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ラレル ウグイス の広場
友里 あむろ 中2

 ラレルは、四つの仕事を同時に受け持つ、じつによく働く勤勉な助動詞である。
 

 日本語には、複雑で面倒なものがあって、それが敬語である。そこで「見られる」「来られる」「起きられる」など、正規のラレルに敬語(尊敬)の表現
を任せることにした。その一方で、とりわけ可能の表現をラレルから独立させ、つまりラ抜きのレルにして、「見れる」「来れる」「起きれる」という具合 に表現することにした。  

 古い言葉使いは正しくてよい。例えば、「姥捨て山」だ。その昔話は、ある殿様が「年寄りは必要ないから山に捨てろ。」という命令を出した。その後、
隣の殿様から難問を出され、残っていたおばあさんがその難問を解いたという話だ。このように、古い言葉使いも役に立つ時があると思う。  

 しかし、少し言葉使いが間違っていても、新しい言葉使いの方も良いと思う。なぜなら便利だからだ。例えば、
 

 クラスのみんなに「見られる」「来られる」「起きられる」などの言葉を話したら、(敬語?笑)話がはずまなくなり、変な目で見られそうだ。実際に、古い言葉
使いで、話している人は、私の友達にはいない。  

 だが、一番よいのは、目的に合わせた使い方だ。年上の人(先輩とか)には古い言葉使い。(敬語)同じ学年とか、年下だったら、新しい言葉使い。(普
通に話している言葉)それぞれ使い分けることが一番よいと思う。  

 
                                             
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