言葉の森新聞2022年9月1週号 通算第1721号
文責 中根克明(森川林)

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■■【重要】9月1週は次学期の進度の参考試験(作文)

 9.1週は、これまでの2ヶ月間の勉強の実力を見て、次の学期からの進度の参考にする実力試験として行います。
 ただし、今学期から受講を開始された方は、実力試験の結果にかかわらず原則として自動進級します。
【課題】 課題はその週の作文又は感想文の課題です。
【評価】 課題フォルダの構成・題材・表現・主題の★印と字数が全部できていることが評価の基準になります。(表現の項目などで二つ以上の項目が指定されている場合はどちらかができていればその項目は◎です)。
 キーワードと字数が採点の基準ですので、指定された字数以上で必要な項目が全部入る作文を書いてください。項目を入れたところには、項目マークを必ず書いておいてください。
【時間】 時間制限はありませんが、参考のためにかかった時間を作文用紙に記録しておいてください。時間は、課題を見てから書き終えるまでの時間です。
【締切】 作文実力試験の提出締切は、8日ポスト投函までです。(郵便に時間がかかるためオンラインでの提出をおすすめします。)


■■作文も、プログラミングも、国語読解も、算数数学も、英語暗唱も、全教科を言葉の森で
●動画:https://youtu.be/A8FgsQneMIE

 保護者懇談会で、総合学力クラスの保護者の方といろいろ話したときに、何人かの方から相談がありました。
「作文を始めたいが、子供に聞くと、総合学力は楽しいから続けたいと言うのです」

 全然、問題ありません。
 両方やればいいのです(笑)。

 今、中学生の生徒で、作文も、国語読解も、英語も、数学も、プログラミングも、何教科も受講している生徒が結構います。
 言葉の森は、将来、学校になるのですから、小1から高3まで、どの教科にも対応しているのです。

 しかも、言葉の森の指導の特徴は、オンライン4人クラスという新しい教育プラットフォームで行っていることです。
 集団一斉指導で、一律の宿題を出し、一斉のテストをして、先生が一方的に講義をするような授業ではありません。
 生徒が自分のペースで勉強して、先生がそれを個別にチェックします。

 例えば、算数数学で、生徒がよくわかっていない問題があった場合、先生は、それを次の週もその次の週も同じようにチェックします。
 すると、みんなできるようになります。

 答えのある問題は、解法を理解すれば誰でもできるようになるのです。
 それが、なぜ算数数学でできない問題が残るかというと、勉強の仕方が根本的に違っているからです。

 子供たちは、できる問題も、できない問題も、一律に同じようにやろうとします。
 学校でも、塾でも、そのように指導します。
 できなかった問題だけを繰り返してできるようにするという指導はまずありません。
 なぜかというと、先生が、生徒に個別に対応することができないからです。

 オンライン4人クラスであれば、先生は一人ひとりの勉強の状況がわかります。
 一方的な講義、一律の宿題、一斉のテストという方法とは、対極の指導ができるのです。

 ところで、個別指導であっても、先生は、安易に生徒に教えることはしません。
 先生が懇切丁寧に説明するのではなく、生徒が自分で考えて理解できるようにするのが先生の仕事です。

 「先生、これがわからないんですけど」と生徒が質問をしたとき、先生はそれをどんなに教えてあげたくても我慢しなければなりません。
 そして、生徒には、次のように言うのです。
「では、今度の授業のときまでに、先生に解き方を教えられるようにしてきてね」
 ほとんどの生徒は、次の授業のときに、嬉々として解き方を説明してくれます。
 こういう勉強法で、みんな成績が上がるのです。

 このように、オンライン4人クラスは、生徒の個別の状態に対応できます。
 更に大事なことは、同じクラスの生徒どうしで、読書紹介や一言発表などの対話と交流の機会があることです。

 子供たちが勉強し、成長し、やがて社会人になったときに残るものは、勉強の内容でも、先生のことでもなく、一緒に勉強した友達のことです。
 長年の勉強生活の中で、勉強友達ができることが、子供たちのいちばんの財産になります。
 だから、言葉の森は、勉強にとっては遠回りのように見えても、どのクラスでも、毎回読書紹介の時間を取るようにしているのです。

 さて、最初の話に戻りますが、新しく何かの勉強をしたいと思ったら、まず体験学習をしてみることです。
 言葉の森の講座には、いろいろありますが、特におすすめなのは、やはり作文クラスの作文です。
 毎週、作文を書くという勉強を、小学1年生から高校3年生まで続けられる教室は、言葉の森以外にはありません。
 この毎週の作文の過程で、親子の対話が生まれ、友達との交流が生まれ、新しいものの考え方を身につけ、考える力と書く力をつけていくのです。


■■勉強を楽しいものとしてさせる工夫が必要
●動画:https://youtu.be/DwTqiwdD0AA

 私のうちの長男が小学1年生のとき、学校から算数の宿題が出ました。
 曲線のマス目で区切られた図がかいてあり、それぞれのマスの中にいろいろな足し算が書かれています。
 その足し算が同じ答えになるものを同じ色で塗るという宿題です。

