心は、腹が立っているが(笑))。
「よく、もどってきたねえ。えらいねえ。いい子ねえ。云々」
つまり、「もどってきた」という行動に対して「叱られた」犬は、これからも、なかなかもどってきません。「もどってきた」という行動に対して「ほめられた」犬は、これから、だんだんすぐにもどってくるようになるでしょう。
作文を書いたあとに、たくさん注意された子は、だんだん書くことがおっくうになってきます。作文を書いたあとに、たくさんほめられた子は、だんだん書くことが好きになってきます。特に、小学校4年生ごろまでは、自己認識をまだ自分の言葉でできずに他人の言葉がそのまま自己評価になる時期ですから、この時期には、いいところをたっぷり認めてあげることが大切です。
欠点を注意するのは、書いたあとではなく、書く前だけです。
第9週の長文の解説
第9週は、題名課題を中心に勉強していきますが、長文の感想文を書きたいという人は、この解説を参考にしてください。
「成長の速い」
(1)タケノコは成長が速い
(2)4月に出たタケノコは6月には成長をやめ、夏の間は光合成の営養を地下茎に貯える
(3)しかし、地下茎の養分は、春に出てくタケノコの半数しか育てられない
(4)人間がタケノコをとるのは、その量が多すぎなければむしろ竹林にとってよいことである
似た話は、タケノコの成長の速さ。あるいは、植物一般の成長の速さ。
意見は、「平等よりも競争の大切さ」又は、「人間社会では、競争よりも平等が大切だ」でもよい。あるいは、「早く成長するためにはしっかりとした貯えが必要だ」「一本のタケノコも多くの竹の営養によって支えられている」など。
名言は、「89、悪いことそのものが……」。全部のタケノコを育てられないという意味では「36、すべてに効くという薬は……」。夏の間に次の世代のための貯えを始めるというところで「60、鼻はだれが見ていなくても……」など。
「人間が機械と」
(1)私たちがロボットに対して持つイメージが、現実のロボット作りにも反映する。
(2)ヨーロッパは奴隷制の歴史を持っているので、ロボットに対してもよいイメージを持っていない。
(3)日本人は、アトムやアラレちゃんに見られるようにロボットに親しみを持っている。
(4)日本人のロボット観は、アニミズムの伝統から来ているとも考えられる。
意見は、ものに人間的な親しみを持つことのよさ。例としては、針供養のように、ものを大切にする姿勢が生まれる。逆に言うと、時には、人間よりも物を大切にすることがある。例としては、アメリカの図書館などでは、本は「読むからこそ傷んだりなくなったりする」と考えるが、日本はそうではない。
名言は、上のアメリカの例で言えば「53、トランプが生きているのは……」。もともとロボットに善悪はなく、その社会が持っているイメージに合わせていろいろなロボット観が生まれるという意味で「74、もともと地上に道はない……」など。