言葉の森の作文教室を開いて 浅岡佳代(柏の葉公園教室)
私が言葉の森の教室を開かせてもらったのは2005年の11月です。夫がハワイへ海外転勤となり、ハワイ島ヒロに転居したのがきっかけ。まだその当時は森林プロジェクトはありませんでしたが、中根先生がこころよく了解してくださいました。
2003年から通信教育の講師をしていたので、やり方などは分かっていました。また、ハワイ島には日本の現地校がなく、国語教育の需要があったというのも追い風でした。たくさんの子ども達が来てくれ、長文音読と作文を柱に、やりがいのある仕事ができました。
2010年に帰国してからはまた通信教育の方に戻りましたが、2011年には平行して再び教室を始めました。小さいながらも自分で経営する方がずっと面白かったからです。ちょうど森林プロジェクトも立ち上がり、再スタートにあたって非常に心強かったです。
教室を開いてよかったことは、何と言っても、自分の子供たちが5年半の海外生活にも関わらず、帰国後、日本語の勉強と生活に追いつけたことです。帰国直後は苦労もありましたが、いまは中1、小5の2人とも問題なく日本語の生活になじみ、地元の公立学校に通っています。
小5の次女にはとくに暗唱が役に立ったようです。少し不自然だった日本語が、みるみる正しい日本語に直っていき、ふたたびおしゃべりな女の子になっていったときはほっとしました。時々、うるさすぎることもありますが^^
中1の長女も難しい長文を読み続けたことで、抽象的な思考力がよく育ってきているように思います。これから迎える青年期に向けて、じっくり自分で考えられそうです。また、大人の話にも入ってくることが出来て、本人も楽しいんじゃないかと思います。
でも、何より、いちばんよかったのは私自身にとってです。引越しても新しい土地でいつでも仕事ができる、仕事をすることで子どもを保育園に通わすことができる(現在、いちばん下の子が保育園児)、子ども達の無邪気さに触れることができる、社会人としての意識を持ち続けることが出来る、少しでもいい教え方がないかと工夫できるので、つまらないことを考えずにすむ(笑)などなど。
わが家は夫が超多忙で、両方の両親が遠方に住んでおり、子育てを手伝ってもらうことが難しい状況です。かつ、引越しが多い、となると、ほんとうに身動きが取れません。というよりも、社会との接点を持たずに、家庭にこもるのは、私にとっては少しも人間らしい生活ではありませんでした。そこから、脱却できたのはひとえに言葉の森とこのプロジェクトのおかげです。
ところで、考えてみると、いま、これほどまでに核家族化が進む中、ご主人が忙しく、転勤も多いという女性はとても多いのではないでしょうか。そこに息苦しさを覚えている方々もまた多数いらっしゃると思います。そんな方には言葉の森の教室を開くことを心からおすすめします。もちろん、子どものためにもなりますし!
実際の教室の様子をブログに載せています。これからも、どんどん更新予定ですので、のぞいていただけると嬉しいです。
http://ameblo.jp/naskon/
(教室の様子は「教室日記」に、子ども達の作文は「子どもの言葉」に入っています)