気を抜いて楽しもう |
アジサイ | の | 空 | の広場 |
吉見 | / | こと | 大3 |
数年前、阪神タイガースを引退した亀山選手は、小学生の野球チームの監督 |
に就任した。プロの厳しさを経験している亀山さんは「野球の本当の楽しさ」 |
を子供たちに教えるために、あえて勝ち負けには拘らなかった。ただ亀山さん |
は子供たちの怪我だけには厳しく注意した。これとは反対に最近のスポーツは |
、あまりに勝ち負けに拘っている。勝てば祝福されるが、負ければ罵倒される |
。この原因はスポーツをする側、スポーツを見る側に「プロとアマの境」が無 |
くなっているからである。昔はスポーツの勝ち負けはプロに限られていた。し |
かし今日では、素人と定義されるアマでも勝ち負けが求められている。 |
私の通っていた中学校の野球部は厳しかった。私は入部していなかったが、 |
よく友人に野球部の愚痴を聞かされた。内容は正確には覚えていないが、毎日 |
がマラソン大会のような厳しさだった。そこまでする必要はあるのか。彼らは |
皆、野球選手になるのではない。あくまで普通の中学生である。だが過度の練 |
習をすれば自然と「この練習量を無駄にしたくない」という意識が彼らに生ま |
れ、勝ち負けに拘るようになってしまう。勝ち負けに拘ることで、スポーツの |
本当の意義である「楽しむこと」が失われてしまった。 |
年々、高校、大学で部活の加入率が激減している。ならば帰宅部が増加する |
、と思えそうだが、実際はそうでもない。実は彼らの多くは自分達で「愛好会 |
」を設立するそうだ。「愛好会」ならば厳しい練習も、憎たらしい先輩もいな |
い。純粋に「楽しくやりたい」と思う意識が集まり「愛好会」ができる。これ |
からも、このような「愛好会」が増える傾向にある。 |
亀山監督率いる野球チームは、なんと全国大会で一位になった。そして今年 |
の夏、リトル・リーグの世界大会(百ヶ国以上も参加している)に招待され、 |
なんと優勝してしまった。つまり世界で一番強い野球チームになったのだ。亀 |
山監督は決して勝ち負けには拘らなかった。それが功を奏し、子供たちに余裕 |
が生まれ、野球の本当の楽しさを知った。亀山監督は「野球が楽しくなれば自 |
然と、より良いフォーム、より良いプレーが出来るようになる。その良いフォ |
ーム、プレーを体が覚え、自分の頭でイメージできるようになった時には、も |
う教えることは何も無い」と言っている。監督のこの格言(?)が子供たちの |
潜在能力を十二分に引き出し、世界一へと導いた。戦後、私たち日本人は、あ |
まりにも勝ち負けに拘りすぎた。拘った結果が今日の経済不況だ。もう一度「 |
楽しむこと」が必要なのだ。「楽しむこと」で余裕が生まれ斬新なアイディア |
が生まれるのではないか。二十一世紀は激動の社会だと誰もが言う。これこそ |
勝ち負けのみの社会かもしれないが、私はあえて肩の力を抜いて楽しもうと思 |
う。そして斬新なアイディアを生み出して、世界に挑戦したい。 |