言葉の森新聞2023年11月2週号 通算第1778号
文責 中根克明(森川林)

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■■国語力の不足は、読書不足から――考える力の差は、小学校低学年からの読書に表れている
●動画:https://youtu.be/AHrDWnqypcU

 小学校低学年の方で、「国語力をつけたい」と、国語読解クラスを希望される方がいますが、低学年は、国語読解の勉強をする前にすべきことがたくさんあります。
 その一つが読書です。

 国語読解クラスで勉強する必要があるのは、読解問題が難しくなる小学校高学年から中学生、高校生にかけてです。

 高校生になると、国語読解力は、読解の解き方のコツを理解するだけで大きく変わります。
 それは、高校生では、それなりに読む力がついてくるので、あとは解き方のコツが国語力の差になるからです。

 しかし、高校生でも、読む力には大きな差があります。
 ある程度難しい説明文を読みこなす力がなければ、解き方のコツを理解するだけでは、途中までしか国語の成績は上がりません。

 小学校低学年の話に戻ると、まず、字の多い本を読むことが大切です。
 オンラインクラスの低学年の読書紹介でも、よく絵本や学習まんがを紹介する子がいます。
 絵本や学習まんがは、それなりに面白いものですから、娯楽として読むのはいいのです。
 まんがや図鑑や雑誌や子供新聞も、もちろん娯楽として読むのはいいのです。
 しかし、それは、読書の中には入らないと決めておくことです。

 読書をしていると、読んでいて止まらなくなる本に出合うことがあります。
 それが、読書のいちばんの魅力です。

 また、同じ本や同じ作者の本を何冊も読むというのも、読書の魅力です。
 そういう読み方をする子は、必ず読む力がついてきます。

 これと反対の読み方が、読書をひとつのノルマとして薬を飲むように読む読み方です。
 世の中には、「小学2年生で読む名作」のような本があります。
 読書好きなお母さんやお父さんは、まず、こういう本は子供にすすめないと思います。
 名作のあらすじを知ることと、その中身に感動することは、全く別のことだからです。

 どういう本を読んだらいいかという資料は、言葉の森の読書記録にあります。
 読書記録の学年のところをクリックすると、その学年の子供たちが読んでいる本がずらり並びます。

 例えば、小2の子が読んでいる本は、こういう感じです。(11/2現在588件)
https://www.mori7.com/teraon/ds.php?gakunenn=%E5%B0%8F2

 ここに表れている読書のレベルの差は、今のその子の成績の差ではなく、その子が小学6年生や中学生になったときの成績の差になります。
 しかし、中学生になって本を読まなくなれば、やがて高校生になってその子の成績は下がります。
 成績のために本を読むのでありませんが、成績という言葉がわかりやすいので使っています。

 本当は、説明文の本を読むことによって、考える力がつくのです。
 考える力があれば、数学の難問も、解法を読んで理解することができます。
 読む力がないと、解法が理解できません。
 だから、読書力は、頭をよくする力でもあるのです。

 私は、小学生時代は、勉強よりも読書だと思っています。
 本を読む力さえあれば、勉強はやる気になればすぐにできるようになります。
 そして、何よりも、本を読む力は社会に出てから生きていく力にもつながるのです。


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 言葉の森(中根)は、今後、X(Twitter)での情報発信に力を入れ、日常的に役に立つ情報を発信します。コメントなども自由に受け付けます。
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コミュニティ情報
「塩谷信男さんの「自在力」の方法論を参考に、呼吸と想念の力によって目標を実現します。話題の幅を広げるために、月刊「致知」を参考テキストにします。」

 X(Twitter)のアカウントがあれば、どなたでも参加できます。
 参加退出は自由です。


■■森リンの採点は、「森リン採点」ボタンで――小6以上は86点を目標に。90点以上は東大レベル
 森リン点は、作文を送信したあとに、「森リン採点」のボタンを押すことによって表示されます。
 森リンのプログラムは、作文のプログラムと別なので、送信したあとに、「森リン採点をする必要があるからです。

 森リン採点をあとから入れるには、「山のたより」の題名の右に青い☆印がありますから、それをクリックしてください。
 そうすると、その作文の森リン点が採点されます。

 なお、森リン点は、大学入試の小論文を基準として作られています。
 ですから、論説文は正しく評価が出ますが、生活作文は思考語彙の点数が低くなります。

 小6以上は、高校生と同じ基準で評価しているので、小6以上で86点以上になれば、よく書けていると考えてください。

 なお、高校生で90点以上を時々取れる人は、大学入試の小論文試験では、どこにでも合格圏内に入る実力があります。
 90点以上は、東大レベルと考えておくといいです。

森リン点の解説(1)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(2)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(3)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(4)――高得点の作文はどのようにして書くか
森リン点の解説(5)――高得点の作文はどのようにして書くか


