先日、モンゴルの民族楽器である馬頭琴の演奏を聞く機会がありました、草原のチェロと言われ、中国の二胡にも似た弦楽器の馬頭琴、みなさんには「スーホの白い馬」でおなじみですよね。楽器の先端に馬の頭の彫刻が飾りつけてあるのがとても印象的です。楽器の弦と弓は馬のしっぽから作られているそうです。本体部分は現在は湿気に強い木製ですが、むかしは馬の骨や皮を使っていたそうですよ。
おりしも今年は日本とモンゴルの外交関係樹立35周年にあたるとのこと。モンゴルの建国800年であった昨年から今年にかけて、テレビでは特集番組があったり、映画ができたりと、ちょっとしたモンゴルブームでした。日経新聞にはモンゴル民族の英雄チンギス・ハンの小説が長い間連載されていましたし、本屋へ行くと、モンゴルやチンギス・ハンに関する本や雑誌が目のつくところにたくさん置かれていました。
その中の一冊を読んでいて、モンゴルの言葉についてのおもしろい記述をみつけました。モンゴル語には、馬の毛色を表す言葉が驚くほど豊富にあるというのです。「全身の毛色や、斑紋(はんもん)や、たてがみの色や、鼻面の斑紋(はんもん)など、日本語や英語で完全に表現しようとすると一行ほどの長さにもなる毛色の区別を、モンゴル語では一語で言える」(学習研究社「チンギス・ハーン大モンゴル“蒼き狼”の覇業」より)のだそうです。
例をあげてみると、こんなかんじです。
ボル : 芦毛 青っぽい白。灰色を中心に白から灰黒まで幅広い色合いを含む。
ゼールド : 栗毛 黄褐色を基調としたもの、うす茶。
フレン : 栃栗毛 黒みがかった黄褐色で、栗毛の中でも濃い茶。
ヘール : 鹿毛 赤褐色を基調とした毛色、こげ茶。尾毛とたてがみは黒。
ボーラル : 粕毛 鹿毛、栗毛系統の原毛色に白が全体に混生する。いわゆるさし毛。
ハリョーン: 白みがかった黄淡色で、たてがみ、尾毛は黒。かわうそという意味。
ホンゴル : 赤っぽい薄黄色で、たてがみ、尾毛は黒。(いわゆる赤い馬)
(など、まだまだ続くのですが、紙面の関係上以下省略します。)
遊牧民族であるモンゴルの人々にとって、馬はなくてはならない存在です。人々は牛、ラクダ、羊やヤギとともに家畜として馬を放牧しながら、馬に乗って狩りをし、馬の乳を発酵させた馬乳酒を飲み、大草原を移動しながら生活します。ツゲの課題で、米が日本の生活において重要な役割を果たしているという長文がありましたが、モンゴルではまさに馬が遊牧民族の生活を支えているのです。財産である何百もの馬を識別するために、モンゴルの人々はこの毛色のほか年齢、体や毛の特徴、性別や駆け方、歩き方までも細かに観察して、分類しているそうです。
日本でも、競馬の馬を識別するときは毛色が基本になり、血統書には必ずその他の特徴などと一緒に記載されます。しかし、モンゴルでは毛色を表す言葉だけで四百あるとも五百あるともいわれ、さらに、その他の分類方法も含めると数は限りがなく、馬を識別することがいかに重要であるかがわかります。馬とともに生活する人々にとって、その健康状態、性質などを図る目安にもなる馬の識別に、言葉がいくらあっても多すぎることはないのですね。生活に必要不可欠であったからこそ、生まれた言葉だったのです。
日本語の毛色は鹿毛、栗毛、河原毛、粕毛、芦毛、月毛など、どれも他の動植物などの色を借りて表現したものです。それに対してモンゴル語は、他の動植物の色彩名から借りたものは少なく、大体が馬の毛色自体が語源ではないかと思われるものがほとんどだそうです。それだけ、モンゴルの人々と馬のかかわりが歴史的にも深いということですね。
「言葉はそれぞれの民族の風土的、歴史的、社会的環境の中で育まれた文化を映す鏡だ」(鯉淵信一「騎馬民族の心」より)といいます。日本語もしかり。言葉の意味や語源を考えながら、大切に使いたいものですね。そして、音楽もまたしかり。馬頭琴のやさしく深く、気高い音色は、まさに、モンゴルの草原で馬とともにある遊牧民族の文化や心を表したものなのだと、改めて思うのでした。
参考文献 学習研究社「チンギス・ハーン大モンゴル“蒼き狼”の覇業」
鯉淵信一「騎馬民族の心」NHKブックス
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枝 6 / 節 16 / ID 11808 作者コード:naruko
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