1997年7-9月 第12週号 通算第539号

言葉の森新聞

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  第12週は清書です

第12週は清書です。これまでに書いた作文のうち、8月下旬から9月上旬にかけて書いた作文が返却されていると思います。先生のアドバイスを参考に、その中からいちばんよく書けた作文を清書していきましょう。

書き方は、「学習の手引」をよく見てください。

清書用紙(水色の罫線の原稿用紙)の左上に生徒コードを書くことと、1枚目の裏側に学校・学年・名前・住所・電話を書くことを忘れている人がときどきいます。注意しましょう。

  第12週に勉強の様子を保護者に説明します

第12週に、担当の先生から保護者あてに、電話またはハガキで生徒の勉強の様子を説明します。担当の生徒が多い場合などは週がずれることもありますのでご了承ください。

  努力しがいのある勉強を

今の作文教育をひとことで言うと、「みんな、できるだけいい服を着てきなさい。美人コンテストをするから」というようなものです。子供たちは、美人かどうかというのは服で評価するものではないとわかっています。努力に応じた評価がされるという見通しがないとき、子供は努力そのものをあきらめるようになります。

たとえば、作文指導で、書き出しの工夫を同じように説明しても、上手に書ける子と、とってつけたような書き方しかできない子がいます。それは、その子の読書経験による表現力に規定されています。しかし、ここで先生が、上手な書き方のできた子だけによい評価をしていると、そうでない子は次第にやる気をなくしていきます。評価は、それ以前の過去の蓄積から切り離して、「今日の努力を今日評価する」というかたちでなければ子供の意欲にはつながりません。

だから、言葉の森の指導と評価は、次のようにしているのです。「作文の始まりを『かぎかっこ』で始めて、そのあと『なにがどうしました』と書いて、それから『いつどこでなにがどうしました』と書こう」。こういう説明で、実際に書き出しを「かぎかっこ」で書けた子は、「書き出しの工夫」という項目は◎です。

努力のしがいのある指導は、だから大人の目から見ると単純すぎるように見えます。「今日は作文に会話を入れて書こう」などという指導は、非常に表面的で根の浅い指導のように見えるはずです。しかし、こういう単純明快な目標から出発しなければ多くの子供が意欲を持って取り組むような指導をすることはできません。

このような形が十分にできたあとにはじめて、「会話を入れるというのは、そのときの出来事をできるだけ描写的に書くという目的なのだから、しっかり描写ができていれば、会話は特に入っていなくてもいいんだよ」というような内容面の指導もできるようになるのです。

  長文集の中の読めない漢字は

毎日の音読の自習に使う長文集には、読み間違えるおそれのある漢字や固有名詞以外、ルビをふっていません。読めない漢字があるために子供が読んでいてつっかえたときには、お母さんがそのつど教えて読めるようにしてあげてください。

湯川秀樹は、5、6歳のころから、祖父に一文字一文字読み方を教えられて論語を音読する練習をさせられました。意味も何も教えずにただ文字を読んでいくという勉強でしたが、このことが後年、湯川秀樹の読む力の基礎になったと言われています。

読書は、学校で勉強として行なうものではなく、家庭で文化の継承として行なっていくものです。今の小学校では、その学年で習う漢字だけで文章が書いてある教科書を使って読む練習をしています。そのため、子供たちは、自分が習っていない漢字がたくさんある本だと、それだけで敬遠してしまうことがあります。このことが子供たちの読書の範囲を狭いものにしています。

長文集は、全部で8ページです。毎日の自習で、1ページ読むのにかかる時間は5分程度です。お母さんやお父さんがつきっきりで聞いていてもそれほど時間をとる勉強ではありません。子供が読めずにつっかえるところがあったら、その場ですぐに読み方を教えてあげてください。その場合、長文にルビをふるというやり方でなく、漢字を漢字のまま読めるようにしておくとよいと思います。一度教えたものを忘れたら、何度も教えてあげてください。必ずすらすらと読めるようになります。

中学生以上で、お母さんやお父さんに聞くのが恥ずかしいという場合は、担当の先生からの電話説明のときに、読めない漢字や意味のわからない言葉を先生に聞いていきましょう。