■■勝ち負けの世界は終わり、創造と祭りの世界になる――それから、本当の人間らしい教育が始まる
 昔から、なぜみんな勝ち負けに夢中になるのか疑問に思っていました。
 野球、バスケット、いろいろなコンクール、コンテスト、学校の成績、入試などなど。
 みんな、勝ちでいいではないかと思うのです。

 人間は、勝ち負けでがんばるのではなく、創造でがんばるべきです。
 そして、みんなでお祝いのお祭りをするのです。
 勝って祝賀会ではなく、それぞれが個性的に発表したという祝賀会です。
 そういう世の中がやがて来ると思います。

 しばしば引用する「さかなクン」。
 さかなクンも、この世界に生きているから、勝ち負けに参加することもあります。
 しかし、本当の動機は、勝つことではなく創造を楽しむことにあったはずです。

 勝ち負けがもたらすエネルギーは、恐怖のエネルギーです。
 負けたくないから、勝たなければならなくなるのです。

 今の世界で生きていくためには、勝ち負けのエネルギーをうまく利用することも大切です。
 でも、それがピンとこない人も増えています。

 詩人の工藤直子さんが、先生から受けたアドバイスは、「自分よりひとつ上の人をライバルとして、その人に勝つようにがんばるんだ」。
 それを聞いた工藤さんは、そういう気持ちがわからなかったようです。

 だから、みんな勝ちでいいのです。

 創造発表クラスやプログラミングクラスは、数値の評価がありません。
 作文も、もともと数値の評価はありませんでしたが、目標が見つけやすいように、項目指導をしたり森リン点を基準にしたりしました。
 しかし、本当は、作文はもともと評価のないものです。

 では、どこでがんばるかというと、自分らしい創造の喜びとしてがんばるのです。
 そういう人が、これから増えてくると思います。


■■新しい教育の基準――子供の外にある成績や順位ではなく、子供本人を基準にすること
 教育を評価だと思っている人がいますが、本当は評価ではなく指導です。
 しかし、長年教育に携わっていると、つい教育という仕事が評価だと思ってしまいます。

 評価は目的ではなく、次の指導の出発点です。
 では、何を指導し何を評価するかということです。

 これまでの教育は、子供の外にあるものを評価の基準にしていました。
 例えば、成績、点数、偏差値、順位、受験、結果など。

 これからの教育の評価は、子供の外にあるものではなく、子供本人を基準にします。
 例えば、思考力、創造力、共感力、そして、過程。

 今は、そのちょうど過渡期にあたります。

 過去に足を置きつつも、もう一歩先の足は未来に置いていくのです。


■■7月の森リン大賞(中2の部)――複数の意見と総合化の主題をしっかりまとめている。2つの異なる意見が考えられる場合は、その両者の意見を超える第三の視点が大事。
愛が一番
あおそふ

 日本では小さい子供と話をするときは大抵、敬語では喋らずに赤ちゃん言葉などで会話をする。海外では、言葉は変えずに声のトーンを高くして話しているように感じられる。どちらも、子供の目線にたっての喋り方だが日本語の方がはるかに発展しているように思われる。

 日本人のように子供の目線に合わせた子育ては良い
小さい子供に対して、赤ちゃん言葉を話すことは我が国にとっては今日まで普通にされてきたことである。赤ちゃん言葉は犬は[いぬ]とはいわず「わんわん」など擬態語や擬声語で物事の特徴をとらえて構成されていると私は考察している。日本語は難しいことに聞き手によってその言葉の感じ方は多種多様である。例えば友達を遊びに誘ったときに「ごめん、無理」と返答されたとしよう。用事があって遊べないんだと解釈する人もいれば、相手は私のことが嫌いで断ったと解釈する人もいる。そのような誤解から不安を感じさせないためにも小さい子には赤ちゃん言葉が必要なのである。母と私でデパートに行ったとき、四歳児ぐらいとみられる女の子が泣いていた。母とはぐれたのだろうと一瞬で察知できた。そのときはもちろん赤ちゃん言葉まではいかないが優しい口調で話かけた。安心させるためである。もし、大人とかわす喋り方でしゃべりかけていたとしたら、女の子の不安の解消には繋がらなかっただろう。子育ても同様である。特に自分の意志を泣くことでしか表せない赤ちゃんには子供の目線になることがより大切である。