 子供をみると、ため息をつきながらやっています。
 誰でもできることを作業的にやる宿題ですから、つまらないのです。

 私は、すぐに、「お父さんがやってやるから、おまえは、本でも読んで遊んでな」と言いました。
 子供は、大喜び(笑)。
 宿題は、父が仕上げて、おしまいにしました。

 子供時代に大事なことは、できるだけ楽しい時間を過ごすことです。
 なぜなら、楽しく生きることは、人生の目標だからです。

 私のうちの長男も次男も、小1から言葉の森で作文を書いていました。
 ときどき、何かの都合で欠席することがあります。
 どこかに出かけたり、たまたま風邪を引いたり、その日が休日だったりした場合です。

 そのときも、私は、振替の出席はさせませんでした。
 子供の立場に立ってみれば、何らかの事情があって休んだのですから、それを取り戻すために別の日に振替の出席をすれば、その分、本来自由であった自分の時間が失われます。
 もし、自分が子供だから、そういうことは嫌だと思うと思ったからです。

 もちろん、振替の出席はしていいのです。
 しかし、ごくたまに、何ヶ月も前の欠席を全部調べて、その分をまとめて振替で出席させる保護者の方がいます。
 親は、それで満足かもしれませんが、そういう子供は、将来決して勉強を好きになりません。

 親が、勉強を苦しいものと思ってさせているから、子供も勉強を苦しいものとして受け取ってしまうのです。

 勉強のよくできる子は、勉強を楽しいものとしてやっています。
 それを作るのは、親の姿勢です。
 表面的に面白そうな勉強をさせるというのではありません。
 難しい勉強であっても、楽しいものとしてやらせることができるのです。

 具体的な例として思い出すのは、発明家の中松義郎氏のお母さんについての話です。
 もうひとつは、日本の宇宙ロケットの父と言われる糸川英夫氏のお母さんについての話です。
 この二人の天才の成長は、親の子育ての仕方によるものです。
 その根底にあるのは、親の勉強観だったと思います。


■■不登校なら、言葉の森のオンライン4人クラスで全教科の学習とコミュニケーションの場を
●動画:https://youtu.be/1gVZuxBXMok

 私のうちの次男が小4のとき、ふと、学校に行きたくないと言い出しました。
 理由は、友達が先生に授業中いじめられているのを見るのが苦しいからということでした。

 子供の言うことですから、本当のことはわかりません。
 しかし、次男は心の優しい子で、自分のことは度外視して、人のことを考える性格だったので、そういうことはあり得るだろうと思いました。

 子供が学校に行きたくないと言ったときに、私が最初に思ったことは、「それは、面白いじゃん」ということでした。
 学校に行かずに家で時間を過ごす小学4年生というのは、滅多にいません。
 そういう個性的な選択が、偶然ではあれ、できることは、面白いことだと思ったのです。

 しかし、結局、次男はその後、山村留学というかたちで北海道の学校に行き、そこでしばらく自然を満喫する生活をして、数カ月後、自分の考えで家に戻ってきました。
 その後、仕方なく、もとの学校に戻って普通の小学校生活を送り、普通の中学、高校生活を送り、普通の大学生になり、今は、普通に仕事をしています。

 私自身をふりかえってみると、小学校生活の後半、小学5、6年生のころは、本当に学校は退屈でした。
 いつも、窓の外の校庭を見て、「スズメは自由でいいなあ」と思っていました。
 先生は、とてもいい先生でした。のちに校長先生になりました。
 しかし、私は、授業を聞いているのが退屈で退屈で、教科書の全ページに落書きをしていました。
 唯一、退屈しないのは、テストのときだけでした。

 だから、学校に行きたくない子供の気持ちはよくわかるのです。

 不登校の子の多くは、個性があり、能力もある子です。
 むしろ、そういう子だからこそ、学校に行きたくなくなるのだと思います。

 そういう子は、家でのんびり読書をしたり、自分の好きなことをしたり、プログラミングの学習をしたりしていればいいのです。
 そして、日本中に、そういう同じ子供の仲間はたくさんいるはずです。
 インターネットで、同じ趣味を持つ友達とつながれば、学校など行かなくても何も問題はありません。

 不登校をすすめるわけではありませんが、もし子供が学校に行きたくないと言ったら、親はそれを認めて新しい道を探せばいいのです。
 私は、その道のひとつが、言葉の森のオンライン4人クラスになると思います。
 そこで、自分の個性と学力を伸ばしていけばいいのです。

 学校でする勉強など、たかが知れています。
 自分で1冊の参考書や問題集を読めば、それで学校で勉強するよりもずっと能率のよい勉強ができます。
 そして、そういう個性的な自学自習をしたことが、やがて自分の財産になります。

 大事なことは、不登校を負い目と感じないことです。
 むしろ、不登校は、新しい時代の先端的な意識の現れだと思うことです。
 せっかくの不登校というチャンスを生かして、ほかの人のしないことに挑戦していけばいいのです。


