チョウチンアンコウ
小5 あやゆか(ayayuka)
2025年2月2日
チョウチンアンコウには、上くちびるのすぐ上にせびれから変わったイリシウムとよばれるただ一本のアンテナがある。エスカが発光するのでチョウチンアンコウの名がある。しかしどのようにして光るのかは、長らくだれも知らなかった。連らくを受けて羽根田博士は、チョウチンアンコウが発光する様子をくわしく観察していた。する河わんは発光生物のほうこなのだ。しかし、まだ水族館ではかえないでいる。水族館では魚の回復はできないので、その点が一番弱い。水温も、比重も、水質も、明るさも、調節できるようになった今の水族館で、その課題としてちょう戦するのにチョウチンアンコウはふさわしい相手だ。
わたしの祖父母がかっている犬「茶」は、人間の手助けなしには、何もできなくただねているだけの犬になってしまった。例えば、えさは置いておいても一口も手をつけずに人間がえさをあげるように口のそばまでもっていかないと食べてくれない。他にも、毎年夏は暑いので「茶」の部屋をすずしくさせて一番すずしい部屋にいる。すずしくさせないと、「茶」が熱中しょうになってしまうからだ。しかし、冬になると寒いので部屋を温かくしておいて、かぜをひかないようにする。これは、まるで、もう人間の赤ちゃんのようだ。わたしは、学校から歩いて帰ってきた時に、「茶」のそのすがたをみると、思わずつぶやいてしまう。「気持ちがいい部屋にいていいな。」と。しかし、その言葉をきいても、ねたふりをして知らんぷりだ。今は人間のようにとうにょう病の一歩手前らしい。朱に交われば赤くなる。本当に人間にそまってしまった。
わたしは、この話を読んでいてぎ問に思ったことがある。なぜ、する河わんにはたくさん魚がいるのかということだ。インターネットを使って調べてみると、地形・水・栄養素。これらのめぐまれたかん境によって、する河わんは深海魚を始めとする多様な生物を育むふるさととなっているらしい。する河わんは、日本で一番深いわんだ。だから、深海魚も生きていけるのだ。また、する河わんには、多くの海草が育っている。つまり、エサが豊富なのだ。さらに、水も低がいじできて、栄養がある水らしい。する河わんは、魚にとって天国のような所ではないかと思った。母に聞くと、する河わんは、静岡県にあり、魚がとてもおいしいらしい。いいかん境で、育った魚は、やっぱりおいいしいんだなと思った。その後、母は桜エビとしらすのおいしさを語っていた。花より団子な母だなと思った。
生き物や自然には、まだまだぎ問がたくさんある。する河わんの話も人間が勝手に想像しているだけで、魚は全くちがうことを思っているのかもしれない。しかし、人間がコントロールしている「茶」よりもなぞにみちているする河わんの魚達の方が、よっぽどたくましく、元気なのではないか。やはり生き物は自然の中にいるのが、一番だとわたしは思う。