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AI森リン「森リー」
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★4月18日から新しい森リン点になっています。
AI森リン「森リー」
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このところ、ドストエフスキー、ファーブルなどと、二十年以上前に読んだものを、もう一度読み直して、何となく良い気分である。古典とは決して「古いもの」という意味ではない。永遠に新しいものを古典という。時代の流行を代表するような作品は次々に現れ、その時代はたくさんの人に読まれるが、その多くは、いつの間にか消えていく。古典と言えるものでも、ある時代には、なりを潜めているが、別の時代によみがえってもてはやされることがある。作家の気質が時代の気質によく合ったり、そぐわなかったりするからだ。育っていく子供に似て、時代には、気質がむら気に現れるものだ。私はそれを古いという理由で古いものに特別興味があるわけではない。それが、今も生きていて、生きているものが私にあたりかけてくるから耳を傾けるのだ。 確かに、古典が長い間愛され続けてきたのは、それだけ魅力があるからである。僕も、そのことを実感した経験がある。今僕は中学二年生なのだが国語で「徒然草」を勉強している。僕は国語が嫌いでご強化の国語以外では、「5」なのに、国語だけでどう頑張っても「4」でなかなか成績が上がらない。しかしそんな僕が唯一興味を持てる国語の単元は、「古典」なのである。僕が今勉強している、「徒然草」は、今でも大切なことなどがたくさん書いてあって、共感を持てるし、面白い。またつかわれている言葉も今とは違くて、これもまた面白い。やっぱり個展には独特な魅力がある。(古典を読んでいたら、コテンと転ぶ。なんちゃって~‼) しかし、流行になっているものも多くの人を引き付ける。自分はきいたことがなかったが「たまごっち」「ポケベル」などは昔に大流行していたそうだ。いまでも少し前に「タピオカ」「カヌレ」「地球グミ」などが有名になってはあまり聞かなくなってまた新しいものが流行するということが繰り返されている。「かぐや姫」でも美しいかぐや姫を一目見ようとたくさんの男たちが集まった。やっぱり流行している者にも引き付けられる。(はさみを持っている人のギャグは、さみ~!なんちゃって~‼) 確かに、コテンにも流行している者にもそれぞれ良さがある。しかし、一番大事なのは、「自分の心のうちにもっていないものは何一つ自分の財産ではない。」という名言もあるように、コテンを選ぶか流行しているものを選ぶかではなく、本当に自分の心に響くに響くものを見つけていくことである。
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