言葉の森新聞2015年9月4週号 通算第1387号
文責 中根克明(森川林)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇創造性を育てる作文・読解・国語◇◆◇◆◇
毎週担当の先生から電話の指導がある続けやすい通信講座
自宅で無料体験学習を受けられます
お申し込みはこちらからどうぞ
https://www.mori7.com/
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
■■12月の学力テストの募集(国内の小6中3生対象)
言葉の森では、小中学生の生徒が自分の実力を把握できるようにするために、4月、8月、12月、1月の3~4回にわたって、家庭でできる全国学力テストを実施しています。
(12月は小6・中3生のみです。受付期間は、9/22~10/14です。)
小1~3は国算、小4~6は国算理社、中1~3は国数英理社で、小4~6と中2~3は、非受験型と受験型のいずれかを選べます。
受験料は、小1~3が2,000円、小4~6が2,600円、中1~3が3,000円で、希望される方は受講料と一緒に引き落とします。参加は自由で、受験する月も自由に選択できます。
全国学力テストですので、お子様が現在学習塾に通われている場合、その塾と同じテストになる可能性もあります。特徴は、学力テストのあとに実力強化問題集としてPal、Paljr、BPalなどの小冊子(A4サイズ)が配られることです。同じ学力テストだった場合は、通われている塾の方の学力テストを優先してくださって結構です。
詳細とお申込みは、ウェブからお願いします。(お電話でも受け付けています。)
http://www.mori7.com/gakute/
■■9月29日(火)・30日(水)は休み
9月29日(火)・30日(水)は、第5週でお休みです。先生からの電話はありません。振替授業もお休みです。
■■第4週は清書。幼稚園生は作文
幼稚園年中と年長の生徒は、第4週も普通の作文を書く練習です。自由な題名で作文を書いてください。
小学1年生以上の生徒は、清書を行います。
清書をしたあと、時間に余裕のある場合は読解問題をしてください。
■清書の意義と方法
清書とは、これまでに書いた作文の中で内容がよかったものを書き直すことです。内容がよいとは、個性、感動、共感などがあるということです。
書き直すときは、次の点に留意してください。
(1)漢字で書けるところは漢字で書く。
(2)たとえや自作名言を工夫できるところがあれば工夫する。
(3)似た話や続きの話を書くことによって字数を増やす。
(4)作文用紙の空いているところに絵などをかいてもよい。
■清書の投稿
清書した作文は、小学生新聞や一般紙などに投稿してみましょう。
手書きの清書の原本を、新聞社に投稿したり、コンクールに応募したりする場合は、清書のコピーの方を先生に送ってください。
新聞社に投稿する際は、作文用紙の欄外又は別紙に次の事項を記載してください。
(1)本名とふりがな(2)学年(3)自宅の住所(4)自宅の電話番号(5)学校名とふりがな(6)学校所在地(町村名までで可)など。
投稿する際は、ペンネームを本名に訂正しておいてください。作文の中に友達の名前が固有名詞で入っている場合は、イニシアルなどに直しておいてください。投稿する作文の内容は、保護者がチェックしてあげてください。
同じものを複数の新聞社やコンクールに送らないようにしてください。これは二重投稿といって、もし両方に掲載されてしまった場合、掲載先に迷惑をかけることになります。
■小学生新聞の投稿先
■104-8433東京都中央区築地3-5-4朝日小学生新聞「ぼくとわたしの作品」係
■100-8051(住所はいりません)毎日小学生新聞「さくひん」係(600字以内)
※清書した作文を投稿しない場合でも、額などに入れて家の中に飾っておきましょう。
■手書き清書の送り方
手書きの清書も作文と同じように先生に送ってください、翌月の1週の作文と一緒に返却します。
■■新学期の教材を発送します
新学期の教材を9月16日(水)~18日(金)に発送する予定です。
国内の生徒で25日になっても届かない場合はご連絡ください。
■■2020年の教育改革に向けて勉強の方向を考える2
勉強の仕方でこれからいちばん変わることは、全部の教科が普通にできるようになることです。文系だから理数は苦手でいいとか、理系だから文学は苦手でいいというわけにはいかなくなります。
そして、勉強は塾や予備校に行って特別に難しいことをやるのではなく、学校で普通にしっかりやればよいという形になっていきます。
