インドでは |
オナガ | の | 村 | の広場 |
でこはげ | / | かな | 小6 |
インドでは方々の町角で自転車の修理屋を見掛けた。間口一間くらいの新品自 |
転車など一つも置いていない。寄せ集めの中古部品ばかりごたごたに重なって |
いる小さな店である。そこに持ち込まれるのも、いかにも実用品といった、さ |
んざん使い古した代物だ。そこでパンク直し、部品交換をし、また雑踏の街中 |
へ走って行く。自転車はインドでは貴重品であり、日常生活の重要な道具だか |
ら、そうゆう店はどこでも流行っていた。 |
靴でも自転車でも、タクシーでもバスでも、インドでは、実際徹底的に、修 |
理しとことんまで使い切るらしかった。インドを一月ほど旅行しているあいだ |
じゅう、かんがえさせられたのは、にんげんは、生きるために、本当は何を必 |
要とするかと言う事だった。快適な生活の追求はしばしば贅沢と域を接し、人 |
間に本来の姿を忘れさせるのではあるまいか。ともかく現代日本人がおごって |
るのは確かなようである。 |
私はこの前、家に帰る途中の坂で自転車を見つけた。紫色の泥よけカバーの |
ついたまだつかえそうなやつである。乗ってみたらギコギコと言う音もしなか |
ったし、ペダルも動いた。もらっちまうかと思ったがやっぱりやめた。なんで |
何万円もする自転車をどぶの中に捨てるんだろうと思った。 |
ほかにもいろいろな場所で、捨て自転車を見つけた。その中には、鍵が開か |
なくなったもの。(切ればいいのに・・)ブレーキがかからなくなったもの(なん |
とかなるのだが・・)ペダルがはずれたもの(乗れることは乗れる)ただ単に捨 |
てたもの(信じられん)などがあった。買ったのに壊れてもいないのに捨ててし |
まうのではまるで宝の持ち腐れ、鉄とゴムと金などの無駄づかいである。 |
そういう人には自転車を使う資格はないなぁと思った |