言葉の森新聞2011年6月3週号 通算第1180号
文責 中根克明(森川林)
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■■「言葉の森作文ネットワーク」の理念と方法(2)
人類の歴史には、ある地域のある期間に限定されたものであったとは言え、相対的に豊かで平和な社会が実現した時期がありました。そのときに、昔の人もやはり、進歩と平和の両立という問題を考えてきました。
その解答のひとつとして生まれたのが、カースト制度だと思います。
カースト制度は、社会の中で、「生まれつき」という議論の余地のない理由によって、大多数のイルカのような人生を歩む人と、ごく少数の人間のような人生を生きる人を階層化する仕組みです。この仕組みによって、進歩と平和を両立させることができると、かつて考えた人がいたのです。そして、この考えは、ダーウィンの進化論に影響を受けている欧米の知識人の間では、今でも、最も現実的な解決策だと考えられているように思います。更に言えば、これ以外の選択肢はほとんど考えられていないのです。
カースト制度は、インドの一部の遅れた文化に属する制度なのではありません。人類の未来の社会に待ち受けている可能性なのです。
しかし、今西錦司の棲み分け理論を、知識として知るというよりも実際の生活の中で自然に実践している日本人にとっては、欧米とは別の選択肢も容易に思い浮かびます。そして、日本人は、それを考えるだけでなく、現実の歴史の中で実践してきました。
進歩と平和の両立ということを考えた場合、それを実現する鍵となるものは、制度ではなく、その制度を支えるひとりひとりの個人です。言い換えれば、個人の教育さえ充実していれば、制度の不備は人間の力によってカバーすることができます。
江戸時代、当時の世界最大の都市である江戸の治安を守ったのは、公権力の警察機構や防災機構ではありませんでした。幕藩体制は、多くの無駄を抱えてはいたものの、庶民の生活を守り発展させることに関しては、きわめて低コストで合理的な仕組みになっていたのです。それは、市民の民度が高く、自助努力によって治安や防災や教育の生活基盤が維持、運営されていたからです。
日本の歴史は、欧米の発想とは全く異なる別の解決策を現実の社会の中で驚くほど長期間にわたって実現してきました。それは、(1)社会の構成員のほとんどが知的に向上し成熟していて、(2)しかも、その多くがそれぞれに創造性を発揮して生きていく、という社会です。それが例えば、質的な違いはあるものの、縄文時代の数万年と、江戸時代の数百年だったと言ってもよいでしょう。
日本は、世界の歴史の中でほとんど唯一、独自の方法で進歩と平和を両立させる文化を作り出してきたのです。
そして、これが、未来の社会の姿なのです。
どのように優れた制度であっても、また、どのように予算をかけた運営であっても、国民ひとりひとりの教育水準が高まらないかぎり、安定した社会は生まれません。反対に、国民の文化的水準さえ高ければ、制度も予算も、つまり、法律も警察もほとんど要らない形で豊かな社会生活を実現することができます。日本は、そのような社会を江戸時代に、世界最大の規模と、世界最高の水準で既に実現していました。私たちのすることは、その過去の経験をもう一度思い出すことだけなのです。
理想の未来の社会を作ろうとするときに、欧米では、新しい理論を作り、それを議論をし、さまざまな試行錯誤を行わなければなりません。大多数の国民が合意できる安定した社会の設計図ができるまでの間には、多くの紆余曲折や対立があるはずです。
しかし、日本は、理想の未来の社会を作るために、過去を思い出すだけで済むのです。世界のほかの国でも、そのような理想の社会の萌芽となる時代がいくつもあったはずです。しかし、日本以外の国では、主にその地理的な条件から、異民族の侵入によってしばしば歴史が中断され、その理想の社会を長期間にわたって継続させ発展させることができませんでした。そういう社会が現実に発展したのは日本だけだったのです。
もちろん、古きよき時代は、その古さゆえの制約を持っていたからこそ、当時の歴史状況では世界に影響を与えることはできませんでした。江戸時代に日本に来た欧米人の多くが、その江戸社会の庶民の生活に、深い尊敬と羨望の念を抱きながらも、それが世界史の中では消滅する運命にあると感じていたのは、当時の日本文化がまだ欧米の文化を包み込むほどの普遍性を持っていなかったためです。
しかし、今は違います。現代の日本人の生活のほとんどは、欧米の文化の枠の中で営まれています。だから、私たちがこれからすることは、今の生活を前提にして過去を思い出し、過去を基準にして今の生活を変える、ということなのです。そして、繰り返して言えば、これは、制度や予算の問題ではなく、ただ個人の教育の問題に帰着するのです。
未来の世界の理想となる社会のモデルを提案する役割が、日本にはあります。しかし、そのためには、日本の教育を根本から変えていく必要があります。従来の日本の教育のままでは、未来の社会の建設という仕事を担うことはできません。
その新しい教育の考え方は、大きく言えば、
