http://www.mori7.com/ 2000年4月週3号 通算第660号 mori7@mori7.com

言葉の森新聞

文責 中根克明(森川林)

  4.4週は清書です

 次週、4.4週は清書です。これまでに書いた作文の中からじょうずに書けたものを清書します。

  4.3週のヒント(小−中)

小1、2年 4.3週 ●自由(じゆう)な題名(だいめい)

 横浜(よこはま)ではサクラの花がもうちりはじめ、あたらしい緑(みどり)の葉(は)がでようとしています。先週(せんしゅう)は、家族(かぞく)そろってお花見(はなみ)にでかけたところもあるでしょう。自由(じゆう)な題名(だいめい)の話題(わだい)も、戸外(こがい)のものがおおくなってきそうです。作文にかきたい出来事(できごと)があったら、わすれないうちに課題(かだい)フォルダなどにメモをしておきましょう。

小3年 4.3週 ●たびをする草や木のみ(感)

 感想文は、似た話を見つけて書くというところが書きにくいと思います。字数は長く書けなくてもいいですから、次のような順番で書いていきましょう。

 この話(長文)を読んで、いちばんおもろしろかった(ふしぎだった・おどろいた)のは……というところです。

  ↓

 わたしにも、にた話があります。このまえ……(と、自分のにた話を書く)

  ↓

 また、ずっとまえは(お母さんの話では)……(と、にた話をできればもうひとつ書く)

  ↓

 わたしは、この話(長文)を読んで……と思いました。

 にた話が見つからないときは、「もし……だったら」と自分で想像した話をにた話のかわりに書いてもいいでしょう。

 植物の種には旅をするものがたくさんあります。タンポポの綿毛を飛ばして遊んだ人もいるでしょう。秋になると、服にくっついてなかなか取れない草の種も出てきます。そういう種でぶつけっこをして遊んだ人がいるかもしれません。自分では動けない植物の種が、人にくっついたり、鳥に食べられたり、風の力を借りたりして旅行するようすを思い浮かべて、似た話を考えてみましょう。

 先生(森川林)が小学生のころ、よく近くの山で友達と遊んでいました。やぶの中を横切って遊んでいると、服中にアメリカセンダングサの種がつくことがありました。うちに帰ると、先生のお母さんが「あらあら」と言いながら、何百とついている草の種を丹念にひとつずつ取っていたのを思い出します。いま考えると大変だったろうなあ。(^^ゞ

 それから、これは先生ではありませんが、オナモミの種を、髪の毛の長い女の子の頭にからませてなかなか取れないようにして泣かせてしまった人がいました。先生だったかなあ。^^;

 

(「きみじかなのは」は正しくは「きみぢかなのは」ですが、この長文のもとになる本が出版されていた当時は「きみじかなのは」が正しい表記でした。次回の印刷時には、これらの表記も現代風に統一してく予定です。)

小4年 4.3週 ●ミイラ取りがミイラになる(感)

 ミイラが薬になるというのは、すごいですね。本当かなあ? 昔は、今のようにいろいろな薬がなかったから、不思議なものや珍しいものを薬にしたのかもしれません。その中には、現代にも生きているものもあります。みなさんも、おじいちゃんやおばあちゃんから、「これは薬だから」とへんなもの(?)を飲まされたことがありませんか。

 「ミイラ取りがミイラになる」ということわざは、この長文に書いてあるとおり、帰ってこない人をつれもどしに行った人が、自分もそこにとどまってしまうという意味で使われています。公園で遊んでいる弟を迎えにいったお兄ちゃんが、自分もそこで遊び出して、仕方なくお母さんが二人を迎えに行った、などというときに使います。

 感想文の書き方は、つぎのようです。最初に長文の「はじめ・なか・おわり」からそれぞれ一つずつ、合計三つの文を抜き書きをします。その三文抜書きのあと、「この話を読んでいちばんおもしろかったのは……です。ぼくも(わたしも)似た話でこんなことがありました。(この似た話を長く書く)。ぼくは、この話を読んで……と思いました。」という流れで書いていきましょう。似た話が見つからないときは「もし……だったら」と想像した話を書いていきましょう。

 三文抜き書きは、5年生で勉強する要約の練習の準備です。最初は要領がわかりにくいと思います。長文のはじめのほうから一つ、中のほうから一つ、おわりのほうから一つ、と合計三つぐらいの文をそのまま抜き書きしておいてください。(文というのは、「。」から「。」までの間です)

