急いては事をし損じる
   中1 あおらえ(aorae)  2025年2月2日

  新聞を読まないと言い切る人もいれば、高校を読むのが楽しみだという人もいる。新聞を縁日と例えると、論説記事は神主さんの祝詞のようなものであり、経済記事はおみくじのようなもので、政治・社会面においては小屋掛け芝居のようなものである。そうなると一番楽しいのは行間と余白である広告欄であろう。自分が知っているから隠れた意味が明らかになるといった事実は、なるべく宝探しのように、それらしくない所においてあった方が良い。多くの人が、新聞の読書欄というものを大してありがたがらず、本の広告のほうにひそかな楽しみを託そうとするのは、そのような情報の極秘化の欲求の表れかもしれない。だから、行間と余白にさらに目をむけるべきであり、同時に活用していくべきものであると考えている。

 

 行間と余白がなければとても疲れるが、それがあれば余白の部分が記憶に強く残る。説明文などでとても難しい文章が書いてあったとしよう。それは意味のあるものだが、しかし誰も読もうとしないだろう。適度な余白、つまり例えが必要だ。ぼくは受験勉強で塾に通っていた時、十分間の休憩時間に救われていた。また、授業中の取り扱っていることに関連する雑談や先生のジョークは模試の時になって思い出され、連動して問題も解けた。そのため入学試験の際、解き方がわからなければ公式を思い出そうとするのをやめ、記憶の片隅にある先生のジョーク集を引っ張り出して回想し、この問題に関するものはないか、とよく探ったものだ。余白の良さは単に物事を覚えるのではなく、語呂合わせをする過程にも表れるだろう。



 反対に、行間と余白があればパフォーマンスが、それがないときに比べ向上する。ポモドーロテクニックとは二十五分間集中して何かを行い、五分間休憩するというものである。ベレナ・ベッカーとその他の研究者らが二〇一七年に行った研究によると、職場での作業効率の向上などに役立つという結果が出た。具体的には、生産性が最大20%増加し、72%の参加者が集中力の向上を感じ、65%の被験者がストレスの軽減を実感するというもので、また78%の参加者が作業に満足していると答えたそうだ。ポモドーロテクニックという余白を含む方法を使うことにより、一人一人の業績が上がるということが証明された。それは学業に関しても言えることであり、それ以外に関しても言えることであるため、「行間」は大事である。



 しかしながら、パフォーマンスや疲労回復がしたいからとあまりにも休憩をとりすぎるとストレスが逆に増えることが確認されている。また、休息をとると一つ一つにかかる時間も当然増え、ポモドーロテクニックを使って3時間分のことをすると、使わなかったら2時間半に短縮される。だが、「急がば回れ」ということわざがある通り、結局は休息をとったほうが物事は早く終わり、ないときと比べ疲れも減る。また、その余白がおもしろければ面白いほど記憶に残るため、それをうまく活用することもできる。さらに余白がないときと比べストレスを軽減し、集中力を向上させることができるために長期的に見て行間や余白というものは大切である。だから、行間や余白に目を向け、現在よりもさらに活用させるべきである。