■■不登校で学校に行かないなら、プログラミングと創造発表の勉強を
●動画:https://youtu.be/8NBPP9Tg-w4


 この記事を書こうとしていたとき、ちょうど、学校に行きたくないという小4の子のお母さんから電話がありました。

 学校に行きたくない理由は、別に学校が嫌いなわけではなく、勉強によっては好きなものもあるが、すでにわかっていることを聞くだけの授業はつまらないから行きたくないということでした。
 具体的には、理科や社会の教科のようです。

 それは、誰でも納得すると思います。

 理科と社会は、自分で本を読めばわかることばかりです。
 授業を意味あるものとするためには、各人が研究した成果を発表するようなかたちの授業にする必要があります。
 しかし、それは35人学級の現実では、まずできません。

 この学校教育の根本的な行き詰まりを打開する方法は、オンラインの4~5人のクラスで勉強を行える仕組みを作ることです。
 しかし、学校が変わることは当面は期待できませんから、とりあえずの選択肢は、言葉の森のオンライン4人クラスで、自分が希望する勉強をすることです。

 おすすめするクラスは、プログラミングと創造発表です。
 国語、算数数学、英語などの教科の勉強は、市販の問題集や参考書で間に合います。
 もし、苦手な科目があれば、オンラインクラスで受講すれば済みます。

 大事なことは、自分の生活をうまくコントロールしながら、好きなことをより深める学習をすることです。
 生活のコントロールのためには、朝起きてすぐの時間の使い方が大切です。
 だから、できれば朝8時か9時の授業に参加するといいと思います。

 勉強は長時間やる必要はありません。ひとりでやるのですから、学校の集団授業よりもずっと能率のよい勉強ができるからです。

 ところで、自分の好きなことがないと、無駄に時間を費やすことになります。
 プログラミングと創造発表は、いくらでも時間をかけられる勉強です。
 こういう特定の分野で時間をかけて勉強すれば、それは将来の入試にも生きてきます。

 将来の入試は、今のような知識の詰め込み、解法の丸暗記の反復、短時間で問題を解く訓練ではなく、その子なりの個性と実力によって評価されるようになるからです。

 大事なのは実力ですから、不登校を生かして実力をつけていくことを中心に考えていくといいと思います。


■■「学校 あの不思議な場所」の詩をふと思い出して
●動画:https://youtu.be/3CoC3024_NU

  学校 あの不思議な場所
    茨木のり子

午後の教室に夕日さし
ドイツ語の教科書に夕日さし
頁がやわらかな薔薇いろに染った
若い教師は厳しくて
笑顔をひとつもみせなかった
彼はいつ戦場に向うかもしれず
私たちに古いドイツの民謡を教えていた
時間はゆったり流れていた
時間は緊密にゆったり流れていた
青春というときに
ゆくりなく思い出されるのは 午後の教室
やわらかな薔薇いろに染った教科書の頁
なにが書かれていたのかは
今はすっかり忘れてしまった
 "ぼくたちよりずっと若いひと達が
 なにに妨げられることもなく
 すきな勉強をできるのはいいなァ
 ほんとにいいなァ"
満点の星を眺めながら
脈絡もなくおない年の友人がふっと呟く

学校 あの不思議な場所
校門をくぐりながら蛇蝎のごとく嫌ったところ
飛びたつと
森のようになつかしいところ
今日もあまたの小さな森で
水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう
新しい葡萄酒のように
なにかがごちゃまぜに醗酵したりしているだろう
飛び立つ者たち
自由の小鳥になれ
自由の猛禽になれ

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 茨木のり子さんの詩です。
 わかるなあ。

「蛇蝎のごとく嫌ったところ
 飛びたつと
 森のようになつかしいところ
 今日もあまたの小さな森で
 水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう」

 子供のころを思い出すと、いろいろ理不尽なことはあり、子供だったからそれに敏感だったこともあり、蛇蝎のごとく嫌ったこともありますが、大きく見れば、学校はやはり森のようになつかしいところでした。

 言葉の森のオンラインクラスの運営も、そのようになつかしいところにしていきたいと思います。
 そのためには、勉強の目的を、成績の輪切りの上に行くことではなく、オンリーワンになることに置く必要があります。

 昔、年功序列と終身雇用の時代には、輪切りの輪のひとつでも上に行くことが勉強の目標でした。
 今も、多くの先生は、その昔の意識で子供たちを指導しています。

 しかし、未来は、ベーシックインカムと独立起業の時代になります。
 今はまだ、その萌芽もほとんど見られないかもしれませんが、時代は確実にその方向に向かっています。

 子供たちは、教科の成績の輪切りに収まらない、無限の個性の可能性を誰もが持っています。
 もちろん、これからの個性は学問に裏付けされている必要があります。
 だから、学問の実力をつけることは前提ですが、勉強の目的は、勉強そのものではなく自分の個性を生かして生きていくことなのです。

 言葉の森は、そういう新しい学校のような場所になることを目指しています。

 と書いていてい、ふと「学校ごっこ」という言葉を思い出しました。
 子供たちは、学校はあまり好きではありませんが、学校ごっこという遊びは好きです。
 勉強したり、教えたり、教えられたちということは、本来楽しいものなのでしょう。
 それが、制度として強制されるのでなければ、学校は楽しい場所になるのです。











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