1、受験の教育から、実力の教育へ
2、学校の教育から、家庭の教育へ
3、点数の教育から、文化の教育へ
4、競争の教育から、独立の教育へ
ということになると思います。(注1)
2の「学校の教育から、家庭の教育へ」というのは、学校が不要だというのではなく、従来の「分業として成り立つサービスに、子供の教育を委託する」という発想から、「地域や家庭の文化として、教育を担う」という発想に切り換えるということです。
これは、教育に限らず、今後の社会の基本的な考え方になります。例えば、治安、防災、医療、福祉、介護、環境整備などのサービスは、これまで、役所が管轄する仕事として考えられていたために、多くの無駄と非効率を生み出していました。
しかし、その無駄と非効率を解決するために民間の効率的なサービスに期待するというのは、過去の古い資本主義的な枠内の考え方です。人間生活の土台となる教育、治安、防災、医療、福祉、介護、環境整備などを民間に委託すれば、その分だけGDPは上がります。しかし、もともとこれらの人間生活の土台は、役所のサービスにも民間サービスにも頼らずに、地域や家庭の文化の中で自然に最適な状態で生活の一部として解決されていたものなのです。そのモデルのひとつが、何度も述べるように江戸時代の文化でした。そして、江戸時代の民間サービスは、もっと高度な文化の創造の方に向けられていたのです。
世界を変えるためには、個人がまず変わっていく必要があります。
これから、私たちがすることは、新しい教育の理念にもとづいた新しい教育の文化を創り出していくことです。これは、小手先の改良ではなく、根本的な改革として行われる必要があります。
だから、当然、教科の枠組みなども大きく変わります。現在の、国語、数学、英語、理科、社会、音楽、美術、家庭、体育という区分も大きく変化する可能性があります。
教育の改革の中で、学年の分け方も大きく変わります。特に、これまで見過ごされがちだったために民間が先行していた幼児教育を、人間の自然の成長の中に正しく位置づけて行っていく必要があります。
また、教育を、サービスとして学校や塾や先生に委託するという発想から、教育を文化として地域と家庭の生活の中で担っていくという発想に大きく切り換える必要があります。
このように、教育におけるあらゆるものが変化する中で、その変化に伴う混乱をできるだけ少なく、しかも、教育のあり方を未来の理想に向かって進めるための羅針盤となるものがあります。
それは、現在の教育と未来の教育の両方に属し、現在の教育と未来の教育の架け橋となるような教科で、それが、作文教育なのです。
作文は、現在の教育において、国語、読解、作文、小論文の教科として、入試の重要科目のひとつとなっています。しかし同時に、作文は、未来の教育の要素も持っています。つまり、作文教育の中で、創造性、自律性、対話性、文化性もまた育てることができるのです。
作文は、国語力もつく、読解力もつく、作文の受験にも役立つ、そして、未来の社会に必要な創造性や人間性を育てることにも役立つという特殊な性格を持つ教科だったのです。
しかし、そのように高度な作文教育を行うためには、従来の方法では不十分です。つまり、いい教材、いい先生、いい教室だけでは、新しい作文教育を担うには力不足なのです。
新しい作文教育を行うためには、その教育の前提となる対話を欠かすことができません。それは、子供と先生との対話、子供と親との対話、親と先生との対話であるとともに、それぞれ、ほかの子供や親や先生との対話も含む、多様なつながりを持った対話となる必要があります。その対話を、日常的に持てる仕組みがあって初めて、作文教育は従来の教育の枠を超えた、現在と未来の教育の架け橋となる役割を持てるのです。
そして、このように未来の教育の方向が明らかになってきた時期にちょうど合わせるかのように、facebook(フェイスブック)というプラットフォームが生まれていました。
未来の社会を担う教育は、これまでは理論の中だけでしか語られていませんでした。しかし、今ようやくその現実の後ろ姿が見えてきました。これから、多くの試行錯誤があるはずですが、新しい教育は着実に進んでいくでしょう。
アメリカが作ったfacebook(フェイスブック)というレールの上を、これから日本の教育文化というコンテンツが走ります。しかし、それは決して日本だけに限定された文化ではありません。世界のモデルとなるような、普遍化された日本の文化です。
日本の力では、facebookのようなプラットフォームは作れなかったでしょう。それは、技術的に作れなかったのではなく、そういう発想がなかったからです。アメリカだからこそ、このような仕組みを現実のシステムとして創造することができました。
同様に、世界のすべての文化には、その国やその民族でなければ創造できない独自の内容があります。だから、日本がこれから世界に貢献する道は、日本の文化を他の世界に押しつけることではありません。日本の中で、世界に通用する理想の社会を黙々と作ることなのです。
そして、そのようにして日本がこれから作り出す新しい教育と新しい社会が、やがて、世界の人々が自分たちの歴史に合った未来の理想社会を考える際の貴重なモデルとなります。
