ログイン ログアウト 登録
鳥の村

  
  メールの受信登録

   新規投稿  編集


説明編集
※講師が書いた記事は、参加者にメールで連絡が届き、記事が茶色の文字で表示されます。
 生徒が書いた記事は、参加者にはメールは行かず、記事が黒色の文字で表示されます。
 生徒が書いた記事は、発表室に表示されます。限定表示にすると、先生だけに表示されます。





< 前 | 現在1-15番 | 次 > (全13件)
 
and検索 or検索
このpage 全page検索


元の記事:
無題 (2196字)  aitamu aitanu 2024/08/15 14:11:46 37015   5     

この世の中では世界各地で目をそらしたいほどに見にくい戦争が続いている。なぜ人はこれまでも醜いのか。それは命を奪うからだろう。どんなに善良な心の持ち主でも、蟻一匹のために足を止めるものは少ない。「ヒルは木から落ちてこない」を振り返るとそう思ってしまう。
ここから印象に残った3つの一節とその感想、議論、そしてその結論、見出した考え方を書く。
まず著者はこう述べていた。「この様子を見ていた私はヤマビルを教材にできないかと考え始めていた。何しろ嫌われ者のヒルのことだ。無料でいくらでも手に入るし捕まれば捕まるほど喜ばれる。絶滅すると叱られることもなかろう。こんな素晴らしい素材はなかなか見つからない」
私がヒルという存在を確かなものに認識したのは中学一年の頃だ。山の中のシャクトリムシのようなものに触れてみると吸着力が強く、ぬるっとした感触の不思議な生き物で最初は目の敵にしていたが、今になっては蚊のほうが憎い存在になっている。
 山を歩けばたくさんのヒルに出会える。皆ヒルを恐れるが、そう怖いものでもない。1,2分血が止まらないだけだ。ヒルの使うヒルジンという物質のお陰でいたいとも感じないのだ。まぁそのヒルジンのせいで血が止まらないというのはなんとも皮肉な話なのだが。ヒルの魅力は伝わらないかもしれないが、ヒルジンの麻酔効果が医療時術として注目されている。
 どんなものも面と向き合えばきっと理解できる日が来ると私は感じた。ヒルに面があるのかは少し微妙だが。
次に著者はこう述べていた。「ヒルが木から落ちてこないと実験データを示して主張しているのはヒル研の子供研究員だけである。実験データを見て納得してくれるのはいわゆる理系脳のひとだけで、その他の人は感覚的に理解できないと、納得してくれない
。」私も数多くの発表を聞き、また行ってきたが、その中にはなかなか理解してもらえないものもあった。
 私は4年間にわたりジャコウアゲハという蝶の研究を続けてきた。その中で累代飼育を行った際に昆虫も人間と同じく同じ遺伝子をかけると個体が弱るということがわかった。しかしこの当時私はまだ幼くこの事実について詳しく伝えることができなかったため、なかなか理解してもらえなかった。今では相手が気を悪くしないように語りかけることはできるようになった。何事も発表は聞かないといけない。知は力であり、知ると知らないとでは大きな違いがあることに気付かされたのだった。
 最後に著者は述べていた。「ヒルと人が共生する唯一の道は、この人里は人間が住む場所なので、山に戻りなさい、という環境を作ってやることである。この時使えるのが、乾燥に弱いというヒルの特性であり、薬剤で全滅させようなんていう乱暴な方法は、生態系バランスを狂わせる恐れがあり、決してとってはいけない。」
 どんな人にも嫌いなものはあるだろう。僕は蚊が大嫌いだ。正直、この世から消えても良い存在だと思っている。それと共存しなくてはならないとき、どうするのかというのは難しい。近年世界中でも蚊やダニ、シロアリなどの、害虫の被害に悩まされている。そもそも人間とその他の生物は共存できるか。答えは極端に言うとイエスだ。なぜなら太古から同じ地球を共有しているからだ。ならもし、その中に嫌いな生物がいたら、どうすればうまく共存できるだろうか。様々な考えがあるが、2つに絞って考えていこうと思う。
 1つは、共存したくないときその数を極端に減らし、代わりにそれに変わるものを持ってくるという考え方だ。世の中では、外来種の木を大幅に伐採して、そこに在来種の木を植える、などの活動がある。これは生物学研究者や生物好きからするととんでもないことをしていることになる。今の技術では生物の代用品をつくるなんてどれだけ頑張ってもできない。もともとあった大地がなくなったかのように上に積み重なっていた生態系は崩れていく。これはあまりつかえない手だろう。
 もう一つは本書にも書いてあった通り、共存したくないものを自分から遠ざける方法だ。これはくまにも共通することだ。もとは森にいたクマが食べ物が足りなくなって人里に降りてきているなら、山の環境を良くしてクマが自然に山に戻るようにする。こんな方法だ。これにはデメリットもあるが、メリットもたくさんある。例えばむやみに命を無駄にしないところだ。命を奪うことはその命だけでなく、そこから生まれるはずだった子、そしてそれを捕食しようとしていた動物などのたくさんの命に触れていることと同じことになる。むやみやたらと命を奪う必要はない。この2つの考えを比較すると確実に後者のほうがいいという人がたくさん出てくるだろう。

 しかし、ここで問う。あなたは自分の家にゴキブリが出たら先ほど賛成した意見と同じことができるだろうか。多くの場合、それは難しい。どんなものも、なにかの命を奪ってしまうことがある。それは自然の摂理であり、避けられない現実だ。ただ、意図的に命を奪うこととは別問題だ。たとえそれがどんなに醜く見えようとも、あるいはどれほど邪魔に感じようと、命とは、軽々しく扱うべきものではないのだ。それでも、人はときに自分の都合や感情で、その重さを無視し命を奪うのだ。やはり人間は醜い。でも人間は醜いなりに慈悲の心を持っている。そんなところは人間が誇るべきところだと感じた。



上の記事に対するコメント▼

題名:
    本文が長いときは、フォームに直接書くよりも、書いたものをコピーして貼り付けることをおすすめします。
本文:
名前:名前は本名でなくてかまいません。自由につけてください。
 yy-ak-mo09-00nane の生徒にメール送信
(講師の投稿は、体験を含むクラス生徒にメールとして送られます。)
コード: パス:
   公開 限定 画像は、送信確認をしたあとのページで入れられます。

< 前 | 現在1-15番 | 次 > (全13件)



Online作文教室 言葉の森    鳥の村 管理の鳥 「夏講AI感想文木0900なね」 昨日から 0