自由に・・・・・ |
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ひまわり | / | あなつ | 中3 |
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人は優れた指導者に近づきたいという気持ちにひかれてせっかくの師の薫陶 |
を台無しにしてしまうことがある。例えば、カーブをたくさんもった「刺激的 |
」な本は、だんだんと加速が加わってきて脱線して、より良い発見ができるが |
、かりに大きなカーブがあってもスピードがなければ脱線しなくつまらないの |
だ。圧倒されそうな影響を持ってるものには近づかず遠くから仰ぎ見るものな |
のだ。 |
最近は家庭教師を利用する人は多いが、大多数の人はレベルの高い学校の卒 |
業生を指名したいだろう。なんとなく安心なのか、そのあたりの理由だろう。 |
しかし私はレベルなんて何にも関係ないと思う。いくら頭が良くたって、もし |
その人が、ずっとひかれたレールのうえだけを歩いてきた人だったらいやだ。 |
やはりどんな場合でも対応できる人というのがいいと思う。彼らはいろいろな |
道を脱線して、良い道を発見したこともあれば、時には失敗したことだってあ |
っただろう。様々な場合に対応できる人とはこういう人なのである。脱線せず |
に指示どうりに進んできた人というのは、皆が学べる事は学べるが、それ以上 |
の自分にしかできないことというのが見つかりにくいだろう。 |
しかし脱線しすぎても良くないこともある。ある道を中心として、そこから |
あらゆる道を見つけていくのは良いことだがだんだんとはずれていき、自分の |
目的、というものをなくしてしまう場合もある。そうなると道をはずしてしま |
い、前に進めなくなってしまう。 |
やはり人間は自由にいきるべきである。厳しい指導、堅い指導に縛られず、 |
一歩離れていろんな方向へ試してみるべきである。「辞書のような人間になる |
ことではなく辞書を上手く使えるような人間になることが勉強の目的なのであ |
る。」と、いうように本当の実力というのは、指示どうりまる覚えするのでは |
なく、いろんなことを試してみて学ぶことが大切なのだ。 |