1997年4-6月 第7週号 通算第523号

言葉の森新聞

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  未来の勉強(つづき)

寝食も忘れて勉強するということが自覚的にできるのは、年齢的に中学三年生以降だと思います。それ以前の年齢では、勉強のし過ぎには弊害もあるということを大人たちはもっと考える必要があります。

しかし、同時に心配なことは、今の学校教育のもとでは、学校の勉強だけですませてしまえば、十分な学力がつかないということです。これは不思議なことですが、家庭や塾で補ってあげなければ、ほとんどの子供が、その学年で必要とされる学力をつけられないのです。例えば、学校の勉強だけで、小学校の六年間に習う漢字を全部書けるようになる子供はたぶん一人もいません。家庭学習や学習塾で補わなければ漢字さえ満足に覚えることができないのです。このことは、おおざっぱに言えば、今の学校教育が肝心な幹となるところに重点を置かず、枝葉の部分ばかり広げているということだと思います。これは、国や自治体の教育行政そのものに問題の根があり、しかも、現状では、たぶん早急な解決は望めません。

私たちにできることは、未来の大きな展望に立ち全体の方向を見失わないようにして、学校や塾の不十分な面を家庭で補いつつ、子供たちの勉強を進めていくことだと思います。

  第7週の長文の解説

「モグラは食虫類に」の要約

1、モグラは大量にミミズを食べる。

2、その生活に合わせて前足がシャベルのように進化した。

3、人間の手は、道具を作り出すことによって、高い文化を創造した。

4、意図的に作られた道具を持つことが人間と動物との大きな違いである。

似た例

 人間の作った道具と動物の本来持っている体の特徴を比較してみよう。たとえば、鳥は空を飛ぶが、飛べない人間は飛行機を作った。魚は海に潜るが、潜れない人間はアクアラングを作った。

感想とことわざ

 「人間とは、……」と大きく考えてみよう。または、「道具とは……」と考えてもよい。

 ことわざは、逆の意味で「86、多芸は無芸」。モグラの手は役に立つがそれ以外には使えないという意味で「92、長所は短所」など。「132、もちはもち屋」なども使えそう。

「数年前」の要約

1、目明きは盲人よりも多くのものを見ていると思っているが、盲人は、心の眼でより多くのものを見ることができる。

2、私たちは、誤解を恐れるあまり、言葉を最も定義しやすい意味だけに限定してつかう。

3、一見、荒唐無稽な神話や昔話には、大宇宙との対話を助ける心の眼のようなものがある。

4、生態系にある無駄や無秩序の中には、調和していきるための叡智がある。

似た例

 たとえば、「うらしま太郎が乙姫様からもらった玉手箱を開いておじいさんになる」という話などは、理屈っぽく考えれば、どうしてそんな箱をくれたのかということになる。同じく「犬とサルとキジが次々に桃太郎の家来になる」という話も、よく考えれば、そんな組み合わせは(サーカス団でもないかぎり)日常生活ではまず考えられない。ここに、理屈的な説明では割り切れない昔話の広さがある。

意見と名言

 狭い理屈(自分の利益だけを考えるような立場)と、大きい調和(他人との調和を図ることが大きい目で自分の利益にもつながるという立場)の比較として考えるとよい。一見無駄に見えるものの中にある優しさというところで考えてもよい。たとえば、花の咲く役割は、「受粉させるために昆虫を引き寄せる」というのが普通の考えだが、そういう役割で限定するにはあまりにも多くの無駄がある。桜などは風媒花(風で受粉する花)なので、実は必要性だけで考えればあんなにきれいに咲く必要はない。もしかしたら、人間にお花見をさせてくれるために咲いているのかも(冗談)。

 名言は「23、雑草とは、まだ、その美点が発見されていない植物のことである」「40、存在するものには、よいとか悪いとか言う前にすべてそれなりの理由がある」など。

  国語嫌いは遺伝する?