小5年 4.3週 ●べつにすてきなものじゃないし(感)

 内容:(1)くずかごは重んじられていない。(2)私たちは、暮らしというものを「手に入れること」を中心に考えている。(3)しかし、暮らしの姿勢を作るのは「何を手に入れないか」ということだ。(4)大きなくずかごを置けば、生活の姿勢が変わってくる。

 解説:似た例は、ぐっと身近に、「ぼくの机の中もガラクタでいっぱいだ」「もう読まないけど捨てるにはもったいない漫画の山がある」などと考えてみましょう。「何を持っているか」ということより「何を持たないか」ということがその人の生き方を表しているような気がしますね。

 何をどれだけ持っているかということよりもその中身が問題。本当に大切なものだけを大事にして、余分なものはどんどん捨てていくシンプルな生活がこれからは広がっていくのかもしれません。

 昔、まだモノが少ないころは、「私のうちには、テレビも自動車もピアノもあるのよ」などという子がいると、「わあ、すごい。お金持ちでいいね」とうらやましがられたものですが、今は「うちには、パソコンもファクスもプレステ2もあるのよ」と言われても、だれもうらやましがりません(プレステ2は少しうらやましいかな)。それよりも、「うちにはテレビは置いてないの」とか「うちは自動車を持たないの」とか「うちにはエアコンがなくて夏は扇風機なの」なとという家庭があると、「わあ、すごい」と感心されるようになりました。「ある」ことよりも「ない」ことのほうが見直される時代になってきているのです。

 ことわざは、「71、過ぎたるは及ばざるがごとし」「136、山高きがゆえに貴からず」などが使えそうです。

小6年 4.3週 ●読書の楽しみは(感)

 読書の楽しみは、ひとりでいくらでもできる楽しみです。テレビの場合は、「それでは、続きはまた来週(^o^)/」と、いいところでコマーシャルになってしまうことがあります。また、見たい番組があるのにその時間にいないときはビデオで録画しておかなければなりません。海や山に遊びに行くときに、テレビをかついで行くわけにはいきません。それに対して、本はいつでも好きなところで好きなだけ読むことができます。こらこら、だれだ、そこで漫画読んでいるのは。はい、ちゃんと先生の話を聞いてね。

 みなさんも、電車で遠くまででかけるときは、退屈しないように漫画や本を持っていくことがあるでしょう。熱中できる本があれば、時間などすぐにたってしまいます。逆に漫画も本も持たない長時間の旅行は、退屈な時間を持て余してしまいます。

 先生(森川林)のうちでも、夏休みなどに車で遠出をすると、はじめのうちは新鮮な気持ちで、はしゃいでいますが、そのうち退屈してきて「ねえ、まだ着かないの?」「ねえ、まだなの?」「ねえ、……」「うるさいわね! まだだって言っているでしょ!」とお母さんの雷が落ちてくることがあります。車の中での歌やクイズやしりとりにもあきてくると、「しょうがない。近くにセブンイレブンかローソンがあったら、マンガでも買ってこよう。お父さんはビールな(おいおい)」と読書で退屈をしのぐということがあります。

 おもしろい本に出合うと、途中でとまらなくなってしまうこともよくあります。みなさんもよく、夜寝る前に読み出した本がおもしろくて止まらなくなってそのまま朝まで読みつづけてしまったということがあるでしょう。こういうことがあるから、みなさんの自習でも、読書は最初にするのではなく最後にするのがいいのですね。自習の最初に読書をすると、今日も読書でおしまい、あしたも読書でおしまい、ということになりかねません。

 読んだ本が身についていないと、「144、論語読みの論語知らず」となってしまいますが、「89、玉みがかざれば器(き)をなさず」というように、もともといい素質を持っている人でも、本を読んだりいろいろな経験を積んだりして自分をみがいていかなければ、その素質を生かすことはできません。若いときに、いい本をたくさん読んでいきましょう。

 中1年 4.3週 ●いつから世の中が矛盾を(感)

 内容:(1)矛盾にはよいものと悪いものがある。(2)互いに相殺(そうさい)しあう矛盾は悪い矛盾である。(3)しかし論理的な一貫性がありすぎると自家撞着におちいる。(4)芸術は、平面論理を嫌う。

