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狭い世間と広い社会 |
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正博 |
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いえわ |
高3 |
社会は個人から成り立ものとされている。したがって実状はどうであれ、それぞれの個人は、社会の構造、運営、将来について責任をもつものとして意識 |
し、行動していることになっている。しかしながら、このような意識は明治以降に輸入された物であり、現実の日本人の多くは、社会を構成する個人として |
よりも、世間の中にいる、一人の人間として行動している部分のほうが多いのである。 |
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私はどうも昔から人見知りをするほうなようで、初対面の人と話をするというのは苦手だ。自分でも情けないので、出来るだけなおしたいと思うのだが、 |
この性格は自分がずっと「世間」の中で生きてきたからなのかもしれない。 |
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何にでも慣れという物がある。ずっと身内や、身近な友達の中で育った人間は慣れない初対面の人間にたいして身構えてしまうし、逆に初対面の人間と話 |
して仲良くなるということに慣れているという人は、初対面の人に対する対応が特に意識せずに出来るので、人見知りする人間というものが理解できないの |
ではないだろうか。私からすれば羨ましい限りだ。やはり、日本人が国際化によって学ぶことは多いようである。 |
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