 母親が国語が苦手だと、子供も苦手になるという傾向があるようです。

 これは、肉体的な遺伝ではなく、文化的な遺伝と考えられるものです。

 国語の苦手な子供には、読書のレベルが易しすぎるということが共通の特徴としてあげられます。中学生や高校生で漫画を面白がって読んでいる生徒は、大体国語が苦手になっていきます。その学年にふさわしい読書をしている子は、漫画には普通ものたりなさを感じるものです。

 同じことはテレビについても言えます。国語の苦手な子は、大体テレビを見過ぎています。

 しかし、子供自身にはなかなかこういうことが自覚できません。自分の読んでいる本のレベルが易しいかどうかということや、テレビを見る時間が長いかどうかということは、本人にはわからないからです。それを指摘できるのは、身近にいる親です。

 けれども、親自身が自分も若いころに難しい本を読んでいないと、子供にどの程度の本を要求するべきかわかりません。そこで、「まあ、どんな本でも何も読まないよりはましだろう」ということで、易しい本を許容するようになってしまいます。

 昔は、社会全体に四書五経のような規範があったので、親が読書の方向を指示しなくても、子供は、年齢に応じてどの程度の本を読んでいくべきか大体の方向を知ることができました。今は、それが、すべて親の肩にかかっているのです。

 易しい本を読みつづけると、確実に国語力は低下します。やわらかいものばかり食べていると歯やあごが丈夫にならないことと同じです。運動しないでねっころがってばかりいれば筋力はつきません。同じように、易しい文章ばかり読んでいれば、それに合わせて頭はどんどん軟化していきます。

 国語の苦手な家庭では、まず、目の前のすぐに手の届くところにある漫画類をかたづけるところから始めるとよいと思います。そのあと、ある程度の難しさのある説明文を中心に、同じ文章を何度もくりかえし読む練習を、勉強と同じぐらいの位置づけでやっていくとよいでしょう。

しかし、実はこれはなかなか難しいことです。というのも、どんな本を読むかということはその家庭の文化的な雰囲気に左右されるので、易しい本を難しい本に切り替えることは、一種の文化革命となるからです。したがって、テレビや漫画を少なくして、難しい読書を多くするというのには、親の一大決心が必要となると思います。

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  学校選びよりも大事な職業選び

 今の子供たちをみていると(親もそうですが)、どの学校に入るかというところまでは非常に細かいことまで偏差値をもとにして考えているのですが、その先のどういう仕事を将来したいかということについては何も考えていないようです。

 父親は自分の会社のことしか知らず、母親は近所のことしか知らず、子供は塾や予備校から出される偏差値情報しか知らず、三者三様に非常に視野の狭いところで学校選びに明け暮れているような気がしてなりません。

 だから、目指す大学に入ったとたんに目標を失い、そのままだらだらと四年間をすごし、就職するときに「自分はいったい何をしたいのか」ということに悩むというケースがかなりあるのだと思います。

 将来の職業にしても、きわめて安易に、「学校の先生になりたい」とか「英語が得意だから通訳にでも」とか「安定した銀行にでも勤めたい」とか「収入が多いから医者に」とか、現実の社会の動きとはかけ離れた夢のようなことを考えていることが多いようです。親も自信がないのか、そのへんは、子供と話し合いを十分せずに、なにしろいい学校に入れば、あとは本人が自分の希望で好きな仕事につくだろう……と逃げているところがかなりあります。

 進路ということでいちばん大切なのは、やはりどういう仕事に就くかということです。その途中のどういう大学に入るか、どういう高校に入るかということは、あくまでも途中の過程です。大きな戦略面を考えず、細かい戦術にばかり血眼(ちまなこ)になるというのは、今の日本の文化状況を典型的に表わしています。

 子供たちの教育を考える場合、私たちは、社会がこれからどういう方向で進み、人がその中でどのように生きていくべきか、という大きなところを考えていく必要があります。もちろん、未来は予測しきれるものではありません。しかし、それはやはり、子供たちよりも人生経験の長い、大人が責任をもって考えていく分野だと思います。

 そこで、私の、ちょっと独断的な職業観ですが。

 まず第一に、社会の矛盾に後ろ向きに立脚した職業には、今後の展望は少ないということです。例えば、医師、教師、弁護士、福祉関係、警察、公務員、軍隊など。これらは、こういう仕事に従事する人が少なくてすめばすむほど、幸福な社会だという意味で、すべて後ろ向きの仕事です。

 しかし、こういう仕事は、世間一般の通念からすると「堅くて安全な仕事」だと思われています。それは、社会の矛盾がなかなか改善されないという点で「堅くて安全」なのです。これらの職業に就くためには、自分なりに使命感を持っている必要があると思います。