 解説:ありきたりの表現ではつまらない、ということで考えていくとわかりやすいでしょう。例えば「日曜日 今日は休みで うれしいな」などという俳句をおもしろいと思う人はいないでしょう(どこが俳句だ)。友達どうしの話でも、すぐに先が読めてしまうようなあたりまえの会話をしているだけではおもしろくありません。「今日はいい天気だね」「うん、晴れているからね」「明日は雨らしいよ」「じゃあ、天気が悪いね」「うん」「……」。逆に、意外なひねりがあると話も盛り上がります。しかし、ひねりがありすぎると、かえって話がかみ合わなくなる場合もあります。

 第一段落は、「平面的な論理はよくない」という意見で書き、第二段落で「その理由は、平面的な論理ではおもしろみがないからだ」などと理由を書きその実例でふくらませ、第三段落で「また、矛盾を生かすことによって新しい発見や創造があるあるから」などともう一つの理由を書きその実例でふくらませ、第四段落で「確かに、互いに相殺しあう矛盾はよくないが、しかし……」と書き出しの意見に戻ってまとめます。

 名言は、「54、何事もしないものだけが……」「58、人間は求めているかぎり……」などが使えそうです。

中2年 4.3週 ●ラレルは、四つの仕事を(感)

 言葉は、効率のよさを求めて歴史とともに変わっていきます。その変化の背後には、多くの人の支持があります。普段の生活でも、「見れる」「食べれる」「来れる」という言葉はごく普通に使われています。長文の筆者は、言葉の本質は保守的なものだという考えから、「見られる」「食べられる」「来られる」という正しい言葉を使おうと主張しています。言葉にかぎらず、新しいものと古いものの対立はほかにもいろいろありそうです。

 似た話は、「ラレルという言葉」という取り上げられた題材に近いところでさがそうとしても見つかりません。「新しいものと古いものの対立」という、より抽象化された主題でさがしていくのがコツです。そうすると、古いものを捨てようとした「うばすて山」などの話が似た例として思いつきそうでしょう。童話では新美南吉の「おじいさんのランプ」なども似ていますね。

中3年 4.3週 ●人びとが時間に(感)

 内容:人びとが時間に追われるようになったのは、時計が発明されてからだ。さらにテレビ画面に時計が表示されるようになって分刻みの行動が多くなった。しかし、人びとの時間への関心は、時間にとらわれないことにでなく、時間の能率的な使い方に向けられているようだ。

 解説:時間を能率よく使うということも大切だが、時間にとらわれずに過ごすことも必要だ、という意見で書いていきましょう。これまでの長文にも似た話はいくつか出てきましたね。「モモ」(ミヒャエル・エンデ)を読んだ人なら、灰色の男たちの例を考えつくかもしれません。

 名言は、結果ではなく途中の過程が大切だという意味で「61、人が旅行するのは……」。または、「26、時間を作る第一の方法は……」などが使えそうです。

  4.3週のヒント(高大社)

高1年 4.3週 ●何はともあれ(感)

 15秒のコマーシャル音楽と全体がひとつの大きな作品となっているクラッシック音楽の違いを文化の問題として考えてみましょう。

 かつては、芸術や学問のさまざまな分野で「大○○」が支配していました。大思想、大宗教、大論文、大長編小説、巨大戦艦ヤマトなど(これは違うか)。クラッシック音楽のような表現スタイルも、始めがあり終わりがあり全体のテーマがあるという意味で大音楽でした。これらの「大○○」によって、作り手は自身の人生観や世界観を訴えようとし、受け手もその作者の人生観や世界観に共鳴しようとしたものです。ベートーベンの「ジャジャジャジャーン」を聴くと、なぜか「よし、がんばるぞ」という気になってくるでしょう。

 ところが、現代はそのような「大○○」はあまり周囲に見られません。豊かさと忙しさの中で、正面から世界や人生を論じるという姿勢はかえって敬遠されるようになってきました。

 この説明文を、現代の社会の問題に結び付けて「……べきではないか」という意見にまとめてみましょう。「クラッシック音楽が表現していたようなじっくりと傾聴する文化をもっと見直すべきではないか」と書いてもいいですし、その反対に「そのような時代を懐かしむべきではない」と書いてもいいでしょう。その意見のあとに、それを実現するための方法を複数書いていきましょう。

高2年 4.3週 ●現在『子供』の問題が(感)

 問題のある子供がいた場合、専門家は専門的な知識によって、「それは学習障害です」とか「それは自閉症です」などとレッテルをはって済ませてしまいがちです。しかし、肝心の子供を救うのは、そういう専門家の知識ではなく、生身の人間の接触であることが多いものです。

