いよいよ夏休みともなると、読書のチャンスでもありますね。
私は先日、前からすすめられていた『お話を運んだ馬』(I.B.シンガー、岩波少年文庫)という短編集をやっと図書館で借りて読みました。作者は、1978年ノーベル文学賞を受賞したそうです。そしてこの本は、子ども時代の自分のことや、お話好きだった自分が大人たちから聞いた話をもとに書いたものです。
その中の、『お話の名手ナフタリと愛馬スウスの物語』に、味わい深いことばがありました。それは、本をたくさんつめた重い袋を肩に背負って、村から村へ旅をしているおじいさんのことばです。「いちにちが終わると、もう、それはそこにない。いったい、なにが残る。話のほかには残らんのだ。もしも話が語られたり、本が書かれたりしなければ、人間は動物のように生きることになる、その日その日のためだけにな」(p.21)そして、そのおじいさんのように本を売り歩く人になったナフタリに、別の金持ちの老人が友人になってほしい、とまたこう言います。「生きるってことは、結局のところ、なんだろうか。未来は、まだここにはない、そして、それが何をもたらすか、見とおしは立たない。現在は、ほんの一瞬ずつだが、過去はひとつの長い長い物語だ。物語を話すこともせず、聞くこともせぬ人たちは、その瞬間ずつしか生きぬことになる、それではじゅうぶんとは言えない」(p.37)。
ああ、よかった! 私たちはこうして作文やら学級新聞やら書いていますものね。
引用が長くなってしまいましたが、私が書く楽しみを知ってほしい理由が、こんなにわかりやすく書いてあるなんて、と感動してしまったのです。子ども向けの本といっても、いい本は、心で感じていてもどう言葉で伝えていいかわからないことをはっきりと書いてくれているのです。作家という人たちは、それがとても上手な人たちというわけですが、私たちもその一歩をふみ出していることはまちがいありません。
この本の作者シンガーは、ユダヤ人としてポーランドで生まれました。そのあと、二つの世界大戦があり、その間をポーランドのユダヤ人として生きることはどれほどの苦難だったかは、みなさんも想像がつくでしょう。もしつかなければ・・・ぜひこの時代の本を読んでください。私もこの時代生きていたわけでなく、全て本を読むことで、想像しているだけなんですが。いったいに、ヨーロッパの児童文学や若者のための本は、がっちりとして深く苦難をえがいたものが日本より多く見られるような気がします。
ことに、最近読んだ中ですごいと思ったのが、クラウス・コルドンというドイツの作家が書いた『ベルリン1919』『ベルリン1933』『ベルリン1945』(酒寄進一訳・理論社)という三部作です。図書館で一目でも見てください。その分厚さにまず圧倒されます。内容も、この時代に貧しいドイツの一家がどのように政治の嵐にもまれ必死で生き、そして戦争にまきこまれていったかという、硬派でまじめなものです。でも、私はとてもおもしろく夢中で読みました。三作の主人公はみんなつながっているのですが、10代前半の少年や少女で、その心の動きがとてもみずみずしいのです。また、長い話だけに、いろいろな仕掛けもあります。作者も、それを日本語に翻訳した方もすごい力だと感じ入りました。それとともに、いったい何人の日本の若者がこの本に手を出してくれるか・・・と心配にもなりました。あえて、遠いヨーロッパの暗い時代の一家のまじめな話に耳を傾けようとする人は・・・。それにしても、どうしてそういう本があるのか。平和を訴える教訓のためではけして無いと思います。人間は、たまには、まじめな物語にひきこまれることで、心と頭を別世界に飛ばし、「総合化の主題」の課題ではないですが、「一番大事なことは・・・ではないか」とつきつめる芯ができるのではないかと思うのです。・・・が、だれかもっと上手に表現して書いてくれている本がないかしら(笑)。
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枝 6 / 節 14 / ID 12726 作者コード:takeko
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