勉強が普通にできればよいというところまで落ち着くのと反比例して、いかにその子の個性を伸ばし、楽しい人生を送るかということが、子育ての重点になってきます。
昔は、いい学校、いい会社、いい職業、いい人生のような正解のルートがありました。そして、誰もがそこに殺到したので、受験競争が過熱し、重箱の隅をつつくような奇問難問が出るようになり、その問題に対応して長時間勉強させる塾が増え、勉強しかできない子が増えてきたのです。
これからの社会では、正解のルートはありません。それぞれの子供の個性と社会の情勢に合わせて、一人ひとりが自分のルートを決めていく時代です。
そのために必要なのが全面的な普通の学力と、個性と創造性と意欲と人間性なのです。
昔は、一浪してでも二浪してでも希望の大学に入りたいという人が数多くいました。それで、予備校も繁盛していました。
今はそういう、何が何でも特定の大学や学部に入りたいという人は少なくなっています。それは、子供たちに覇気がなくなったからではありません。苦労してどこかの大学に入っても、その苦労に見合った分だけの将来の展望が見えない気がするからです。
高度経済成長の名残りがある右肩上がりの時代には、いいところに乗れば、そのままエスカレーターで先まで行けるという漠然とした見通しがあるように見えました。
今はそうではありません。
親もまた、子供たちの将来の見通しがわからないので、勉強も、「とりあえずやっておけば損はない」という程度のことしか言えなくなってきているのです。
日本は今世界の最先端を走っています。少子化も、高齢化も、財政赤字も、地方の過疎化も、すべて世界の最先端の問題です。
これまでのように、ヨーロッパのあとを追うような姿勢ではなく、日本が自らの力で切り開かなければ解決できない問題が次々に生まれています。
少し前までは、BRICsのような新興国がこれからの時代の主役になるということが言われていました。
しかし、新興国は主役にはなりません。先進国が先に歩いた道を、あとから走っているだけです。
では、主役は誰かというと、それは新興国、先進国という区分ではなく、ただ新しいものを作り出せる国家と国民です。そして、その最も近いところにいるのが日本なのです。
なぜ日本が主役になるかというと、日本は、他の先進国に比べ、経済格差も知的格差も少なく、普通の国民が優れた能力を持っているからです。
現在日本の特許貿易は、アメリカ、ドイツも含めて、すべての国に対して黒字です。
人のあとからついていくのではなく、人の前を走れる国がこれからの主役になって、世界に貢献することができるのです。
だから、日本の進む方向は、大きく言えば、発明と発見です。わかりやすく技術開発と言ってもいいでしょう。
それは、個人のレベルであっても同様です。
普通の人が、自分の今いる場所の問題に対して、発明や発見という創造で対応していくことが求められくるのです。
その創造が当たれば、それが新しい仕事になることもあります。当たらない場合でも、個性を生かした楽しい人生を送る土台になります。
子供たちの勉強もまた、この大きな方向の中で考えていく必要があります。
これからの子育ては、発明、発見、創造、独立という方向を考えて行う子育てなのです。
■■教育の距離感――天外伺朗さんの「教えないから人が育つ」と、中室牧子さんの「学力の経済学」
天外伺朗さんの「『教えないから人が育つ』横田英毅のリーダー学」を読んでいて、ふと、中室牧子さんの「学力の経済学」という本のことを思い出しました。
天外さんは、本名土井利忠さん。元ソニーの常務で、これまでにCD、ワークステーションNEWS、ロボット犬AIBOなどを開発した人です。
天外さんは、「教えないから人が育つ」の中で、全面的な受容の大切さを述べています。
「学力の経済学」は、データの裏づけによって、何が学力にとってプラスになるのか、あるいはマイナスになるのかを分析した本です。
この本を見ると、例えば、ある程度のご褒美は子供のやる気を引き出し、学力を高めることに結びつくというようなことが書かれています。
この2冊を並べて考えると、教育の距離とか、人間の成長の距離とかいうものが、両者で大きく違っていることがわかります。
昔、和田秀樹さんと森毅さんの教育観の比較を考えたことがあります。
和田さんは、「数学は、わからなかったらすぐに答えを見て、その解答を理解すること」と述べていました。
この方法で勉強すると、誰でも数学が得意になります。大学入試までのレベルの数学は、考える勉強ではなく理解する勉強だからです。
一方、森さんは、それとは反対に、「数学は、答えを見ずに、まず自分で考えること」と述べていました。
森さんと同じ数学者の岡潔さんは、朝起きてから夜寝るまで一つの問題だけを何ヶ月も考え続けていたそうです。
これは、受験の数学ではなく、学問の数学です。