 学校でも、ベテランで知識や経験の豊富な先生のじょうずな授業よりも、新任の先生の試行錯誤の熱心さの方が、子供に与える影響は大きいということをよく聞きます。みなさんにもそういう経験はありませんか。

 子供の問題にかぎらず、広く人間の問題としても考えられそうです。

 話はやや飛躍しますが、先生(森川林)がファイナルファンタジー4に熱中していたころ、最後のゼロムスとの戦いの場面で、倒れた主人公セシルに、仲間の祈りの声がとどく場面があります。「パロムが祈った」「ポロムが祈った」などその祈りの声が次々に届くと、なんと倒れたセシルがもう一度立ち上がってしまうのです。あれは感動的でした。

 昔話では、王子様の口づけで目覚めるお姫様とか、お姫様の愛情でカエルから人間に戻る王子様とか、人間の熱意がものごとを動かす例がいくつかあると思います。

高3年 4.3週 ●分析とは外から見る立場(感)

 内容:分析とは、ものごとをある一つの面からとらえる方法である。また、分析とは、要素への還元でもある。しかし、ユニークなものや刻々と変化するものは分析できない。

 意見:今日の社会問題に結びつけて意見を考えましょう。分析的方法は、科学を発展させるのに大きな効果がありました。しかし、今、その分析的な方法の弊害が指摘されるようになってきています。特に、人間にかかわる分野では、トータルに見る見方の必要性が叫ばれるようになりました。

 私たちも人間を判断するときに、いろいろな分析方法を使います。血液型はAB型で、星座は水瓶座で、動物占いは豚で(そんなのないか)、身長は180センチで、体重は60キロで、出身地は横浜で(なんだか、自分のことを書いているみたいだなあ)、と分析をいくらたくさん積み重ねてもその人の個性というものは出てきません。人間というものは個性的でかつ全体的なものですから、要素に還元してその要素を組み合わせてもいちばん肝心な本質は見えてこないのです。

 また、空中に放り投げた石でしたら、初速度と角度から到達距離を計算できますが、人間として生まれた子供を初速度と角度から(おいおい放り投げるなよ)どういう人生を歩むか計算することはできません。それは人間が生きた主体性を持ったものだからです。

 現代の科学は、しかし、要素に還元する方法によって、生きた人間の本質に迫ろうとしています。ヒトの遺伝子の塩基配列をすべて解明することによって、これまで漠然としかわからなかったものが科学的に説明できるようになりつつあります。

 分析主義の限界と分析の行き過ぎの両方に、将来の問題が考えられそうです。

大社 4.3週 ●基本的にソフトバンクが(感)

 人類の歴史で、産業革命が二度あったと言われています。ひとつは農業革命、もうひとつは工業革命です。現在は第三の産業革命が情報産業の分野で起こっているというのが、孫氏の認識です。

 アメリカの株式バブルがはじけると何度も言われていながら、そのつど持ちこたえているのは、一方でバブルがありながら他方で産業革命が起こりつつあるという二つの逆向きの潮流がからみあっているからでしょう。

 孫氏は、この第三の産業革命で、人のトラフィックを押さえ、金融のトラフィックを押さえ、最後に全産業を押さえるというネット財閥の構想を持っています。

 新しいものが生まれつつある時代は、歴史をふりかえる必要があります。世界史の授業で勉強した、かつての産業革命の歴史を思い出しながら、インターネットによる第三次産業革命の光と陰の部分を論じてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

  光る表現 2000年4月3週号 

トトさん(あれは/小2)の作文より(メグ先生/4.1週)

 おみせの人があけてみると、とくとうでした。そこらじゅうの人たちが「わあ。」といって手をたたきました。そのときわたしは、はずかしかったです。評:くじにあたったのはうれしいけれど、まわりの人たちに注目されてはずかしくなってしまった気持ちがよくわかるよ。

くくりさん(あひた/小3)の作文より(スピカ先生/4.1週)

 (スキーは)風をきってすべり、音楽とともに、リズムをとってすべるところが、気もちがよいから好きです。それに、スキー場は、ゆめのような場しょで、雪が光かがやいてキレイです。 評:とてもきれいでじょうずなひょうげんができたね。そのきもちよさが、よくつたわってくるよ。

えがすきさん(あひめ/小4)の作文より(スピカ先生/4.1週)

 (書き出し)「びゅん。びゅびゅん。」と音がなる二重とび。(略)わたしがれんぞくで二重とびを飛ぶときにいちばんむずかしいと思うところは一回目から二回目にかわるときや二回目から三回目にかわるときとかの「びゅびゅん」のあとにすぐ「びゅびゅん」というふうにすぐやるというところです。 評:二重とびの音をうまく表現した書き出しがじょうずだね。「いちばんむずかしい」ところも、とてもよくわかる。がんばってれんしゅうしてね!