8ページ全部を読むのが大変な場合は、その中の数ページだけを徹底して読めるようにするということでもかまいません。その際は、感想文の練習に使う第3週、第7週、第11週の長文を優先して読んでいくとよいと思います。

また、高学年であっても「読めない漢字は自分で辞書で調べなさい」というやり方はとらないようにしてください。辞書を引く勉強は辞書を引く勉強として別に時間を確保して行なっていくもので、長文を読む作業と辞書を引く作業の2種類の作業を一度の勉強の中でさせるのは子供には負担が大きすぎます。

現在、日本で出版物に使われている常用漢字はわずか2000字です。この2000字が読めればどんな本でも新聞でも読むことができるようになります。漢字の書き方は、無理をして学年の先取りをする必要はありません。人より早く習っていない漢字が書けるようになっても得することはありません。しかし、漢字の読み方だけは早く読めるようになればなるほどその子の読書範囲が広がるという大きな得となって表れます。

長文を読む勉強は、国語の学習の中核となるものですから、自習の中でも優先して取り組むようにしていきましょう。

長文をある程度読みなれてくると、退屈してふざけて読むようになることもあります。読む力がある生徒ほど、自分で文章の一部を変えて楽しみながら読む傾向があるようです。しかし、これはあまり目くじらを立てないでください。勉強は真面目に暗く退屈にやるよりも多少脱線しても明るく楽しくやった方が身につきます。子供が脱線しすぎたら、お母さんが明るくにっこり笑いながら「ちゃんと読みなさい」という程度に注意してくださるとよいと思います。

小学校低学年で、「わ」と「は」の区別がよくできなかったり、小さい「っ」を入れる書き方がよくできなかったりする場合は、作文の中で直そうとしてもなかなか直りません。しかし、長文の音読を続けていると、すぐに直ってきます。文章力は、理屈で理解するものではなく、読む力をつける中で身についてくるものだからです。

また、文章がどこかぎくしゃくしているとか、書くスピードが遅いという生徒の場合も、長文の音読をする中で、文章がリズミカルになり、書くスピードが速くなってきます。

語彙や言い回しが単純で深みがないという生徒の場合も、ただ単に上手に書けた子の作文を見せて、「こんなふうに書いてごらん」と言っても、決してそのように書くことはできません。頭で理解することと自分がそのように書けることとは別のことだからです。スポーツでも、上手な人のプレーを見てその技を自分で真似できるのは、すでにかなり力のある人だけです。力をつけるためには、長い単調な反復練習の積み重ねが必要です。長文集をくりかえし読んでいると、その中の表現が自然に自分でも書けるようになってきます。

  蘇生化に向かう運営を

よいものは蘇生化の方向に向かうもので、悪いものは崩壊化の方向に向かうものだというのがEMの原理を発見した比嘉(ひが)さんの主張です。

では、蘇生化とは何かというと、エントロピーを減少させるものだと思います。つまり、自分が吸収した以上の価値を出力することのできるものが蘇生化に向かうものだと言えます。多くの生物の本質は蘇生化です。土中の水分と空中の二酸化炭素から葉を茂らせ花を咲かせ実を実らせる植物は、蘇生化の典型的な例です。

人間の社会は、もう少し複雑です。社会から得た利益に新たな価値をつけて社会に還元する組織は、蘇生化している組織です。社会から得た利益より少ないものを社会に還元しているとしたら、それは崩壊化している組織です。しかし、成長途上にある人間や組織は一時的に、入力が出力より大きい場合があります。また、バブル期の経済や悪徳商法のように、崩壊化に向かう組織が一時的には繁栄することがあります。しかし、大きな目で見れば、社会に利益以上の価値を還元する組織こそがよい組織なのだと思います。

それを、言葉の森にあてはめてみると、生徒や保護者に、かかった費用や時間以上の価値を還元したときにはじめて言葉の森の指導は意味あるものになるのだということです。私(中根)は、残念ながらまだそれは不十分なものであると思っています。

言葉の森の自習を決められたとおりに毎日やっている生徒については、言葉の森の勉強は、かけた費用や時間以上の価値はあると思います。しかし、週に1回教室で作文を書くだけの生徒については、よほど毎回熱心に書かなければ、そうはなりません。

私たちは、もっと多くの生徒が受講料や勉強時間以上の価値を得られるように指導や運営の工夫をしていきたいと思っています。