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母国語と外来語
ウグイスの滝の広場
太公望/うの中3
 もともと気候風土の関係で、日本は植物の種類の豊富さにかけてはヨーロッ
パのどの国よりも恵まれていた。そのうえ、古くから古代中国の影響で本草学
が発達し、また江戸時代の園芸の興隆、茶道の普及などのおかげで、日本の草
花の名は英語などに比べると、それこそ比較にならぬぐらい、味のある巧妙な
ものが多かった。
 
 これに反し、花木や草花が決定的に少なかった英国では、当然の結果として
固有の植物名が乏しく、したがって新たに植物に名をつけるときは、学問的な
ギリシャ語やラテン語に頼らざるを得ない。その難しい英語名を日本人が外来
語として取り入れた結果、一度や二度聞いたのでは覚えることもできない、紛
らわしく言いにくい名前が、花屋の店頭やテレビ園芸の時間などに、次から次
へと現れてくることになった。
 
 最近、パソコンなどの情報機器が増えてきている。それに伴って外来語が増
えてきた訳であるがその意味が分からないのが普通という風になってきている
。外来語で説明しても日本人にとっては、到底分からない。何故日本人は、こ
のように植物やコンピューター関係などに意味も分からない様な外来語を使う
のだろうか?
 
 まず第一に例えば新種の花で考えてみると、日本語がうまく当てはまらない
ということがあるのではないかと思う。外来語(カタカナ)をそのまま持って
きてしまうのである。図鑑などを見ていると花の名前はほとんどカタカナで不
思議に思ったことがある。日本は、明治維新以来外国からたくさんの知識、言
葉、モノを入れていた。そのため日本独特の言葉などが失われてきたのである
。第二に日本人は、カタカナに慣れてしまったのである。そのためカタカナの
方が親しみやすいというところがある。そのため英語などの単語の意味が違っ
てきてしまっているということである。朝日新聞に英語とそれと同じ意味の日
本語を比べてあなたは、どちらが使いやすいですかという質問に単語によって
違いはあるもののほとんど英語の方が使いやすいということだった。だからと
いっても日本人なのだから日本語を見直す必要があるのではないかと私は思う
。
 
 しかし、今の時代使いやすさ、便利さがモノをいう時代である。今の世の中
だと昔のことなどかまってられるかという感じである。(この考え方は先進国
に多い)世界のほとんどは、アルファベットが使われているといってもいいく
らいである。そのため中国、日本などの感じを使う国は当てはめる母国語がな
いので外来語使うことになる。そう考えると我々がもっと周りについていかな
ければならない。
 
 やはり我々は、自分の国の言葉を見直さなければならないと思う。そしてま
た外来語についても同じように使い方について見直さなければならないと思う
し両方とも変わっていかなければならない。これからもっと新しい外来語が出
てくると思うが日本語で訳せるものは訳しできないものは外来語のままとする
のがいいのではないかと思う。これからも母国語を見捨てる訳にはいかないの
ではないかと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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