| だらだら真実のススメ ~飢えのままに惰考を |
| 貪り~ |
| アジサイ | の | 滝 | の広場 |
| ペー吉 | / | うき | 中3 |
| 「なぜ」。それは、人間がもつほかの動物にはない本能である。一通り「な |
| に」の知識がついてくると、幼い子供は「なぜ」や「どうして」を繰り返すよ |
| うになる。また、それによって新たな知識を身につけ成長していく。人間の文 |
| 明は、常に「なぜ」によって進歩してきた。しかし、最近の風潮は、外観だけ |
| を見て疑問を完結させてしまうことが多い。「アイツは髪を染めている」で終 |
| わってしまい、「なぜ染めているのか」が抜けている。つまり、本質的な面に |
| まで思考が及んでいないように思われる。私たちは、もっと物事の本質や真実 |
| を見ていく目を備えるべきだと思う。 |
| では「なぜ」、本質的な面を考えることが少なくなっているのだろうか。風 |
| 潮は若者、特に子供によって形作られる。こういった風潮は恐らく、今の子供 |
| の勉強の形が悪いのだと思う。例えば、私が中学生になってから授業中に質問 |
| をする生徒が非常に少なくなった。小学校の低学年のころは、誰もがわからな |
| いことがあると手を挙げて質問していたというのに。これは、中学校が質問す |
| ることが当たり前でない環境になってしまっているからだと思う。授業中に説 |
| 明された内容を、すべて完璧に理解できなければ恥ずかしいことであるという |
| 暗黙の認識があるせいだと。だが、それは大きな間違いである。学校は学ぶ場 |
| であり、人間の学習は「なぜ」から始まる。聞くことは少しも間違ってなどい |
| ないのに、誰もやらないからそれをやらなくなってしまう。このような問題点 |
| を見ることによって、本質的なものに接していく方法が浮かびあがってくる。 |
| 問題点を解消すればいい。つまり、「なぜ」があれば聞く。そして、誰もがそ |
| れを聞ける環境をつくる。学校と生徒、双方の意識交流を大切にする。物事の |
| 成因を理解するためには、それが一番効率がいいのだ。 |
| また、子供にとどまらず社会にも目を向けてみると、うわべだけを見て大切 |
| なことを見落としているものがある。マス=メディア、特にいわゆるゴシップ |
| 誌と呼ばれるものがそうだ。どこかの誰かが惚れたの腫れたの、この事件はコ |
| コが悪いだの、外から見ただけのものを、さも本質のように騙る。自らは情報 |
| を伝える媒体であるにすぎないのに、その情報に脚色を加えてしまう。結果、 |
| 大切なことはザルの上に残ったままで、切られた水のような、本質とはまった |
| く関係ない情報の色水がこぼれてくるだけになる。ヒットラーは、この情報操 |
| 作を上手く利用することによって国民を操作した。大切なことは伝えず、どこ |
| を見ても嘘まみれで、それが真実のようにしか見えない外観で。こうした情報 |
| を発信する側も、人間が行っている以上は難しいことだが、できる限り真実の |
| 情報を伝えて欲しい。ペンは剣よりも強いのだから。また、私たちもこうした |
| 情報を一方的に受けるだけでなく、よく吟味し、その裏に潜む本質を見抜いて |
| いかねばならない。 |
| 「広がる噂に人生をコントロールされて なにも確かめないで誤解のまま戦 |
| 争する気かい?」 |
| B’z「その手で触れてごらん」だ。我々はもっと大切なことを、真実を見極 |
| めて生きていくべきだと思う。そのためには、我々人間だけがもっている力「 |
| なぜ」を活かさなくてはならない。外観を知るだけで満足せず、知恵に対して |
| 貪欲でなければならない。常に知ろうとし、常に真実を求めて。ハイエナが獲 |
| 物に飢えるように、我々は真理に飢える。獣は本能によって獲物を求め、人間 |
| は本能によって「なぜ」を求めるのだから。 |