現代の科学技術の |
アジサイ | の | 丘 | の広場 |
T.O | / | いう | 高3 |
現代の科学技術の一つである電気的な通信手段が、自分よりはるか遠隔のと |
ころに存在している事象をテレビジョンを通して見ることを可能にした。しか |
し、それらはあくまでメディアの手を加えた「コピー」であって決してオリジ |
ナルには届かない。私たちはこのような擬似的な情報を日々収集して、何気な |
く他の世界の全貌を知ったような気分になりがちである。だから、自分の住む |
以外のある世界に対して一つの凝り固まったイメージを持つようになってしま |
うのである。 |
いわゆる「情報」と言われるものは、収集したのをそのまま電送したものは |
少なく、大抵は必要に応じて変形されたり加工されたりする。そして、その情 |
報が自分が全く知らない世界に関するものであったならば明らかに疑わしくな |
い限り、見たままを信じるしかない。それが積み重なって、私たちはそれぞれ |
自分なりに他の世界を理解しているつもりになっているが、本質が同じでアレ |
ンジが違うだけなのだから結局は同じ方向に向かっていることになる。 |
例えば、アフリカの特集を組んだ番組を放送するとなると、大概は砂漠地帯 |
ばかりうつして各地に住む民族の紹介がメインになっている。そのせいか、先 |
進国の人々のアフリカに対するイメージは、砂漠ばかりの不毛地帯だという固 |
定観念が出来上がってしまい、都会的な様子が出ると意外な感じを受けてしま |
うことがある。これこそ、情報化社会が生んだ大きな間違いなのである。人々 |
が他の世界に興味を持っている時代だからこそ、世界に対するより正しい認識 |
を助長するような情報が求められるのではないだろうか。 |
メディアによって現実的か否かは別として、様々な世界の様子が手軽に閲覧 |
できるようになり人々の未知の世界に対する強い興味が生じるようになったの |
は事実である。しかし、日本の食生活のように東南アジア風というとやたら辛 |
い食べ物ばかり並べ、他にも○○風といったように各地で食されているものを |
決めつけてかかってしまうような、完全に加工された情報を丸呑みにして世界 |
を知り尽くした気分に浸るような例がある。すべての世界とは言わないが、与 |
えられた情報だけに満足するのではなく、真の姿を追求するような姿勢を持ち |
続けることが必要である。 |