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みんなと同じ意見より・・・
イチゴ の広場
GO うみ 中2
 イスラエルを旅していたとき「ここでは全員一致の裁決は採用しないんです
よ。」と聞かされた。ユダヤ教の習慣だ、というような話だったが本当だろう
か。
 
 答えが初めから分かっていることを、わざわざ問いただして全員一致を確認
するケースは『ない』とは言わないが、あまり意味を持たない。だから、こと
さらに採決を求めるのは、別な考え方がありそうなときであり、そうであるに
もかかわらず、裁決の結果、全員一致というのは、ちょっと疑ってみた方がよ
い、という教えだろう。
 
 テレビの時局討論などを聞いていると、司会者が、「イエスかノーかで答え
て下さい。」といっているのに長々と意見を述べる論者が多い。この設問にた
いする答えは「イエス」か「ノー」か、あるいは「この問題にはイエスかノー
かで答えられません」の三つしかないと思うのだが、現実には、どれでもない
ことが圧倒的に多いのである。
 
 私達の生活では、「どちらでも良い」「どちらでも答えられない」というのは
日常茶飯事である。学校の学活で遊びをやるときでも、「外で遊ぶか、中で遊
ぶかどちらが良いですか?」と聞かれても「どちらでも良い」と答える人は必
ずではないが、半分くらいはいるものだ。私もその一人である。遊びなどでは
必ずどちらかにあげる方だが、「〇〇ちゃん好き?」などと聞かれて、どちら
でもないとつい、「ふつう」と答えてしまう。そして、「えー、ふつうは無し
で好きか嫌いかで答えてよ」と言われると、相手のペースに流されてしまう方
だ。
 
 「すべてに効くという薬は、何にも、たいして効かない」という名言がある
ように、みんながみんな同じ意見のときは少し疑ってみた方が良いかもしれな
い。みんなと同じ意見よりも少しは違う意見があった方が良いと思う。
 
 今時の女子高生でもそうである。みんながみんな流行にのって同じ格好をす
るよりも、一人はみんなと違う個性的な人がいた方が良いと思う。きっとその
方が、他の人よりも目立つし自分の意見をしっかり持っている人に見えるだろ
う。
 
 (2.1週の続きです)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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