先頭ページ 前ページ 次ページ 最終ページ
日本とアメリカ アジサイの広場
TERUふり中3 私は、約五年間アメリカで生活したことがある。当たり前だが、日本の文化とアメリカの文化はかなりの違いがある。私は小さい頃にそこで育った ため、アメリカでの生活のほうに慣れてしまっていた。そのため、日本に帰国してからはここの文化を学んだり、慣れたりしていた。私自身がアメ リカと日本の違いを大きく感じたのは「学校」だった。  

 アメリカでの学校生活はとにかく楽しいというイメージだった。授業は先生だけで作っていくのではなく、自分たちの手で作っていった。教科書
はほとんど使わず、とにかくみんなで議論しながら考える力をつけていた。なぜこうゆう答えになるのか、なぜこんなことが起こるのか。先生はす ぐに答えを言わずに、まずはみんなで考えるのだ。こういう授業は、前はあまり感じなかったが、ものすごく力がついたのではと思う。それに、た だ先生の授業を聞くというだけではないので、すごく授業一つ一つが楽しかった。姉はアメリカの中学校に行っていたが、中学校でもこのような感 じだったと聞いた。  

 こんな環境に慣れてしまった私は、日本の学校での授業は本当につまらなく感じてしまった。日本の授業ではみんなで議論をするということが少
ないのではと思う。それに、先生がずっと授業を進めていくだけで、本当にこれで学んでいるというのか、と感じてしまうことが多い。  

 このように、私はアメリカの文化と深く関わってしまったため、「アメリカではこうだったのに、日本では…」という発言が多い。私は、これは
あまり友達などにはいわないようにしている。他の人はそれが普通となって生活しているのだから、私がそんなことを言ってしまっては、きっと気 分を悪くするだろう。  

 しかし、よく考えてみると、もし日本の政府がアメリカの真似をしようと、アメリカの文化の多くを取り入れてしまったら、日本独特の文化が失
ってしまわれるのではないか。参考にしたりするのはいいと思うが、またそれを日本独有のものにしなくてはならないと思う。  

 これは日常生活でも言えることだ。私は学級委員をやっている。委員会の話し合いで、物事を決めるとき、相手の意見もちゃんと聞き、そしてさ
らに自分の意見をはっきり述べるようにしなくてはならない。相手の意見をただ聞いて「それでいいと思います」では、それでは学級委員としての 務めを果たしたとは言えない。しっかり自分の意見を持たなくては話し合いにはならない。  

 とにかく、大切なのは、日本は国際化を進めるのはいいと思うが、それでも日本の伝統、日本の文化の素晴らしさを失わないようにしていかなく
てはならない。それでなければ、日本はそのうち欧米のコピーのようなものになってしまう。そうならないためにも、日本はもう一度、日本の文化 を見つめなおす必要があるのではと思う。私も、日本の文化について、これからも学んでいき、日本の伝統を愛せるようになりたいと思う。  

 
                                           
ホームページ