「脳と音読」(川島隆太+安達達夫著)という本があります。
川島氏の調査によると、音読は脳を活性化する効果があるということです。小学生を対象に、音読を2分間させたあとに、記憶力や空間認知力のテストをしたところ、音読をしないときに比べて20−30%も学力の向上があったそうです。
本を読む場合、能率よく内容を吸収するという点では黙読ですが、頭脳を鍛えるという点では音読の方が効果があるようです。
ところが、何度か音読を繰り返しているうちに、その文章を覚えてしまい、歌を歌うような感じで音読を続けるようになると、今度は逆に脳はリラックス状態になります。
これは、私も簡単な脳波計で実験したことがありますが、単純な言葉を音読で繰り返していると、脳波に急にΘ波が増えてきます。それだけ、脳が休んだ状態になるということなのでしょう。
このように、音読は、最初のうち脳を活性化させますが、同じ文を覚えるぐらいまで読み続けると今度は脳をリラックスさせるようになります。
この活性化とリラックスの度合いが、音読よりも顕著なのが暗唱です。
暗唱をしていると、途中から急に眠くなってきます。50字程度の文章の暗唱では短期記憶がそのまま使えるので眠くなるようなことはありませんが、300字や900字の暗唱になると、脳がフルに活性化されるので、くたびれて眠くなるのだと思います。
ところが、この300字と900字の暗唱がだんだんスムーズにできるようになり、無意識のうちに暗唱を繰り返せるようになると、脳は今度はリラックス状態になります。
こういうことを考えると、暗唱は、音読よりも更に頭をよくする効果があるのではないかと思います。
言葉の森の暗唱法は、手順さえ踏めば、だれでも例外なくできるようになるものですが、その手順を説明せずに暗唱をしてもらうと、暗唱ができるようになるまでのスピードの差に、子供たちの現時点での頭のよさの差が表れているようです。
しかし、暗唱という勉強の長所は、やり方さえわかれば、だれでもできるということです。ということは、頭のよさというものも、生まれつきではなく、やり方によって後天的に育つものだということです。
江戸時代、日本人の識字率は世界最高でした。それも、当時の先進国であるヨーロッパに比べても、比較にもならないほど高水準のものでした。その秘訣は、江戸時代の日本の教育の中心が、文章の音読を中心としたものだったからだと思います。
現代の教育の問題は、問題を解くようなスタイルの、いかにも勉強をしているような形の勉強が多いために、かえって実力がつかないことにあります。
解く勉強と読む勉強を比較すると、解く勉強は点数の差が出やすい面があります。そこで、多くの子が勉強を嫌いになります。できなかったところが×になるという形の勉強は、ほとんどの子にとって面白くないからです。
勉強が面白くなくなる結果、無理に意欲をつけさせるために、今度はテストで競争を煽ることになります。解く勉強、勉強嫌い、テストによる競争は、ひとまとまりのものなのです。
江戸時代の寺子屋が、競争もテストもない中で、なぜあれほどのびのびと子供たちが集まり、しかも日本人の学力を世界最高のものにしたかというと、そこで行われていた勉強が、解く勉強ではなく読む勉強だったからです。
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枝 6 / 節 11 / ID 15102 作者コード:
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