 一方で、フランス人のように大人と対等な子育てをするのも良い。
 子供の目線に合わせた子育てをしていると依存心の強い子になることが多いように見受けられる。
 自分で物事を判断する能力が衰えてしまうというリスクがどうしても生じてくることがあり得る。その要因の一つは戦後、日本人の依存心が高くなっていることである。「少年H」という本を読んで感じたことだが、親や教師は子供に対して殴ったり、叩いたり、廊下でけじめをつけていたと思う。怒る時はおこる、可愛がるときはかわいがるということだ。赤ちゃん言葉も話していた。だが、虫が教室に入ってきたぐらいで騒いだりしなかった。神経は太かったはずだ。最近では、子供強く怒ると将来に悪影響を与えると考える専門家もいるらしく、子供のお尻をたたくなどは虐待に分類されることもあるらしい。悪意をもって子供を叱ることはそれこそ虐待だが、過保護すぎるのも事実である。今の日本の教育は双方のバランスを考えず、子供がまるでご主人様のような扱いだが、子育てには愛する我が子にも強く叱るときも大切である。

 確かに日本人のように子供の目線に合わせた子育やフランス人のように大人と対等な子育てもそれぞれが全ての過程において大切である。しかし、一番大切なのは我が子に愛を注ぐことだ。子供は様々なことによくも悪くも影響をうけやすい時期である。影響をよくするのには親の愛は欠かせない。私が産まれてから十三年という長さは長く感じるが、両親にとっては一瞬である。「一期一会」という諺があるとおりその一瞬、一瞬を大切に子育てをしてほしいと全国のお父さんお母さんに思う。


■■7月の森リン大賞(中3の部)――所有よりも機能に価値を持つという現代的な生き方の意見。体験実例が具体的で説得力がある。読書好きということがよくわかる作文
ものとの付き合い方
あああさ

 現代技術を特徴づけるのは豊富な工業製品の氾濫であろう。このような技術の持つ問題が、最近しばしば話題になる。とすれば、自然資源を有用な人工物に変換することによって豊かさを達成するという、あたかも自明と考えてきた命題は、多くの矛盾をはらむようになってきたと言わざるを得ない。技術による豊かな社会の実現という視点においては、製品所有は必然的なものではない。製品を所有するかレンタルするかの選択は、現代技術が持つ問題に本質的に影響を与えていく重要な視点である。私は、物の所有にとらわれない生き方をしていきたい。

 そのための方法としては、第一に、物を所有するという行為が最大の価値であると考えないことである。私の友人に、あるアーティストの方を熱心に応援している人がいる。彼女は、その界隈に蔓延するある意識に疑問を持っているそうだ。それは、「グッズを買わなければファンではない」という意識らしい。その友人はまだ学生で、お金を稼ぐことが不可能である。また、彼女はあまりグッズに執着しない人間である。そのため、グッズにかける費用は熟考の上で最小限に抑えているということだった。しかし、あまりにも高頻度で先ほどの言葉を耳にしたり、SNSでグッズを大量購入したことを自慢げに投稿している人を見たりするため、我慢ならず腹が立っているという。確かに、グッズを購入することで売り上げに貢献できたり、一体感が感じられたりといったメリットはあるだろう。応援の気持ちがわかりやすく可視化されるため、満足感を得ることも可能だ。しかし、グッズが原因でファンの間に格差意識が生まれていることは確かに問題である。応援の仕方は人によって様々であり、グッズを購入することが全てではないだろう。CDや雑誌ならば購入以外にも、レンタルという手段もある。それが自分にとって本当に必要なものであるか、購入理由が明確で一貫性があるかよく考えることが大切である。

 第二に、レンタルを習慣化することだ。私は幼い頃から読書が趣味であり、読書量も人一倍であった。しかし家の面積は限られている。欲しい本をその都度購入していては、いつか家が本で溢れかえってしまう。そのため私は、まずは図書館で本を借り、その中でお気に入りと認定した本のみ母に購入を頼むようになった。現在でも私は変わらずに読書家であるが、その習慣のおかげで私の家が本に埋め尽くされる事態は未だに発生していない。現物を購入することに慣れている人からしたら、レンタルに簡単に乗り換えることは困難であろう。しかし、レンタルは今後を十分に考慮した賢い選択であるため、進んで取り入れていくことが大切である。

 確かに、レンタルが可能なものには限りがある。しかし、『限られた人生で、大事なことは、「何をするか」ではなく「何をしないか」である。』という言葉もあるように、私はものの所有のみにこだわらず、レンタルを上手に活用して日々を過ごしていきたいと思う。















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