玲奈さん(あらろ/小4)の作文より(洋子先生/4.1週)

 わたしは、ボ−ルがくるたびに、ねこに追いまわされたねずにのように走り回っていた。評:キック。ベ−スボ−ルでの大活躍の様子がたとえを使ってうまく表現できましたね。

あずささん(ありな/小4)の作文より(メグ先生/4.1週)

 (一輪車に乗っていて)私は、ころびそうになった時、いっしゅん、ドキッとして、体があつくなってしいまいました。評:ころびそうになってしまった時のいっしゅんの気持ちが読む人にも伝わってくるね。

キティさん(とあ/小4)の作文より(かつみ先生/4.1週)

 「バトミントン」のどんな所がすきかというと、バトミントンの羽を打つしゅんかんが、気分がよくなって、すきなのです。 評:どんな所がすきかというと・・・という、キーワードの説明をきちんとしているところとてもいいね。パコーンといい音がすると、本当に気持がいいよね。

加恵さん(られ/小4)の作文より(あかね先生/4.1週)

 でも(ボールを)いれたしゅんかんに、終わりのふえがピーとなったので、みんなが真ん中にあつまりました。また負けていたけれど、私はなんとなくだいかつやくをしたような感じがします。(評)ポートボールでゴールを決めた時のうれしさとこうふんが、よく表現できています。

まささん(あうこ/小5)の作文より(ゆり先生/4.1週)

 つくしのあるところに行くとちゅう、おれは、思った。周りのけしきが冬の時とぜんぜんちがっているのだ。冬の時は、木や草は、かれたようにみえてさむかったが、春になると、木は、花をさかせたり、芽をしがらせている。草は青々としげっている。評:ほんの何日かのちがいでけしきも変わるものなんですね。見たことをくわしく書けていますよ。

ザッカルさん(あおぬ/小5)の作文より(きょうこ先生/4.1週)

  「六年の先輩たちの試合を見ていたら、まるで高校野球のようにすごかった。なので僕も野球が上手くなりたい。」とてもすごい先輩たちだったんだね☆ 高校野球みたいだなんてすごいなぁ。耕平くんのおどろきがよく伝わってくるよ☆ すてきな先輩たちを目標に、耕平くんもがんばれ!! 

ともっちさん(あみよ/小5)の作文より(ふじのみや先生/4.1週)

 (バドミントンの)はねは まるで白いにんにくが回転しながら とんできているようです。評:ともっちさんには、あの 羽(シャトルのことね)が、にんにくに見えるんだ!! とても楽しいたとえ表現です。

俊輔さん(あやゆ/小5)の作文より(かつみ先生/4.2週)

 失敗は成功のもとというように、失敗を積み重ねていけばよい。失敗というのは大切なことである。 評:題名のキーワードを使って最後まとめてくれまいした。いいまとめだね。

仁美さん(あよは/小5)の作文より(さかな先生/4.1週)

 何でいつもいつも、きんちょうするのだろうか。たかが、一言算数の答えを言うだけなのに。★評:この書き出しから、あなたの悩みにすっかり引き込まれてしまいました。

藍子さん(あるわ/小5)の作文より(まさみ先生/4.1週)

 この4年間の「いや!」をたった1年間でま法のように消して・・・(省略)。評:「魔法(まほう)が使えたらいいな」って思うことあるよね。でも、今度の水泳で藍子ちゃんに魔法をかけるのは藍子ちゃん自身だから、ちょっと努力もいるかもね。去年21メートル泳げたんだから、今年は25メートルまちがいなしだよ。ファイト!

SIGNALさん(あつえ/小6)の作文より(かつみ先生/4.1週)

 飛び箱で、二十世紀を飛びこえろ! 評:いい題名をつけたね。これは傑作!!お見事!!

