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清書:言葉の変化 イチゴの広場
しっぽほし中1

 最近、同じ言葉でも、言葉の語源と今使っている言葉の意味とではあわないことがある。例えば、つり皮は昔、皮製であったからつり皮なのだが
、今ではすっかりビニール製になっている。だから、「つりビニール」といわなければならないのだろうか。私はその必要はないと思う。  

 まず第一の理由に、一つのものの名前が頻繁に変わるかもしれないからだ。つり皮がつりビニールになり、次にゴム製になったら、今度は「つり
ゴム」などとわけのわからない名前に変えなければならない。そして、第二の理由に、地域ごとに言葉の差が出てきてしまうからだ。  

 つり皮はいつの時代もつり皮だ。語源と材料、形が一致しなくても、つり皮はつり皮なのだ。確かに、ビニールでつくられているつり皮をつりビ
ニールと言えば、わかりやすい。しかし、それでは新しい言葉は得られるが、失うものもある。どんどん言葉を失っていったら、今まで私たちの先 祖が築いてきた昔ながらの文化などが何年もたつと忘れ去られてしまいそうな気がする。私は新しい言葉を生み出すことも大切だと思うが、今まで のものともうまくバランスを保つことも大切だと思う。  

 
                                                   
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