言葉の森は、未来の社会を支える柱を、未来の教育として作り出していく森です。言葉の森作文ネットワークに参加するみなさんの応援によって、これから、日本を守り、発展させ、世界の未来の理想のモデルとなる新しい社会と新しい教育を作るようにがんばっていきたいと思います。
(注1)
1、受験の教育から、実力の教育へ
http://www.mori7.com/index.php?e=1227
2、学校の教育から、家庭の教育へ
http://www.mori7.com/index.php?e=1228
3、点数の教育から、文化の教育へ
http://www.mori7.com/index.php?e=1229
4、競争の教育から、独立の教育へ
http://www.mori7.com/index.php?e=1250
■■言葉の森のfacebookのグループ記事より
言葉の森のfacebookページ「言葉の森作文ネットワーク」では、現在、30以上のグループが運営されています。このグループには、facebookに登録されている方であれば、どなたでも自由に参加できます。
そのグループの記事の中から参考になるものをご紹介します。
■読書の好きな子になる庭
http://www.facebook.com/home.php?sk=group_118437524908264
読書好きな子を育てる方法は、ある意味で簡単です。
1、読み聞かせをして、耳から聞く言葉をたくさん入れておくこと
2、しかし、テレビやビデオのような機械的なものではなく、必ず生身の人間が関与すること
3、大人から見てややくだらないと見えても、子供にとって面白いものを優先すること
4、何しろ毎日読む時間を確保すること
...5、折に触れて、「本を読むのが好きだねえ」と言って、子供に自然な自覚を持たせること
これで、小学校時代は完璧です。
しかし、中学生、高校生の場合は、またちょっと違うと思います。
お母さんから質問がありました。
「小2になる子供が本を読まない。母親が読んできかせてあげるから、自分で読めなくなったのではないか」
ということでした。
これは、逆で、読み聞かせが足りなかったから、自分で読む力が育っていないのです。
こういう子に対しては、
...1、今からでも、親が毎日読み聞かせをする
2、マンガぐらいの易しい面白い本でいいから、毎日読むようにする
ということになります。
低学年の場合は、マンガも読書力にとってプラスになるのです。
毎日の読み聞かせ、大体寝る前に2冊読んでいます。基本娘(年中)の好きなものを持ってこさせていますが、私が選ぶときには少しだけ内容が難しいものを選んで読むようにしています。最近読んであげたは、小学生の時教科書で読んだがまくんとかえるくんのシリーズ。絵が全て内容に合っているわけではないので、最初は戸惑っていましたが、今では大好きになりました。少しだけ背伸びをするような本が欲しいなと思っているので、他に小学1年生くらいを対象としたオモシロイ本があれば知りたいです。
皆さん、読書好きなお子さんばかりで羨ましい・・・わが娘は高1なのですが、恥ずかしながら、読書嫌いなんです。2つ上にもう一人娘がいますが、こちらは本の虫と呼ばれるくらいの本好きです。幼い頃は2人とも同じように読み聞かせをし、図書館にも連れて行きました。なのに、次女が読書をしている姿って見たことないんです(涙) 長女との違いといえば、次女は体育会系、そして国語より数学が好き(つまり理系)。 読書を強制させようとすると不貞腐れます。そして、そのせいか、かなりのボキャ貧です・・・。もう、高校生、これから読書好きにさせるのはやっぱり難しいでしょうか?
初めて投稿させていただきます。
私が読書に関心があるのは、読書によって視野が広がって、いろんな見方ができるようになり、人や物事との付き合い方にも、ひいては世界平和にまでも(大げさ!?)つながると思うことがあるからです。
中3の長男と私は最近前後して『坂の上の雲』にはまっていましたが、先に読み終わった長男に同じ時代の『蒼穹の昴』を勧めてみました。単に、歴史好きだし楽しく読み進められるだろうと思ってのことでしたが、意外な発見が。
「坂の上の雲」では小村寿太郎に"ウドの大木”呼ばわりされていた李鴻章が、「蒼穹の昴」ではかっこいい!と言い、彼は同じものも違う立場から見ると全く反対の評価になることを学んで興味深そうでした。
他にも、「坂の上の雲」の時代の、評価をされなくても責任をひたむきに果たす日本人がかっこいいと思ったようです。全然普段の生活には現れていませんが(苦笑)その思いを忘れないでほしいなと思いました。
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就職と仕事と人生と独立の坂道 親子で遊ぼうワンワンワン 帰国子女の原 高校入試推薦小論文の岸 日本語for外国人の島 教育の丘相談所 子供と語らう Sweets Time 暗唱の小道(ほか。全35グループ)
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