佐保さん(あるま/小6)の作文より(まさみ先生/4.1週)

 人間にとって、目標とは、なくてはならないものなのかもしれません。次の目標があるからこそ、がん張っていけるのでしょう。評:そうだよね。目標があるからやる気になるんだよね。何の目標もなくダラダラした毎日をすごしていたら、たった一度の人生もったいないよね。佐保ちゃんも目標を持って、楽しい毎日をすごしてね。

たまごさん(せろ/小6)の作文より(さかな先生/4.1週)

 にがてなものにうちかつということは、ちょうせんすることだと思う。私がこわがったり、あきらめたりすれば、八段という夢のような段数はとべなかったと思う。「好きこそものの上手なれ」で、私は、これでとび箱がとても好きになった。★評:勇気を持って高いとび箱に挑戦して飛べるようになっていった今回の経験から、とても大切なものを学びましたね。そのことが作文全体から感じられましたよ。

 

 

愛さん(ありと/中1)の作文より(まさみ先生/4.1週)

 私は、世界中の人にこの挑戦という言葉がどれだけ大切な事か教えてあげたいぐらいです。評:挑戦することの大切さを愛ちゃんがどれだけ感じているかをうまく表現できていますね。

雄樹さん(あろあ/中1)の作文より(ミルクティ先生/3.4週)

 『友との別れ新たな旅立ち』(結びの段落)類は友を呼ぶ。ぼくは、この三人と一年生からの友達でした。学校はいっしょに行き、クラスが変わってもいっしょに学校に行きました。休み時間はサッカー。部活はいっしょのサッカー部。小中体連では市内三位など…たくさんのじっせきを残しました。その友達とも、もうお別れ。でもこのさみしさをバネにして一歩一歩前進して成長していきたいと思います。<評>ところどころに、名詞で終わる文を入れたので、テンポのある文章になったね。内容も、さみしい気持ちと期待に満ちた気持ちをうまく伝えていますよ。(^o^)v

一道さん(しふ/中1)の作文より(けいこ先生/4.1週)

 人は、挑戦という言葉を盾にして出来もしない事に突っ込んでいくことを、無謀と呼んでいた。(中略)挑戦をするには、それなりの経験が、必要だということだ。 評:無批判に「挑戦」を称えあげることに対して、冷静な見方をしているね。「挑戦」「無謀」を、自分の言葉で定義付けしたのは、うまい方法だ。

たけおさん(あたむ/中2)の作文より(ふじのみや先生/3.1週)

 僕にとって時間とはなにかと聞かれたら、僕は時間とは たりないものだという。評:書き出しの一文が、引き締まった表現で印象的ですね。

優里さん(あまこ/中2)の作文より(まさみ先生/4.1週)

 人間はその喜び(前述.挑戦したものが難しすぎると投げ出したくなっても、その気持ちを乗り越えて完成させた時の喜び)を求めて得体の知れない<何か>に、無意識ながらも挑戦していくものだと思う。評:確かに、毎日「これに挑戦するぞ」と思いながら行動しているわけではないけれど、「今よりもっと・・・」っていう気持ちで、毎日生きているよね。それは、挑戦っていうことなんだね。人間には挑戦する気持ちが生まれながらにあるんだろうね。

たこ星人さん(こむ/中3)の作文より(きょうこ先生/4.1週)

 「僕はなにごとにも挑戦するような人になりたい。そのためにはまず第一に自分に自信を持ち、恥を捨てることだ。...第二に減点主義をなくすことだ。...たしかに挑戦することは無謀で危険だが、挑戦して成功することで自信を増し、新しいことを見つけることができるので挑戦することは良いことだと思う。」完璧な構成だね! 主題にたいしてすばらしい方法を見つけ出してあげられたよね☆ すごく前向きにいろいろなことをがんばれそうだよね☆

MAIさん(いお/高3)の作文より(きょうこ先生/4.1週)

  「挑戦とは自分を向上させる為に行う行為だと私は思う。人間にとって挑戦とは、生きる為の道しるべだと思う。一つ一つ物事に挑戦してゆくにつれて、人は自分が何をしたいのかを見つけ出し、そしてまたそれに向かって日々挑戦し続けてゆくのだ。挑戦に終わりはない。なぜなら生きてゆくこと自体が挑戦することなのだから。」おぉぉ、これはすてきな自作名言の集合だね☆ 失敗し、つまづきながらも、いろいろなことに挑戦して自分の道をつかんでいけるといいよね♪ 

ユウアイさん(ねも/高3)の作文より(かつみ先生/4.2週)

 知識がはしごを作ったのではなく、二階にあがりたいという熱意がはしごをつくったのだ。 評:おもしろい。ちょっと大げさなところがいいね。こういうわかりやすい書き方って大切だよね。お見事!!!