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鳥の村


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読書感想文 (1106字)  りく aetoho 2023/08/24 13:34:28 22974

 江戸から甲府の甲州街道、江戸から日光の日光街道、宇都宮から青森の奥州街道。これら全てが日本を支えてくれた優しい道だ。戦争にも役に立った。
 僕が五歳頃アメリカのサンフランシスコに住んでいたことがある。そこのクネクネとした坂のロンバードストリートを車で数分、登ったことがある。僕がロンバードストリートがすごく印象的だったと思った理由は、横にきれいな並木が茂っていたからだ。以前は、この道が路面電車を支えてくれていた。今は、地下鉄が開通しているが、40年目は、路面電車が、1番の交通手段だった。他にも、ロンバードストリートは、太平洋戦争の時、アメリカの兵隊を支えてくれていた。優しくて、すごく歴史のある道であった。ロンバードストリートは、観光客を呼ぶ道でもある。
 道は、ただ何の意味もなく作られたわけではなく、その国の人々が、「国民を支えてくれますように」と願いを込められたものだ。
 自動車や新幹線が発達した昭和時代は、人々は騒音や排気ガスに悩まされていた。それでも、人々は工夫して、歩行者天国や信号機、歩道橋を作った。他にも、新幹線はトンネルや鉄橋を作り、人々の生活に害を与えないようにした。
  僕は、去年の秋ごろ、相鉄いずみの線の20000系のsupervised modelが欲しかった。だが、それは誕生日にもらう予定だ。だから、僕は画用紙で模型のレイアウトを作り、その下にカブトムシを入れた。みるみると画用紙の模型が動き、本物とそっくりにかっこよく走り始めた。カブトムシも僕の悩みに応えてくれたのかもしれない。
 確かに、物事をずっと悩むのは、いいかもしれないが、 ずっと悩んでいても、何も起こらない。悩むより、昭和の人たちみたいに工夫すると良いということがわかった。
 二十世紀の前半には、橋についての戦いがあった。山口県の錦帯橋と山梨県の猿橋がどのくらい丈夫か競争していた。ただ、錦帯橋は車道の上に、猿橋は川の上を通るので、比べられないということになった。
 アメリカに住んでいた時、ゴールデンゲートブリッジを渡ったことがある。1930年代に建設された。ぼくが車でドライブしたとき、赤い鮮やかな色が太陽に照らされていて、とても綺麗で、サンフランシスコ象徴である憧れの橋を渡れてとても嬉しかった。
 橋や道とは単に、人間を支えてくれているものではなく、人間と一緒に歴史を歩んできた大切なものだ。僕たちが普段通っている道にも長い歴史があり、昔の人たちの様々な思いが刻まれているものだとわかった。そしてその昔の人たちの想いを未来に繋げていくのが大切だと思った。僕はこれからも道を大切に思う心を育んでいきたい。



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