同窓会の一泊旅行で箱根に行った。帰りは登山電車を乗り降りしながら、ブラブラと箱根峠をくだったが、雨上がりの山の緑はことのほか目にしみた。
下り電車が終点に近い塔ノ沢に止まったとき、またフラリとホームに降りた。観光案内板にあった「阿弥陀寺」の文字に魅(ひ)かれて、進行方向左側の急斜面に挑む。登山電車の音を足元に聞きながら登る石段は、形も間隔(かんかく)もおそろしく不ぞろいで、まるで岩を渡って歩くようだ。崩れかかった参道が数百年の歴史を感じさせ、江戸時代までの箱根路に迷い込んだような錯覚(さっかく)をおぼえる。
周囲の大木は頭上まで枝葉で埋めて、まだ正午前だというのに山中はうす暗い。古寺の参道だから苔(こけ)むした墓石も多く「ピピッ、ピーピー」と鳴く鳥の声までぶきみに聞こえる。ショルダーバッグの重さを肩に感じて進むうちに、大きな山門(さんもん)が現れた。石段ははるか先まで続いているので?中門?だろう。天井や柱に無数のお札が貼りつけられて、そうとう古い建物らしい。時計を見ると、塔ノ沢駅を離れてから15分がすぎていた。
呼吸を整えてさらに登ると、正面に赤い胸当てをつけたかわいらしい地蔵群が並んでいる。石段はここから左折する。道ばたの標識には「阿弥陀寺まであと5分。塔ノ峰まで50分。右・箱根湯元まで20分」とある。立ちどまって一息つくと、耳の後ろを冷たい汗がスーッと落ちた。
驚いたのは、駅から25分ほど登った時だ。突然、視界が明るくなって、右手に舗装(ほそう)道路が現れた。タイムスリップしたような箱根山中のふんいきは一変し、近くの駐車場には白い乗用車が止まっている。前を見ると、ここから先は足元の古道と、新しい舗装道路が並んで登っている。このまま石段を進むか、歩きやすい新道で先を急ぐか、いっとき迷う。そして出した結論は石段。ここで道を変えたら、これまで登ってきた苦労も、古道の風情(ふぜい)もかき消される気がしたからだ。
やがて石の参道がやっと終わると、正面に屋根の緑青(ろくしょう)が美しい本堂があった。浄土宗(じょうどしゅう)阿弥陀寺。登山電車を降りてから、たっぷり30分がたっている。
創建400年というお寺にお参りして帰ろうとすると、ポツリと雨が落ちてきた。カジュアルシューズとはいえ、皮底で荒れ果てた石の参道をおりるのは危ない。こんどは迷わず、滑り止めの横溝を刻んだ舗装参道を一気にくだる。「ベゴニア園」の前にある「阿弥陀寺・登り口」に出ると、看板に「寺まで15分」とあり、そばに自由に使える竹の杖(つえ)が用意されていた。
「なーんだ」という気もしたが、やはり汗をふきふきデコボコ古道を登ってよかったと思う。箱根にはなんども行ったが、歴史を刻む古寺・阿弥陀寺は、私にとって初めての穴場だった。とくに、苔むした石の参道がいい。
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枝 6 / 節 18 / ID 11516 作者コード:ikada
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