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雑談 ウグイス の広場
友里 あむろ 中1

 どちらかといえば、私は、行間と余白の読み手であるのかも知れない。そういう意味で私は、新聞を、月一度とか二度でなく毎日立つ縁日のようなもので
あると見ているふしがある。  

 縁日であるから、やはりそこには、日常生活の時間の流れと異なった、さまざまな偶然の介入があった方がよい。
 

 新聞の中にそうした偶然が潜んでいる空間を探すとすれば、それはやはり、あちこちに散らばっている情報である。
 

 私は、まともな中身より行間の方が大切だと思う。なぜかというと理由は二つあり、一つ目の理由は、行間でのひらめきがあるからだ。例えばうちの学校
では、社会の先生が良く雑談する。内容は色々あるが、そこでひらめきがあるかもしれない。(雑談の内容にもよるが・・・)先生が地理をやっているのに、歴 史の話をしていて「あぁ~、こんな事があったんだぁ~。」と思うかもしれない。確かに、すごく関係ないことが多いかもしれないが、面白いことが多い。  

 二つ目の理由は、中身ばかりではストレスがたまってしまう。かたっくるしい授業よりたまに雑談が入った方がやる気が出る。学校でも、授業よりも間の
休み時間とか、帰り道の方が楽しい。むしろ、それを楽しみに学校へ行っている人の方が多いと思う。「中身ばかりではなくたまには雑談を入れて。」って感 じの先生も良くいるが、「雑談ばっかりじゃなくて、少しは中身を入れて。」という先生もいる。私のまわりには、極端な先生ばっかりだ。その先生達を足し て二で割れば良いなぁ~とたまに思う。  

 確かに、中身は大切だが少しは雑談を入れた方が、みんなの勉強がはかどると思う。先生達もそれを考えて授業を進めていってほしい。
 

 
                                             
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