この両者の説は、どちらも正しいのであって、違いは、数学というものの距離をどこまでと考えているかによって表れてくるのです。
同じことは、教育一般についてもあてはまります。
よく教育の逆説ということが言われます。よい環境とよい育て方で、よい子が育つというのは、多くの場合妥当性がありますが、時には、よい環境とよい育て方で、それに反発して悪い子が育つという例もあります。
逆に、悪い環境と悪い育てられ方をバネにして、よい子が育つという例もあるのです。
天外さんの言う全面的な受容というのもそうです。
世の中で活躍している人や、学問で業績を上げている人の中には、親から勉強しろなどと言われたことはないという人が意外と多いのです。
そのかわり、全面的な受容の中で、自分の好きなように成長し、はたから見れば遊びすぎだと思われるような子供時代や学生時代を送ってきたという例が多いのです。
褒めて育てるということは、この全面的な受容というところから考える必要があります。
褒めることを、「褒めてコントロールする」という短い距離の方法として考えると、それは受容とは正反対のものになります。
褒めるというのは、やる気を出させるために褒めるのではなく、自然によいところに目が向いてしまうという、褒める人自身の生き方としての褒めることなのです。
このように生き方として相手を褒めることができる人は、自分自身も受容しています。その受容の根源は、たぶんその人の親から受け継いだものです。
社会に出てから自分なりの人生を楽しく送れる人は、受容性の高い人です。
そこで、教育の距離というものが出てきます。
数ヶ月先のテストでいい点を取るために、ほめたり、叱ったり、うまくコントロールしたりするというのは、短い距離の話です。
そういう距離感も、もちろん少しは必要です。
しかし、もっと大事なのは、その子が将来社会に出たときに、社会の中で自分らしく自信を持って楽しく生きていける人間になってほしいという長い距離感の子育てです。
その長い距離感のもとになるものが、曖昧な概念のようにも見える全面的な受容なのです。
■■受験コースの作文の勉強の仕方
入試に作文の試験を課すところが増えてきました。
言葉の森でも、10月から受験コースに切り換えて勉強する人が多くなります。
受験の目的は合格することですから、先生の評価もよいところを見て褒めること中心から、悪いところを見て直すことも重視するように変わっていきます。
受験作文コースの取り組みで大事なことは三つあります。
第一は、自分らしい個性や感動のある実例を見つけていくことです。
受験コースのそのときどきの課題で、いい実例を見つけていると、それが試験の本番でも応用できるようになります。
実例は、子供が自分で考えるだけでなく、親が似た例を話してあげることも大事です。親の似た例にヒントを得て、子供が更によい例を考えつくということも多いからです。
第二は、深い感想や意見を書く練習をすることです。
作文の課題が、例えば「これまでの学校生活の思い出」のような身近なものであったとしても、身近な話をそのまま書いたのでは、受験用の作文とはなりません。
自分の書いた文章の中に、必ず大きい視点、深い見方、個人の実例を超えたより一般的な考え方というものが必要になってきます。
これは、小学6年生の課題で「一般化の主題」として勉強してきたものです。
ところが、この一般化した感想や意見は、子供にはなかなか見つけにくいものなのです。
それは、その子の日常生活の中で、そういう一般的な話を論じる必要がないために語彙が不足しているからです。
そこで出てくるのが、やはり両親です。
毎回の作文の課題に応じて親子で話をし、そこに親が大人としての大きい見方から話をする機会を増やしていきます。
例えば、「私の友達」というテーマで書く場合は、個々の友人の話を超えて、「友情というもの」について話をするということです。
一般化した、より抽象的な語彙を使えるようになるためには、親子の対話が最も役に立ち、また楽しく続けられるものなのです。(つづく)
----------------------------------------------------
■MagMagからのメールマガジンの登録と削除は下記のページで
(▼ダイジェスト版 マガジンID:0000000226)
https://tinyurl.com/ybkrlw5b
(▼完全版 マガジンID:0000132951)
https://tinyurl.com/yakxr3w3
■これまでの言葉の森新聞は下記のページで
https://www.mori7.com/mori/
■ホームページ
https://www.mori7.com/
■メール
mori@mori7.com